ようやく
これでもかと羽を大きく広げて羽ばたいてから、静かにテーブルの上に降り立った。
それを確認してから、メイド姿のレオンさんが深々と一礼し、口を開いた。
「これから≪パートナー契約≫の儀式に移りますが、その前にお嬢様にご忠告申し上げます」
「何かしら? くるっぽー?」
「竹井カケル様と正式に≪パートナー契約≫を結ばれた後も、決して油断してはなりません」
「油断?」
「人族側はその絶対数の問題から、複数の相手との≪パートナー契約≫が認められています」
≪パートナー契約≫は別名≪重婚契約≫なんて呼ばれているもんな。まあ、そんなのモテるヤツにしか関係ないがな。
「つまり、お嬢様が竹井カケル様を満足させられなければ、竹井カケル様はほかの方とも≪パートナー契約≫を結ばれてしまうということです。竹井カケル様の浮気は合法なのです」
「浮気⁉ 最低~~~ねっ!」
「いや、してないからな⁉ なんで浮気する前から罵倒されなきゃいけないんだよ! って、このやり取りすらおかしいだろ! お前を助けるために≪パートナー契約≫をしようって言っているのに、浮気云々言わる筋合いなくないか⁉」
俺とお前は恋人や夫婦の関係でもないんだからな!
これは人助けのビジネスパートナー的な? そう! ドライな関係のはずだろ!
「竹井カケル様、この度は≪パートナー契約≫への正式な承諾のお言葉、誠にありがとうございます。先ほどの音声はしっかりと録音いたしました。書類提出の際に証拠として提出させていただきます」
レオンさんが俺のほうに向きなおり恭しく頭を下げてきた。
「録音⁉ レオンさん、謀ったな⁉」
俺のほうから「≪パートナー契約≫を結ぼう」と言っている音声を証拠として押さえやがった!
「オホホホホ。何のことでございましょう? 老婆心ながら、お嬢様へご忠告を申し上げていたまでです。お嬢様、簡単なことでございます。お嬢様が最も魅力的で、最も愛されていれば何の問題もございません。浮気男は必ず正妻のもとに帰ってくる。そういうものにございます」
そういうもんなのかー。
経験がないからわからないけどな。
「あああああああいあいあいあいあい⁉」
「あいあい、愛してるのサインでございますか? 情熱的で結構なことでございます」
「くるっぽー! くるっぽー! くるっぽー!」
あーあ、壊れた……。とうとう身も心も鳩になり下がったか……。合掌。
「レオンさん、アヤさんをからかうのはその辺にしてあげたらどうです? 男性が苦手以前に、この手の話に免疫がないんでしょ?」
「お嬢様はとても素直でかわいらしいお方です。お嬢様をからかうことで、私の肌は潤いを保つことができるのです。もしよろしければ、私自慢の肌にお触りになりますか?」
レオンさんが一瞬で横移動して距離を詰めてくる。
俺の手首を鷲掴みにすると、躊躇なく胸の谷間へ――。
「ちょっと! そういうのは大丈夫なんで!」
普通、肌を触るって言ったら、ほっぺたじゃないのか⁉
なぜ胸を⁉
「そうですね。浮気はお嬢様がいないところでこっそりといたしましょう」
パッと手を放されて、たたらを踏んでしまった。
浮気ってまた……。
まあ、アヤさんが素直そうだというのは認めるけれどね。
「それでは≪上級監察官≫の肩書を持つ、私、
「どうしてもって言うなら、≪パートナー契約≫を……今回だけだからねっ!」
正気に戻ったと思ったら、ツンデレお嬢様復活か。
忙しいヤツだなあ。
「何よ! いやらしい目で私のことを見ないでよ!」
「いや……鳩をどうやってそういう目で見たら……」
「うるさいわね! 私に指1本でも触れたら、燃やすから!」
「鳩から戻れないくせによく言う……」
「何か言ったっぽー⁉」
「いいえ、何も……」
まあ、急に鳩になって心に余裕がないんだろう。きっと人の姿に戻れば元の穏やかな
「それではお2人にはパートナー誓いの誓約を行っていただきます。お互いに血液の交換を」
レオンさんが小さなナイフを取り出す。
儀式用のナイフなのかな。柄には大きな宝石がいくつも埋め込まれていて、非常に高価な品だということがうかがえる。
「竹井カケル様、左手の手のひらを上にしてこちらへお願いします」
言われた通りに手を差し出すと、レオンさんがナイフの刃の先を俺の薬指の先に当ててくる。
チクリとした痛み。
傷口からうっすらと血が浮かび上がってきた。
レオンさんが俺の手首をひねって手の平を下に向けさせる。しばらく待っていると、血が滴り落ち始める。少しの間、小さな皿にぽたりぽたりと自分の血液が溜まっていくのを、ただぼんやりと眺めていた。
そういえば
と、レオンさんが
なるほど、ああやって採取するのか。
おー、鳩の血も赤いんだな。
「こちら止血剤です。お使いください」
レオンさんが差し出してきた二枚貝の中には、クリーム色をした軟膏が入っていた。
「ありがとう」
少し掬って左手の薬指の傷口に塗る。
ちょっと取り過ぎたか。
余った軟膏は……
「ひゃんっ! エッチ! 何するのよ!」
「いや、止血の軟膏を……。急に塗って悪かったよ……」
「あああありがとう! 今回だけは特別に許してあげるわ! 次からは急に触らないでちょうだい!」
「お、おう……すまん」
鳩だと思って油断したわ。
見た目が鳩でも女の子、なんだもんな……。
気をつけよう。