「えーと……お2人の家はどちらなんですか? もしかしてご近所さんかな?」
なぜだかアヤさんとレオンさんが俺の後をついてきている……気がする? 自意識過剰か?
うーん、しかしずっとケンカしながら後ろを歩かれているのはあまり気分の良いものではないんだが……。通りがかりの人に見られまくっているんだよなあ。俺まで一味だと思われたくないんで、できればちょっと離れてもらいたい。
「は? 私の家を知ってどうするのかしら? カケルはストーカーなの?」
「オホホホ。カケルン、私たちのことはお気になさらずに」
ダメだ、この2人とは会話にならない。
ていうか、ナチュラルに2人から下の名前で呼ばれて……今日だけで『男なら一生のうちに一度は経験したいことリスト』、通称『男の幸福リスト』の実績解除をし過ぎじゃないか? 俺、明日辺り死ぬの?
「じゃ、じゃあ俺はこっちなので、また明日……?」
2人とも仲良くな。
できれば明日からは最低限の距離感で接してください。お願いします……。くれぐれも教室で話しかけてきたりしないように。お互いこれまで通り、話をしたこともないクラスメイトということで1つよろしくたのまいっ!
「いや……俺はこっちなので……」
なんでまだついてくるの?
「奇遇ですね。私たちもこちらのほうなんです」
「そ、そうすか……」
今まで一度も街中で出くわしたことがないから、こんなご近所さんだとは思わなかったわ。
まあ、たまたまそういうこともあるか。
「じゃあ、俺はスーパーに寄って食材の買い出しをしてから帰るんで、今日はこれで……」
すっかり遅くなっちまったが、今日は今週分の食材を買い出しする日だからな。妹よ、きっと夕飯を作って待っていてくれているんだろうが、もう少しだけ待っていてくれ。力仕事はお兄ちゃんの役割だ!
「今日の野菜の安売りは……キャベツがだいぶ良い値段だな。あとは……お、新ジャガ! 玉ねぎも必要だろ。安定のもやしクンで嵩を増ししつつ……あー、米はそろそろ少なくなってきたかも……って、ちょっと待ってください? なんで俺のカゴにお菓子を入れているんですか? しかもめっちゃ高そうな……」
「……食べたいから、ですね?」
「まあそれ以外の目的はないですよね……いや、そうじゃなくて! 自分の買い物は自分でしてください!」
「え~、カケルンと私の仲じゃないですか♡」
レオンさんが俺にしな垂れかかってくる。
ナチュラルにボディタッチするのやめいっ! そんなことされたらちょっと好きになっちゃうでしょ!
「レオンさんと俺の仲は、今日出逢ったばかりの間柄ですよね! どうもはじめまして!」
キャラ変わり過ぎだろ。何なのこの人……。
「レオン、この店すごいのね。なんでもあるわ!」
少し興奮気味の様子で、アヤさんが駆け寄ってくる。
中心街にあるショッピングモールと比べたら、わりと小さめのスーパーマーケットなはずなんだけどな。もしかして、アヤさんってお嬢様だからこういう店には来たことがないのか?
「あっちにあったマッサージチェアというのがほしいわ。最近肩こりがひどくて困っているのよね~」
と、アヤさん。
首をコキコキ。
腕をグルグル。
うーむ。
たぶん肩こりは、その大きな胸のせいじゃないでしょうかね……? 学生の身分でその大きさ。大変けしからんですなあ。
「もうカケルンたら♡ エッチ♡」
俺の視線の行き先にいち早く気づいて、レオンさんが再びボディタッチ。って、肩口からシャツの中に手を差し入れてくるのやめて? 細い指がひんやりしていて……。
「レオン……離れなさい」
底冷えするような低い声。
体感温度が50度くらい下がって……ひんやりどころじゃなくて凍えて死にそう。
「お嬢様? 今何かおっしゃいましたかぁ?」
難聴系主人公か!
この距離なんだからばっちり聞こえていたでしょ!
さっさと俺のシャツから手を抜いてください! って、ボタンをはずし始めるな!
「レオン……カケルから離れて……」
「なぜですか? カケルンのボタンが外れかかっていたから直して差し上げようとしていただけですが、お嬢様に何か関係が?」
「お、男は危険だからむやみに触れてはいけないって言ったのはレオンでしょ! カケルから離れなさい!」
アヤさんの顔が真っ赤だ。
「お嬢様にとっては危険ですよ、という意味です。類い稀な容姿、透き通るような金色の髪、男の視線をくぎ付けにする大きなお胸、触れたら折れてしまいそうに儚げな腰、芸術的なまでに曲線を描く形の良いお尻、そして肉付きの良い太もも、嘗め回したくなるような細いふくらはぎ。男性の理想を絵に描いたようなお嬢様のお姿。ほら、見てください、カケルンの目。獲物を狙う肉食獣のようでしょう?」
「なっ⁉ カケル……死ね!」
「違っ!」
今のはレオンさんが細かく描写するから、つい誘導されて見ちゃっただけで!
でも一瞬見ただけで「死ね」ってシンプルにひどくない⁉
「お嬢様をお守りするために私がこうして先回りをしているだけなのです。おわかりいただけたでしょうか?」
「そう、だったのね……。それなら早めにカケルの目をつぶしておいてちょうだい」
「ひどっ!」
軽々しくそういうこと言っちゃダメですよ⁉
俺だってがんばって生きているんですからね⁉
って、ちょっと納得しかけたんだけど……俺の服の中に手を入れてくるのって、何の先回りなんですか?
「ではカケルン。あとはマッサージチェアをお持ち帰りでお願いします」
「えっ、俺が⁉ 高校生の財布に何を期待してるんですか⁉」
あと、マッサージチェアは普通、即日持ち帰れませんからね? 重量的にも後日配送になりますし。
「甲斐性なし。そんなことではお嬢様のパートナーは務まりませんよ」
「ひどい! 金銭感覚が違い過ぎるので、パートナーとしてやっていく自信がないです!」
そもそも≪パートナー契約≫ってそういうの関係あります⁉
魔力を共有したり、
「男の魅力は、1に甲斐性、2に甲斐性、3、4がなくて、5に容姿ですよ」
「ひどいな、その感覚!」
どこ情報よ、それ⁉
「カケルンも素材は悪くないんですから、しっかり稼いでお嬢様に貢いでくださいね」
素材は悪くない……褒められた、のか?
いや、貢ぐって言い方ぁ!
「仕方がないので今回は私のほうで支払っておきます」
「お、お願いします……」
「貸し、4つ目ですね♡」
貸しばかり増えて……って、なんでこれも俺が借りたことになっているの⁉ 普通にアヤさんの欲しがっているものを従者のレオンさんが買うだけでしょうが! 危うく騙されるところだったわ……。
* * *
今週分の食材はヨシ、と。
米は来週にしよう。たぶんギリギリ足りるだろうし。あれなら週末に米だけ買いに来ても――。
「それでお2人はどこまで行かれるんですか? もしかしてホントのホントにご近所さん?」
俺の家、もうすぐそこなんですよね。
「ええ、奇遇ですね。……この辺りです」
知らなかったな。
この辺に新しく引っ越してきた人なんていたっけ? 普通の住宅街だから、天使族のお嬢様が住むようなお屋敷とかはないはずなんだけど。
それにしてもアヤさんの表情が険しいな。何か気に入らないことでも……マッサージチェアの持ち帰りができなかったからか? でもレオンさんがごり押しして、スーパーの人も特別に今日中に届けてくれるって言っていたじゃん。何が不満なのさ……。
「じゃあ、俺の家はここなんで。また明日学校で」
レオンさんに小さなビニール袋を手渡す。
高級そうなお菓子の箱が入ったやつね。レオンさんが食べたがっていたのを結局俺がおごった形に。
「まあまあ。せっかくですから、カケルンの妹さんにもご挨拶させてください」
「えっ、なんで⁉」
挨拶する理由、なくないですか⁉
「お嬢様とカケルンが正式に≪パートナー契約≫を結んだことのご報告をしておかなければいけませんし」
「そういうのって必要なんですかね……?」
別に家族が誰とパートナーになっていても、何も関係ないんじゃ?
「もちろん必要ですよ。同居されている家族の理解がないと、トラブルのもとになりますからね」
「なるほど……それならまあ……」
ミウにしてみたら寝耳に水だよなあ。俺が≪パートナー契約≫を結んだなんて言ったら驚くかな? まあ驚くよな。お兄ちゃん子だし、って俺が自分で言うとちょっとキモいな。
「じゃあちょっと玄関の前で待っていてもらえます? 一応、俺が軽く説明してからってことで」
「はい、お待ちしています。お嬢様もそれで大丈夫ですね?」
「……ええ」
アヤさん、相変わらず不機嫌だなあ。
でもミウとアヤさんはクラスメイトで、話していたのも見たことあるし、まあ問題ないだろ。
「ただいまー。ミウ、遅くなってごめんな」
と、玄関の外にアヤさんとレオンさんを残し、俺は家の中へと入るのだった。