「それではお2人の血液を混ぜ合わせたものを、お互いの唇へ塗ってください」
レオンさんが俺の前に、さっき血液を受けた小皿を差し出してくる。
ちょっとだけ赤黒い血が、薄く皿の上に広がっていた。
これを唇にね……。
血を塗るのはちょっと抵抗があるが、まあ儀式なら仕方ないか。
ん、唇……? 鳩の唇ってどこだ……? ああ、くちばしで良いのね。
「痛ってぇ! 足の爪で蹴ってくるなって! お前、自分で塗れないんだろ? 代わりに塗ってやってるんだから、おとなしくしろよな……」
「急に触らないでって言ったでしょ!」
「今のは急ではないと思うんだが……」
レオンさんにお互いの唇に塗ってくださいって……。
だからー、俺が悪かったって。
「それでは誓いのキスを」
「キス⁉」
思わず大声を上げてしまった。
え、ガチで言ってます?
レオンさん、無言で頷かないでもらって良いですかね……。
マジのマジなんですね?
うわっ、さっきまで白かった鳩の羽が真っ赤になっている!
どういう現象⁉ 赤い鳩じゃん! 赤い羽根募金用⁉
って、さては
「誓いのキスを」
レオンさんの圧が。
マジでするの……。
キスとか初めてで心の準備が……。
でもキスをしないと≪パートナー契約≫が結べないからやらないといけない……。
「こ、これは人……鳩助けだから! 深い意味はないからな! 行くぞ!」
行くぞ!
ちょっと唇が触れるだけだから……そっちは鳩のくちばしだし、セーフだろ!
「やっぱり嫌よ~!」
「あ、ちょっと!」
と、声をかけた瞬間――。
「お嬢様、覚悟をお決めください」
レオンさんが
そのまま俺の唇へと押し当てた。
俺の下唇に、深々と鳩のくちばしが突き刺さる。
「痛てぇ……」
キス感がまったくない……。
初めてのキスの味は、血の味(自分の)でした。
いや、これってホントにファーストキスのカウントで大丈夫ですかね? 相手は鳩だし……。
と、俺の唇――の先に刺さった
グラウンドゼロの爆発で耳がキーンって……。
あ、でもこれ、さっきのアヤさんが鳩になった時のと同じやつ……?
ん、唇に刺さったくちばしの感触がだんだんと柔らかく……温かな?
途端、俺の体にのしかかってくる重し。
不意を突かれて、そのままもんどり打って床に倒れこんでしまった。
受け身も取れず、後頭部を床にしたたかにぶつけ……痛って……星が見えたわ……。
後頭部は床にぶつけた痛みで麻痺。
唇……というか顔全体に温かくて柔らかい感触……。
だんだんと靄が晴れて状況が――。
マジで。
「正式な≪パートナー契約≫おめでとうございます。おや? さっそくエッチな行為をお始めになりますか? それではあとは若い者同士で。オホホホホ」
俺の顔の前にあるのは、目をつぶった状態の
唇と唇が重なり合い……キス……しています! 俺……ファーストキス、経験しちゃいました! 初めてのキスの味は……やっぱり血の味(いまだ出血中)でした! って、唇だけじゃない⁉ この全身に感じる吸いつくような柔らかな感触は……まさか肌……裸? そういえば、アヤさんって鳩になった時、制服が脱げてなかったっけか⁉
「んっんん……」
艶めかしい吐息とともに、ゆっくりとアヤさんの瞼が開く。
鼻に吐息がぁぁぁ!
「……んっ!? ん⁉ は、離れなさいよっ!」
唇が離れ、ノータイムでアヤさんの拳が俺の頬に突き刺さる。
「変態! 痴漢! 私が気を失っているのを良いことに、唇を舐め回すように……!」
「いやいやそんなことしてないって! あ、いや……その……」
それより、起き上がって俺に馬乗りになっていらっしゃるので……その……全部見えちゃってまして……。上半身だけですけど、あの……じっくり見たい! でも、ここで見たら何が終わる気がする!
目を……つぶろう……。
そう、俺は紳士。
色即是空、空即是色。
心頭滅却すれば火もまた涼し――。
「カケルンはヘタレですか?」
耳元でレオンさんの声。
「いや、それとこれとは……さすがにこれは見たら終わるっていうか……」
人としてね?
って、カケルンって何ですか……。
「カケルン、そこは大胆にいかないといけない場面ですよ。裸の女と熱いキスを交わしたら、次はガバッと男を見せるしかないでしょう」
ホントに従者なのかよ……。
「裸の……女……? キャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
世界中にとどろくような、これまでに聞いたことないほどの大きな悲鳴が響き渡る。
「お嬢様は動揺なされておいでです! 今がチャンス! 行け、カケルン! ファーストキスを奪ったんですから、その先も一気に奪ってしまいなさい!」
ホント何言ってるんだ、この人は……。
「絶対に許さない……!」
殺気⁉
「お、俺は何も……」
無実だ!
俺はお前をかばって後頭部から床に!
「お嬢様……カケルンはただのヘタレでした……。残念なことに、お嬢様の胸を揉んだり、脇をくすぐったり、おへそに舌を入れたり……はされませんでした。もしかしたら、
「誰がEDだ! 毎日めっちゃ元気だわ! って言わせんな!」
男子高校生の体力を舐めるなよ!
「カケル、殺す……!」
「いや、だから俺は何も……って、立ち上がると全部見え――」
「私の裸を見た……カケル、殺す……!」
「それは理不尽! 鳩になって服が脱げてたのを忘れていたのはそっち! 俺は無実だ!」
「ファーストキス……私の裸……胸揉んだ……カケル、殺す……!」
「胸は揉んでない! それはホントにホント! 倒れた時に押し付けられただけで!」
大変柔らかくて、一生の思い出に――。
「ちょっ! 目が金色に光って……ヤバい⁉ レオンさん、これヤバくない⁉ ってレオンさんどこ⁉」
いない!
どこにもいないぞ⁉
「カケル、殺す……!」
「えっ、ちょっと⁉ ウソでしょ⁉ 巨大な炎の球がっ!」
無断での
いやいや、パートナーが許可しないと使えないんじゃ⁉
ちょっとレオンさん⁉
誰か! 助けてー!
ヘルプミーーーーーーー!
これが学内で……≪特別自治区≫内で、後世まで長く語り継がれることになる『部室棟・謎の大爆発全壊事件』である。