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第10話 失礼します。いいえ、ただいま、ですね

「お兄ちゃん……わたし、耳がおかしくなっちゃったかも……。もう一度言ってくれない?」


 ミウが何度も瞬きを繰り返す。


「だから、成り行きで人助けをすることになって、さっき≪パートナー契約≫を結んだんだってば。それでその人とお付きの人が俺の家族に挨拶したいって玄関前に来ていて――」


 おわっ⁉

 ミウ、急にタックルしてきたら、お兄ちゃんだって痛いんだぞ?


「なんで⁉ なんで勝手にそんなことするの⁉ そういう大事なことはわたしに相談してからにしてよ!」


 めちゃくちゃキレてらっしゃる……。

 こんなにキレるものか?


「いや……だから緊急事態でさ……。異能力アビリティを使用しているところを見ちゃったのは俺のせいでもあるし……」


 首! 首絞めないで!


「だからってなんでわたしじゃなくてチヒロさんなの⁉ ずるいよ! わたしだってずっとガマンしてるのに!」


 えっ、泣いてる……?


「なんでチヒ姉? 俺が≪パートナー契約≫を結んだのは天使アヤあまつかあやさんっていう人だが?」


 チヒ姉――黒羽チヒロくろはちひろは俺の1個年上の幼馴染みだ。

 近所に住んでいて、年も近いことから面倒を見てもらうことが多く、俺もミウもホントのお姉ちゃんみたいに思っていて……って、なんでミウはチヒ姉が俺の≪パートナー契約≫の相手だと勘違いしたんだ? チヒ姉は人族だし、人族同士で≪パートナー契約≫なんて結べないのはミウだってわかっているだろうに。


「今なんて……」


「ん? なんでチヒ姉なんだって?」


「そのあと……お兄ちゃん、誰と≪パートナー契約≫を結んだって言った……?」


 なんだ、今日のミウはちょっとおかしいな。

 耳垢がたまっていて聞こえづらいなら、あとで耳掃除をしてやろうか。


「だから天使アヤさんだよ。最近転入してきた。ミウも面識あるだろ?」


「天使アヤ……外に……来てるの?」


 制服のシャツを引っ張らないで? そんなに引っ張ったら破けちゃうから……。


「ああ、待たせちゃっているから、悪いんだけど玄関先まで頼むわ。夕飯早く食べたいし、ササっと顔合わせってやつを済ませちゃおうぜ」


 求めているのは儀礼的なものだろうし、ちょっと挨拶すれば終わりだろう。


 ピンポーーーン。


 玄関のインターフォンが鳴る。


「おっと。待たせ過ぎちゃったかな⁉ たぶんレオンさんが待ちきれずに催促で鳴らしてきているんだろう」


「レオン……もしかして、天使レオンも来ているの……?」


「お、おう。アヤさんのお付きの人だしな。ミウはレオンさんのことも知っているのか?」


「アヤさん……レオンさん……ずいぶん親し気……」


「あ、いや、これは……ほら、2人とも名字が『天使あまつか』で区別できないから仕方なく、かな……?」


 ってなんで俺はこんな言い訳を……。

 別に女の子を下の名前で呼んだって良いじゃない! お兄ちゃんだってそういうのに興味があるお年頃なの!


「あー、インターフォン鳴り続けて、はいはい、今から――え、宅配ですか? あ、はい。今行きます?」


 こんな時間に宅配業者が?


「ミウ、なんか注文してたっけ?」


 俺の問いかけに首を振るミウ。

 とすると、父さんの荷物かな。予告なしに自宅こっちに何かを送ってくるなんてだいぶ珍しいが。


「まあいいや。ミウも一緒に来てくれ」


「……わかった」


 なんとか泣き止んだみたいだけど、まだ表情が硬いな。かわいい顔が台無しだぞ?



「はいはい、今開けますー」


 ドアを開けると目の前にいたのは宅配業者のお兄さん……が2人? ずいぶん筋肉モリモリなお兄さんたちだな。ドア横にレオンさんの顔が見切れているけれど、先に業者を通せってことかな。


「竹井カケル様宛てにお荷物です。こちらにハンコかサインをお願いします」


「あ、はい」


 俺宛て? 父さんの荷物じゃなかった。


「運び先はいかがいたしましょうか。はい、1階奥のリビングですね。かしこまりました。それでは準備させていただきます」


 俺は何も言っていないんだが?

「お兄ちゃん、何が届いたの?」


「いや、わからん。なんか準備してくるって……」


 1人のお兄さんが残ってドアのサイズを測ったりして……いったい何が届いたんだ?


「この隙にサササッと。失礼させていただきますね」


 業者のお兄さんが開けたドアの隙間から、レオンさんがアヤさんの手を引いて入ってくる。


「あ、いらっしゃい。なんかちょうど荷物が届いちゃったみたいで。バタバタしてすみません」


 宅配業者、タイミング悪し。


「いいえ、おかまいなく。玄関にとどまっていると配送のお邪魔になってしまいますから、上がらせていただきますね」


「えっ⁉」


 玄関先で軽く挨拶を済ませて終わりのはず……。

 アヤさん、無言で睨みつけてくるのやめて?


「失礼します。いいえ、ただいま、ですね」


「おかえりなさい?」


 いやいや、「失礼します」のほうで合っているのでは?


「お嬢様、ご挨拶は?」


「……ただいま」


 めっちゃ睨んでくるし……。そしてなぜアヤさんまで「ただいま」のほうをチョイスしたし?


「……どうぞ」


 ミウが来客用のスリッパを2足、玄関に並べる。

 こっちも超無愛想! 何なのこの殺伐とした空気⁉

 レオンさんだけやたらとニコニコしているし、温度差で風邪ひきそうなんだが?


「じゃ、じゃあミウ、2人をリビングのほうに案内してくれる? お兄ちゃんはここで宅配業者さんを待ってるからさ……」


 無言!

 でも案内はしてくれるらしい。

 普段愛想の良いミウがこんなに塩対応するなんて……腹が減っているせいか? お兄ちゃん、帰ってくるの遅くなっちゃったもんな。すまんな。もうちょっとの辛抱だからさ。


「おまたせしました。傷がつかないように、布を引かせていただきますね。玄関マットは失礼して、こちらに立て掛けさせていただきます」


 配送業者のお兄さんが手慣れた仕草で準備をしていく。

 床に布? こんなことをするのって、引っ越しくらいじゃないのか? いったい何が運ばれてくるんだ……。


「何勝手なことしてるのよっ!」


 リビングからミウの怒鳴り声が聞こえてくる。

 トラブルか⁉


「おーい、大丈夫かー⁉」


 玄関の守りは放棄! ダッシュでリビングへ。


「カケルン、こちらは何も問題ありませんよ。今、ご挨拶の菓子折りをお渡ししたところです」


 相変わらず笑顔のレオンさん。それを三白眼で睨みつけるミウ。少し離れたところで眉間にしわを寄せて立つアヤさん。


 そしてテーブルに置かれたちょっと高級そうなお菓子の箱。

 さっき俺が買ったやつじゃん……。


 そんなことより、いったい何があった……。


「失礼しま~す。リビングのどちらに組み立てましょうか?」


 業者のお兄さんたちが巨大なダンボール箱を引き摺ってリビングに入ってきた。ダンボールの下にはさっき敷いた布。なるほど、そうやって引き摺って運ぶためのものだったのか。

 って、組み立て?


「それは……こちらにお願いしますわ」


 レオンさんがパタパタと走ってきて、ダイニングテーブルの横のスペースを指さす。

「ちょっとレオンさん⁉」


 何勝手に指示出しているんですか!

 あなた、ただのお客さん……。


「かしこまりました~」


 ああっ、作業が始まってしまった!

 あっという間にダンボール箱が開かれて、中から出てきたのは――。


「マッサージチェア⁉」


 これ、レオンさんがさっきスーパーの特設コーナーで買ったやつでは⁉


「ちょっとレオンさん⁉ なんでここにあのマッサージチェアが運ばれてきてるんです? うちにはいらないですよ⁉」


 使いたいのはアヤさんでしょ!

 ご自分のお屋敷に運んでくださいって……。


「お嬢様がお使いになるので必要ですわ♪」


「いや、だから、それはアヤさんの自宅に――」


「カケルン、ミウさん」


 レオンさんが俺の言葉をさえぎってくる。


「天使アヤ、そして従者の天使レオンにございます。今夜からこちらでお世話になることになりました。改めてよろしくお願いいたしますわ♪」


 ……今、なんて言いました?

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