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第6話 浮気はお嬢様がいないところでこっそりといたしましょう

 ようやくアヤさんがレオンさんの鷲掴みから解放される。

 これでもかと羽を大きく広げて羽ばたいてから、静かにテーブルの上に降り立った。


 それを確認してから、メイド姿のレオンさんが深々と一礼し、口を開いた。


「これから≪パートナー契約≫の儀式に移りますが、その前にお嬢様にご忠告申し上げます」


「何かしら? くるっぽー?」


 アヤさんが小さく首をひねった。んー、なぜだかポップコーン食べさせたくなるな……。


「竹井カケル様と正式に≪パートナー契約≫を結ばれた後も、決して油断してはなりません」


「油断?」


「人族側はその絶対数の問題から、複数の相手との≪パートナー契約≫が認められています」


 ≪パートナー契約≫は別名≪重婚契約≫なんて呼ばれているもんな。まあ、そんなのモテるヤツにしか関係ないがな。


「つまり、お嬢様が竹井カケル様を満足させられなければ、竹井カケル様はほかの方とも≪パートナー契約≫を結ばれてしまうということです。竹井カケル様の浮気は合法なのです」


「浮気⁉ 最低~~~ねっ!」


「いや、してないからな⁉ なんで浮気する前から罵倒されなきゃいけないんだよ! って、このやり取りすらおかしいだろ! お前を助けるために≪パートナー契約≫をしようって言っているのに、浮気云々言わる筋合いなくないか⁉」


 俺とお前は恋人や夫婦の関係でもないんだからな!

 これは人助けのビジネスパートナー的な? そう! ドライな関係のはずだろ!


「竹井カケル様、この度は≪パートナー契約≫への正式な承諾のお言葉、誠にありがとうございます。先ほどの音声はしっかりと録音いたしました。書類提出の際に証拠として提出させていただきます」


 レオンさんが俺のほうに向きなおり恭しく頭を下げてきた。


「録音⁉ レオンさん、謀ったな⁉」


 俺のほうから「≪パートナー契約≫を結ぼう」と言っている音声を証拠として押さえやがった!


「オホホホホ。何のことでございましょう? 老婆心ながら、お嬢様へご忠告を申し上げていたまでです。お嬢様、簡単なことでございます。お嬢様が最も魅力的で、最も愛されていれば何の問題もございません。浮気男は必ず正妻のもとに帰ってくる。そういうものにございます」


 そういうもんなのかー。

 経験がないからわからないけどな。


「あああああああいあいあいあいあい⁉」


 アヤさんの首が小刻みに震えて壊れたおもちゃみたいに⁉


「あいあい、愛してるのサインでございますか? 情熱的で結構なことでございます」


「くるっぽー! くるっぽー! くるっぽー!」


 あーあ、壊れた……。とうとう身も心も鳩になり下がったか……。合掌。


「レオンさん、アヤさんをからかうのはその辺にしてあげたらどうです? 男性が苦手以前に、この手の話に免疫がないんでしょ?」


「お嬢様はとても素直でかわいらしいお方です。お嬢様をからかうことで、私の肌は潤いを保つことができるのです。もしよろしければ、私自慢の肌にお触りになりますか?」


 レオンさんが一瞬で横移動して距離を詰めてくる。

 俺の手首を鷲掴みにすると、躊躇なく胸の谷間へ――。


「ちょっと! そういうのは大丈夫なんで!」


 普通、肌を触るって言ったら、ほっぺたじゃないのか⁉

 なぜ胸を⁉


「そうですね。浮気はお嬢様がいないところでこっそりといたしましょう」


 パッと手を放されて、たたらを踏んでしまった。


 浮気ってまた……。

 鳩のおもちゃアヤさんがまた狂ったようにプルプルしているからさ……。

 まあ、アヤさんが素直そうだというのは認めるけれどね。



「それでは≪上級監察官≫の肩書を持つ、私、天使レオンあまつかれおんが証人となり、この場にて≪パートナー契約≫契約締結の儀式を執り行わせていただきます」


「どうしてもって言うなら、≪パートナー契約≫を……今回だけだからねっ!」


 正気に戻ったと思ったら、ツンデレお嬢様復活か。

 忙しいヤツだなあ。


「何よ! いやらしい目で私のことを見ないでよ!」


「いや……鳩をどうやってそういう目で見たら……」


「うるさいわね! 私に指1本でも触れたら、燃やすから!」


「鳩から戻れないくせによく言う……」


「何か言ったっぽー⁉」


「いいえ、何も……」


 まあ、急に鳩になって心に余裕がないんだろう。きっと人の姿に戻れば元の穏やかな天使アヤあまつかあやさんに戻るだろう、ということにして暴言の数々は水に流してやろうかな。


「それではお2人にはパートナー誓いの誓約を行っていただきます。お互いに血液の交換を」


 レオンさんが小さなナイフを取り出す。

 儀式用のナイフなのかな。柄には大きな宝石がいくつも埋め込まれていて、非常に高価な品だということがうかがえる。


「竹井カケル様、左手の手のひらを上にしてこちらへお願いします」


 言われた通りに手を差し出すと、レオンさんがナイフの刃の先を俺の薬指の先に当ててくる。

 チクリとした痛み。

 傷口からうっすらと血が浮かび上がってきた。

 レオンさんが俺の手首をひねって手の平を下に向けさせる。しばらく待っていると、血が滴り落ち始める。少しの間、小さな皿にぽたりぽたりと自分の血液が溜まっていくのを、ただぼんやりと眺めていた。


 そういえばアヤさんの血ってどうやってとるんだ? 羽に覆われているし。

 と、レオンさんがアヤさんの足の付け根辺りでナイフをスライドさせているのが見えた。


 なるほど、ああやって採取するのか。

 おー、鳩の血も赤いんだな。


「こちら止血剤です。お使いください」


 レオンさんが差し出してきた二枚貝の中には、クリーム色をした軟膏が入っていた。


「ありがとう」


 少し掬って左手の薬指の傷口に塗る。


 ちょっと取り過ぎたか。

 余った軟膏は……アヤさんの足にでも塗っておくか。


「ひゃんっ! エッチ! 何するのよ!」


「いや、止血の軟膏を……。急に塗って悪かったよ……」


「あああありがとう! 今回だけは特別に許してあげるわ! 次からは急に触らないでちょうだい!」


「お、おう……すまん」


 鳩だと思って油断したわ。

 見た目が鳩でも女の子、なんだもんな……。

 気をつけよう。

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