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第17話 現代の大岡裁きなの⁉ 胸を当てたいのか、腕をちぎり取りたいのかはっきりさせてくれ!

「チヒ姉……? マジで?」


 俺の知っているチヒ姉ってこんな感じだったっけ……?


 俺よりもずっと男らしく逞しくて、近所の少年たちを集めてガキ大将キャラで、誰よりも高い木に登って、トカゲを頭に乗せてお笑いしていた……あのチヒ姉?


「うわ~、カッちゃんだ! 懐かしいわ~!」


 艶のある長い黒髪を揺らしながら、美人のお姉さんチヒ姉?が部室の入り口まで駆け寄ってきて、俺の手を取った。


 細い指に手入れされた長い爪。ピンク色のマニキュアなんて塗っちゃって……完全に大人な女性じゃん。


「ホントにチヒ姉なのか⁉ おひさしぶりです……」


 こんな美人のお姉さんに手を握られたら、ちょっと緊張しちゃう……。


「変な顔してどうしたのよ? ねぇねぇ、そんなところに立っていないで、早く中に入って~」


 そう言いながら俺の手を引くと、そのまま抱き着くようにして腕を絡めてくる。


「えっ、ちょっ、チヒ姉⁉」


 ああああ当たってますっ!

 シャツのボタンが! 谷間もけっこう見えちゃっていますから!


「痛てててて! なになになに⁉ みみみみみ耳取れちゃう!」


 アヤさん、耳を引っ張らないで!

 無表情のアヤが、俺の耳をねじ切ろうとゆっくりと回転させながら引っ張ってきているじゃないか! 俺の声って聞こえてないの⁉ もしかして、俺って耳しか見えていない耳なし芳一状態なの⁉


「あら、天使あまつかさん、いたの? 今日の部活はなしよ。テストで疲れたでしょう。早くお帰りなさいな」


 ひどく冷たい声……。

「そうですか。お疲れ様でした。カケル、今日の部活はないそうなので、“一緒に”帰りましょう。私たちの家にね」


 痛い痛い!

 そんなに引っ張ったら、俺の耳だけ家に帰ることになっちゃうから! ねじり過ぎて餃子を通り越してニョッキみたいになっちゃっているから!


「カッちゃんは忙しいのよ。悪いけれど、今日はあなただけで1人淋しく帰りなさいね」


「カケルの入部の挨拶はすでに済んだと思いますが? もう用事はないでしょう。さ、カケル、帰りましょう」


「まだ入部届を書いてもらったり、顧問の先生にハンコをもらいに行ったりいろいろあるのよ~。半日……もしかしたら泊まり込みになるかもしれないから、先に帰っていてね」


 いや、それはさすがに。

 泊まり込みってどんな手続きだよ……。


「カケルの入部は、咲坂先生の推薦があったと伺っています。すでに入部届の提出と受理は終わっているはず。そうよね、カケル?」


「お、おう。中間テスト前に手続きは全部済ませたな。あとは部長への挨拶がテストのせいで延び延びになっていただけで……」


 ホントはアヤが部室棟を爆破したせいなんだが。


「ってことは、ここの部長ってチヒ姉なの?」


 この状況からしてそうとしか思えないんだけど一応確認ね。


「そうなの~。私がこの『占い魔術研究部』の部長で~す! 末永~く、よろしくね♡」


 顔が近い!

 香水の匂い? なんかもう……アレがアレして……。


「はい、今度こそ挨拶終了ですね。カケル、すぐに帰りましょう。スーパーの特売に遅れるわ」


 アヤがやっと耳を引っ張るのをやめてくれて……今度は腕ーーー⁉

 ちょっと、アヤの胸も当たっちゃっているからね⁉ 

 何お前、チヒ姉に対抗しているの⁉


「まだ部活の説明をしていないから、挨拶は終わってません~!」


 おい、チヒ姉。そんなに引っ張るなって。


「部活の説明なら結構です! 私がカケルの家で夜通しかけてゆ~っくりしておきますから、お気遣いなく!」


 おいおい、アヤ。トルネードしながら腕を引っ張ったら肩関節外れるから!


「家⁉ 転校生のくせに生意気よ!」


 おいおいおい!


「私たち、正式な≪パートナー契約≫を結んでいるので、同じ部屋に住んでいますし!」


 おいおいおいおい!


「ぽっと出のくせに! この泥棒猫!」


 おいおいおいおいおい!


「にゃ~ん! にゃ~ん!」


 おいおいおいおいおいおい!


「おーい! お前らいい加減にしろよ! 言い合いをしながら両側から腕を引っ張るな! 現代の大岡裁きなの⁉ 胸を当てたいのか、腕をちぎり取りたいのかはっきりさせてくれ!」


 って、腕をちぎり取りたいほうかーい!


「すみませんでした! めっちゃ痛いんで、2人とも1回落ち着こう⁉ 俺も腕をちぎり取られる実績解除はしたくないんだ!」


「実績解除って何?」


 アヤが力を緩めて不思議そうな顔をする。


「あ、いや、それはこっちの話」


「それで……あなたたち、同じ部屋に住んでいるってホントなの?」


 続いてチヒ姉も力を緩めてくれた。


 ふぅ。

 大岡裁き、これにて終了。腕に爪の跡がすごい……。こんなに爪立てたら内出血しちゃうじゃんか……。


「ままま毎日一緒のベッドで寝ているわ!」


 もちろんウソである。

 俺は寝る時、自室に鍵を掛けているから誰も入ってこれないのだ。そう、男の子の部屋には絶対に鍵が必要なんだ! 父さんありがとう!


 まあでも、顔がそんな真っ赤だと、さすがにそのウソはバレると思いますよ。


「なんですって⁉ カッちゃんの童貞は私がもらう約束をしていたのに!」


 意外とバレな……ちょっと待て。そんな約束、いったいいつしたんだ?

 でもまあ、それはまだ実現可能なんですよね。残念ながらね……。


「ざざざざざ残念でした~! カケルは私のパートナーなので!」


 パートナーなのはそうなんだけど、別に恋人ってわけではないからね?

 魂の契約はしていても、俺たちは清い関係ですよね? それともそういうことも期待して良いの? でもあれでしょ。いざとなったら、どうせ「やっぱりダメ~」とか言って、炎の異能力アビリティで俺のことを焼いてくるでしょ? はいはい知ってます。そういうのって、ラブコメの定番シチュエーションだからね。でも俺はラブコメの主人公ではないので、そんなおいしい展開になるわけない、と。現実は厳しいのですよ。


「許せない……」


 突然、チヒ姉の全身から黒い靄のようなものが立ち昇り始める。


 えっ、何その煙みたいなやつ⁉ まさかチヒ姉の異能力アビリティ

 そういえば、チヒ姉ってどんな異能力アビリティを持っているんだっけ? 使っているところを見た覚えがないかも⁉ その感じ、攻撃系⁉ 攻撃系なの⁉


「部長権限発動! 本日付けをもって、天使アヤを退部とします! もう二度と私の部室に顔を見せないで!」


 まさかの口撃系だった⁉

 しかも権力を笠に着た、わりと卑怯なタイプのやつー!


「そうですか。この部に入部したのは咲坂先生の指示によるものなので、退部については咲坂先生に確認をいたします。それでは失礼します」


 と、アヤが捨てゼリフを残して颯爽と部室のプレハブ小屋から出ていこうとする。


「ちょっと待ってってば! アヤは一旦落ち着け」


 急いでアヤの手を掴んで止める。


 さすがにこのままってわけにはいかないからね。

 まず俺が話をするから、一旦その場でステイな。


「チヒ姉、いきなり退部ってなんだよ。部長だからってそんな権限あるのか? 理由は何だよ。さすがに今の流れでは退部させられるような何かがあったように思えないんだが⁉」


 え……。チヒ姉?

 急に体の周りの黒い靄が消えて……体が震えて?


「うわ~ん! カッちゃんが天使族の女の肩を持った~! 私のほうがずっと付き合いが長いのに、ぽっと出の天使と≪パートナー契約≫なんて結んで、童貞まで奪われた~! カッちゃんのバカ~!」


 な、泣いた⁉

 セクシーなお姉さんが子どもみたいにマジ泣きした⁉ ギャップ萌え!


「いや……今のはチヒ姉がいきなりすぎると思うって話をしただけで……肩を持ったとかそういうことでは……。あと、ちゃんと訂正しておくと、俺は……まだ童貞です」


 って、何言っているんだよ、俺!

 これはなんかのプレイなの⁉ 絶対甘々な展開にならない雰囲気の中で、なんでこんな恥ずかしいこと口走ってるんだ!


「ホントに童貞……?」


「あ、ああ……」


 何の確認なの……。

 さすがに恥ずかしさで気絶しそうなんだが?


「私との約束を守ってくれているの……?」


「いや、その約束のことは覚えていないけど……」


「約束したじゃない! カッちゃんが3歳の時に!」


「3歳⁉ さすがにそれは無効だろ……」


「誓約書もちゃんとあるし!」


 チヒ姉が取り出したのは古びた封筒。

 そして封筒の中にはこれまた古そうな、紙が黄ばんだ便せんが入っていた。ところどころ破けたところをセロテープで補強した跡がある。何度も取り出して読んだな、これは。


「ほら、ここに! ちゃんと血判もあるし!」


『わたくし竹井カケルは、黒羽チヒロを生涯の妻とし、童貞並びに一生を捧げ、地獄に落ちても愛し続けることを誓います』


「なんだこれ⁉ 3歳に約束させる内容じゃねぇぞ!」


 おままごとにしても内容が重すぎるわ!


「日付も入っていないし、見届け人としての≪監察官≫のサインもない。こんな誓約書は無効です」


 アヤさん、それは無慈悲ですよ……。

 子どものままごとに、法的効力云々を言い出すのはあまりにも……。


「まあ、なんていうかさ、俺、無能力者アンチだからさ……学校を卒業して、成人認定を受けないと……そういうことって許されていなんだよね……」


 ま、そういうことなんで……。

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