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第4話 箱入りで生娘のお嬢様はこれ以上ない優良物件だと思います

「わ、わかったわよ……」


 アヤさんが羽をばたつかせて飛び上がる。


「特別に……≪パートナー契約≫を結んであげるんだからねっ!」


 部室の中をらせん状に飛び回ってから、レオンさんの肩にちょこんと止まる。レオンさんが指で背中を撫でると、アヤさんは気持ちよさそうに目をつぶって羽を震わせた。


「ツンデレかよ……」


 思わず独り言が口を突いて出てしまった。


「いいえ、それは違います。ツンデレお嬢様でございます」


「ツンデレお嬢様……なるほどな……」


 ラノベによく出てくるやつだ。

 やたらと攻撃的だけど、押しに弱い。ちょっと強引なところを見せるとすぐにデレる――。


「ちょろインか」「ちょろインでございます」


 レオンさんとハモってしまった。


「誰がちょろインよ!」


 アヤさんが猛然と抗議。

 だからなんで俺の額を狙ってくるんだよ⁉


「お嬢様は普段、お嬢様然とされていて、クラスメイトの方々が近づきにくい雰囲気を出されておいでですが、その実――」


「レオン、待ちなさい! それ以上は言わなくて良いわっ!」


 アヤさんがレオンさんの顔の前を飛び回り、しゃべるのを邪魔し始める。


「静かになさってください。私は今、竹井カケル様とお話しています」


「余計なことは言わなくて良いの! これは主の命令っぽー!」


「私の主は大旦那様でございます。大旦那様からお嬢様のお世話を仰せつかっているだけですので、私がお嬢様の命令に従う謂れはございません」


 そう言い放つと、飛び回るアヤさんを素早く鷲掴みにする。

 なんという速さ! 俺でなきゃ見逃しちゃうね。なんてな。……まったく見えませんでした!


「お静かに。あまりうるさいと丸焼きにして食べてしまいますよ。わかりましたか?」


「わわわわわかったっぽー……」


 アヤさんの生殺与奪はレオンさんの手に。

 あーあ、あんなに震えちゃって。哀れなお嬢様……。


「このように、お嬢様は力づくで押さえつけてしまえば簡単に落ちます。あとは好き放題できます」


「まあ、鳩だしな……」


 ちょろインとは違うような気がしてきたわ……。

 アヤさん、ちょっと泣いてるし。


「お嬢様は落ちましたので、あとは竹井カケル様に同意いただければ≪パートナー契約≫を結ぶことができます」


「なるほど……」


 ≪パートナー契約≫か。

 人族と、≪セカイ≫からやってきた天使族、または悪魔族による血の契約だ。

 ≪パートナー契約≫を結べば、天使族、または悪魔族は『異能力行使制限法アビリティリミット』による異能力アビリティの使用制限が外れるメリットがある。その一方で、契約した人族の命令には逆らえなくなるという、実質的には『隷属契約』であるとも言われているわけだが……。


「お嬢様はご家族以外の異性と触れ合うことなく、箱入りで育てられておりまして、男性に対して一切の免疫がございません。今回の留学で急に異性の方々に囲まれることになったため、緊張のあまり人を寄せ付けないオーラを放っていらっしゃるのです」


「あー? 話しかけるなオーラが半端ないなって思っていたのは――」


「たくさんの異性を前にして、脳内がパニックを起こして表情筋が死んでいるだけですのでご安心ください」


 何をご安心すれば良いのかわからんが……まあ、アヤさんを見ていればなんとなくは……。


「ええ、そうよ! 緊張してるのよ! 男性って体は大きいし、声も大きいし、胸ばっかり見てくるし、すごく怖いのよ! 悪い⁉」


 レオンさんに鷲掴みされたままのアヤさんが頭だけ小刻みに振るわせてさえずっている。


「わかったわかった。急に話しかけたりしてごめんな。じゃ、じゃあ俺はこれで……」


 君子、危うきに近寄らず、だ。

 さっさとこの場から離れるのが吉と見た!

 サラダバー!


「お待ちください、竹井カケル様」


 く、首ぃ⁉

 レオンさんに首をがっちりと掴まれて……逃げられないっ!


「話は終わっておりません」


 左手にアヤさん。右手に俺の首。

 2人の生殺与奪の権はレオンさんのもとへ……。


 万力のようにゆっくりと首が締め付けられて――痛……くはないんですけど、ちょっと意識が……。すみませんでしたぁ! 逃げないので放してくださいませんか……?


 あー、苦しかった。

 首がへし折られるかと思ったわ……。


「手前味噌ではございますが、箱入りで生娘のお嬢様はこれ以上ない優良物件だと思います。お顔も整っており、大変美人ですし、体のほうもなかなかのもの。いろいろとご満足いただけるかと」


「れれれレオン⁉ あなた何言ってるのよ⁉」


 たしかにアヤさんの外見(not鳩)はパーフェクトと言わざるを得ない……。

 ≪パートナー契約≫を結んだら、好き放題命令……いやいや、それはさすがに……マジで? いやいやいやいや……そんなうまい話、あるわけがね? ないよね?


「現在、竹井カケル様にパートナーはおられませんし、何も躊躇される理由はないかと存じます」


「ちょっと待て……。なんで俺にパートナーがいないことを知っているんだ……?」


 もしかして俺のストーカーなの? やだ怖い。


「お嬢様の留学の目的1つには、パートナー探しも入っておりますので、校内のすべての方の交友関係、異性関係はチェック済みです」


 ストーカーの域を通り越していたわ……。


「躊躇される理由は、竹井ミウ様――妹様の存在があるからですか?」


「ミウ? なんでだ?」


「お2人は大変仲の良い兄妹だという評判でございます。仲が良すぎて、その関係性を疑問視する声も多く聞かれており……とある情報筋によりますと、実は近親相――禁断のご関係にあるのではないか、と」


「誰だよ! そんなうわさを流しているヤツは⁉ ないない! 俺たちは血のつながった双子だぞ⁉ ありえないだろ!」


 マジ怖いわー。

 思春期の妄想怖すぎるわー。


「別の情報筋によると、竹井カケル様は『ロリ専』とのことでしたので、もしかしたら、お嬢様のようなムチムチなメリハリボディには興味を示されない可能性を懸念しておりまして――」


「その情報筋、ホント誰だよ⁉『ロリ専』って絶対ミウのことを指して言ってるだろ!? ぜんぜん違うからね⁉ 俺は普通に胸が大きければ大きいほど……って何言わせるんだよ!」


 あぶねぇ。

 なんで俺は自らこんな恥ずかしいことを言わされて……。


「胸⁉ やっぱり私のことをそんな目で⁉」


「み、見てねぇし!」


 ウソです。

 チラ見はしてましたぁ!

 でもでも、ホントにチラッとだから! たまにだから!


「どうやら私の杞憂だったようです。問題なさそうですね。それではサクッと≪パートナー契約≫に移りましょう」


 いや、そんな軽いノリで言われてもな?


「竹井カケル様はお嬢様に、滾る性欲のすべてをぶつけていただければと存じます。お嬢様は最初抵抗するような素振りをお見せになるでしょうが、実はまんざらでもないので問題ございません。あとは若い者同士で心行くまでお楽しみいただければ、と」


「まんざらでもないって何よ⁉ 嫌よ! こんな男に好き放題されるなんて嫌っぽー!」


「お静かに。お嬢様に発言権はございません。ご自分の不注意で鳩になっておきながら、ピーチクパーチク何をおっしゃっているんですか……。竹井カケル様が助けてくださるとおっしゃっているのです、『ありがとうございます』以外の言葉は口にしないようにしてください」


「まだ俺は同意するとは……」


「なんということでしょう! お嬢様を助けてくださらないんですか⁉ お嬢様がこのまま一生鳩のままでも良いと⁉ このままでは『ロリ専』以外の全男性が求める理想のボディが失われてしまいます……。ああ、無慈悲な……。ですがそれは『ロリ専』の竹井カケル様には無関係のことなのですね」


「だから俺は『ロリ専』では……」


 って、大げさに芝居がかっているなあ。

 この人のペースはマジでやりづらい……。


「それに、竹井カケル様は無能力者アンチでいらっしゃいますし」


 空気が変わった。

 まあ、そこが本題ってことかな。

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