「……失礼しましたー」
生徒指導室のドアを閉め、外に出る。
地獄の説教からようやく解放された……。
しかしその代償は大き過ぎた……。
まさか
しかも、悪魔のような笑顔で脅迫してきやがった……。
高2の夏休み間近になって、今さら部活かよ。『占い魔術研究部』だっけ? 名前も怪しげだし。
占いは、未来を予言したり、運命の相手を当てたり……それもウソくさいし、まあ占いもフィクションか。
とすると、『占い魔術研究部』はアニメやゲームに出てくるような想像上の何かを研究する部活ってことになるのか?
入部届にサインしてしまったし、とりあえず部室に顔を出して、部長とやらに挨拶をして部活の説明を聴くか……。そういえば、部長は俺の知り合いらしいけれど……。
なんてごちゃごちゃ考えている間に部室棟1階、目的の部室前に到着した。
筆文字で『占い魔術研究部』と書かれた立派な看板がドアの横に立てかけてある。
こんなの柔道部とか空手部のやつだろ……。
マジで入りづらいな。
でも部長に挨拶しておかないと、教師を襲った罪で捕まってしまうかもしれない……。
ええい、行くぞ!
「失礼します! 本日からお世話になります! 高等部2年、竹井カケルです!」
大声で挨拶しながら、部室のドアを勢いよく開く。
「えっ⁉ キャッ!」
女性の悲鳴。
見返り美人と目が合ってしまった。
なぜかバニーガール姿で姿鏡の前に立つ――天使さん(仮)と。
え……じゃあ、天使さん(仮)が部長ってこと?
お互いに見つめ合ったまま……数秒の時が流れる。
と、その時だった。
天使さん(仮)が頭に乗せていたうさ耳のカチューシャが「カラン」という乾いた音を立てて床に転がる。
ウソ……だろ……耳が! 頭からうさ耳が生えて……伸びていく……⁉
「えっ、あの……それ……」
「で、出て行って!」
その絶叫に反応して、俺は反射的に部室のドアを閉める。
「びっくりした……」
いやしかし、さっきのあれは……バニーガールのうさ耳……。
目の錯覚か……? だけど床に落ちたカチューシャが……でも頭にはうさ耳が……。
でも天使さん(仮)は天使族だから、『
まあ、さすがに目の錯覚だよな。
そもそも天使さん(仮)がバニーガール姿で部室にいるわけないし、そこから俺の妄想の可能性があるな。
ん、部室の中がやけに静かだな。
もしかして天使さん(仮)が部室にいたこと自体、俺の妄想か?
一応確認するか……。
「あのー、失礼しまーす」
できるだけ音を立てないように、ゆっくり引き戸を開けていく。
そっと中の様子を――。
いた。
どうやら天使さん(仮)の存在は、俺の妄想ではなかったらしい。
でも制服姿だ。
さすがにバニーガールは妄想だよな。ハハハ。俺ったらもう!
「あの……」
「ななななななに⁉ 何にも隠してないですけど⁉」
天使さん(仮)が挙動不審過ぎる。
俺はまだ何も言っていないのに、動揺しまくって――もしかしてやっぱりさっきのは錯覚でも妄想でもなく?
「さっきのって……」
「それ以上言わないでっ!」
天使さん(仮)が透き通るような金色の髪を振り乱しながら、ものすごい勢いで俺に向かって突進してくる。
美人なのに顔が怖い! でもすごい美人っ!
反射的に視線を外す。
と、床に落ちていたうさ耳のカチューシャが目に入った。
……やっぱり現実、なのか?
「さっき、耳としっぽが生えてきて――」
俺が言い終わる前に大砲のような爆発音。天使さん(仮)が白い煙幕に包まれる。
煙幕の中から「キャ~~~~!」長い悲鳴が聞こえてくる。
「だ、大丈夫⁉」
白い靄で何も見えないし、いったい何が起こった⁉
爆弾テロ⁉
「パサリ」と小さな音を立てて、プリーツスカートが床に落ちて転がる。
さっきまで天使さん(仮)が着ていた制服、か? 天使さん(仮)が脱いだってこと⁉ なんで脱いだの⁉
あれ……急に静かになっちゃったけど…… 今どういう状況⁉
やがて白い煙が徐々に薄らいでいき、中の様子が見えてくる。
脱ぎ捨てられた制服の上にいたのは――小さな白い鳩だった。
「……鳩? どういうこと? 天使さんはどこに……?」
「私はここよっ!」
と、目の前の鳩がしゃべった……。
直後、激しく羽をバタつかせながら鳩が飛びあがった。一直線に俺のおでこに向かって突き刺さってくる。
「あなたのせいで! あなたのせいで!」
「いてっ! いてっ! ちょっ! 痛いって!」
何度も何度も、執拗におでこをくちばしで突かれる。
「痛い痛い! ちょっとやめてくれよ!」
両腕でガード。
それでもお構いなしにくちばしで突いてくる鳩。
「あなたのせいで、鳩になっちゃったじゃないの~~~~!」
「もしかして……天使さん、なのか……?」
ウソだろ?
人が鳩に……?
「天使さんって誰よ! 私は
「ごめん、アマツカさん……」
やっぱり鳩になっちゃったってことか……手品? ではないよな、この感じ。この怒り方は本気の感じ……。じゃあなんで? そういう
『
ああそうだ、たしか≪パートナー契約≫!
人族と≪パートナー契約≫を結んで、パートナーの許可を取ってからじゃないと、
ということは、さっきアマツカさんがうさ耳を生やしていたのが
「アマツカさんって、天使族……だよね。もしかして、それって
「そうよ! 魔力が溢れそうだったから、人気のないところでこっそり逃がしていたのに、あなたが急に入ってくるから!」
「急って……俺はノックしてから入ったんだけど……」
「私、『どうぞ』って言ってない!」
「それはマジでごめん……。俺はいったいどうすれば……?」
完全に俺の落ち度だわ。
「お嬢様、ですからあれほど部室の鍵をお締めくださいと」
誰……⁉
バニーガールの次は……メイドさん……?
ミニスカートとニーハイの絶対領域がエロ過ぎる。また俺の妄想が始まってしまったのか……?
「お嬢様が公共の場で
メイドさん……すまんがその足をしまってくれんか、わしには強すぎる……。
「学校ではアヤちゃんって呼んでって言ってるでしょ! お嬢様って言わないで!」
「失礼しました、お嬢様」
「えっと、誰ですか……?」
エロメイドさんが俺の妄想でないとするなら、ドアから入ってきていないですよね?
突然どこから……?
「申し遅れました、わたくし、天使アヤ様のお付きをしております、
エロメイドさん――天使レオンさんが深々とお辞儀をしてくる。
長くて艶のあるストレートの髪が重力に従ってさらさらと流れた。
天使さん……じゃなくて天使アヤさんとは違った系統の美人さんだ……。
「ご丁寧にどうも……。俺は竹井カケルと言います」
天使アヤさんに天使レオンさんか。
姉妹って感じでもないけど、同じ苗字なんだな。
「竹井カケル様。さて、順を追ってご説明いたします。よろしいでしょうか?」
「お、お願いします!」
「かしこまりました。お嬢様は天使族でございまして、先月より人間界――ここ≪特別自治区≫に留学なされています。先ほど、人族の竹井カケル様に
「あなたのせいよ! あなたのせいよ!」
「元はと言えば、お嬢様が部室のドアに鍵を掛けなかったせいでございます」
ピシャリと言い放つ。
「それでこのペナルティは……」
どうするとアヤさんは元の人の姿に? 放っておくと時間で元の姿に戻れたりするのかな?
「もう一生このままでございます」
「……マジで⁉」
「マジです」
え、ジョーク? って感じでもないよな……。
「どうするのよ! あなたのせいよ!」
だからくちばしは痛いって! 横から蛇行して突っ込んでくるのやめて?
怒ってるのはわかったから、まずは一旦落ち着いて話し合おう?
「ですが1つだけお嬢様が助かる方法がございます。竹井カケル様、ご協力いただけますか?」
「お、俺にできることなら……?」
俺の言葉を聞き、レオンさんの目が怪しく光った。気がした。
「竹井カケル様、お嬢様と≪パートナー契約≫を結んでください」
「……は?」
≪パートナー契約≫って、たしか魔力を共有し合って、常に一緒にいて、ひとつ屋根の下に住む……アレのこと⁉
「お嬢様と将来を誓い合い、一緒に暮らしてあんなことやこんなことをなさってください」
レオンさん……あなた、真顔で何言ってるんですか?
「いやよ! 誰がこんなヤツと! レオンは何言ってるの⁉ 狂ったの⁉ おかしくなったの⁉ くるっぽーくるっぽー⁉」
「ですが、このままだと一生鳩のままですよ」
「そ、それは……困るっぽー……」
いや、なんかもうすでに……ちょっと鳩になってきてないか……?
ホントにそれしか元に戻る方法がないの⁉