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第20話 謝ったら部室内で炎の球をぶっ放しても良くなるわけじゃないからな⁉

 俺が『占い魔術研究部』に正式入部し、チヒ姉と劇的な再会を果たした翌日。


「生徒から1件の相談が寄せられているわ」


 放課後、プレハブ小屋の部室に顔を出すと、チヒ姉が小さく折りたたまれた1枚の紙を渡してきた。


「おお、もうさっそく相談が来たんだ⁉」


 と、笑顔で紙を受け取る。

 が、しかし! そんなことよりもふとした疑問が俺の頭の中を支配していた。


 この人、なんで俺たちより先に部室にいるんだろう。


 今週は掃除当番もなくて、SHR帰りの会が終わってすぐに部室にやってきたのに、当たり前のように部長の席に座っていらっしゃる。しかも今着いたって感じでもなく、すでに目安箱の中身の回収まで済ませて……?


「どうかしたの、カッちゃん?」


 大きな瞳をシパシパさせて、俺のことを見つめてくる。

 なんていうか、普通にすげぇ美人のお姉さんだよなあ。

 黒髪ロングでちょっと肌が小麦色で、美人でスタイルが良くて年上のお姉さんで。

 正直言って俺の好みのど真ん中なわけで……。

 トカゲを頭に乗っけて大笑いしていたチヒ姉と同一人物とは思えない……。


「もう♡ しかたないなあ♡……いいよ♡」


 チヒ姉が目をつぶって唇を突き出してくる。

 艶があって柔らかそうでプルンとした唇……。


 まったく!

 みんなで寄ってたかってそうやって男の純情を弄びやがって!


「あー……俺はそういうのは……ちょっと……」


 チラチラ。

 それに今はほら、アヤが隣にいるからさ……アヤってそういう冗談はあんまり通じないし?


 ぐぇー!


「おおおお……おまっ、肘が……まともに……入った……」


 息が。

 肋骨折れたろ、これ……。


「エッチなことを考えた罰よ」


 今のは俺のせいじゃないでしょう!

 最初から最後まで一緒に現場にいて、どうして俺のことだけを責めるんですか……。天使族っていうのは慈悲の心とかはないんですかね⁉


「部長、よろしいでしょうか」


 アヤがスッと音もなくチヒ姉の前に移動する。

 周りの温度が一気に下がったのを感じる……。


 あ、これヤバいやつじゃね?


「カッちゃん♡ 早くぅ♡ 焦らしプレイなの~?」


 チヒ姉! まさかこの空気の変化に気づいていない、だと⁉

 焦らしプレイとかどうでも良いから、早く正気に戻って! すぐにアヤに謝って!……ダジャレじゃないよ⁉


「カケルのパートナーは私なので、手を出さないでくださいと昨日も忠告しましたよね」


「ん~? そんなのあなたにいちいち言われる筋合いないわよ。私とカッちゃんの問題でしょ?」


 チヒ姉は片目だけ開けてアヤの……静かな怒りを確認した後、再び目を閉じて唇を突き出してきた。この人、もしかして相当な大物か⁉


「私はカケルと≪パートナー契約≫したばかりなので、まだ契約時の異能力アビリティ行使に戸惑っているんですよね……。魔力も溜まり気味なので、余計に威力の調整がうまくいかなくて……この部室が吹き飛んだらごめんなさいね」


「待て待て待て!」


 完全に恫喝じゃねぇか!

 事前に断りを入れたら、部室内で炎の球をぶっ放しても良くなるわけじゃないからな⁉


「安心して。私のパートナーを誘惑しようとしてくる悪い虫を駆除するだけよ。カケルはそこのゴキジェットを噴射して。私がファイヤーブレスで殺虫剤の威力を高めるから」


「それ、絶対ダメな使い方だからな?」


 迷惑系の動画配信者が髪の毛や家の壁を燃やしたりして問題になるやつだからな?


「あ、先生ぇ! 助けてくださいよぉ。過激な部員がいてぇ、部室に火をつけるって騒いでいて困っているんですよぉ」


 チヒ姉……咲坂先生サッキーを呼んだな?

 昨日の意趣返しか?


「けしからん生徒だ。どこのどいつだ?」


 咲坂先生サッキーが登場。


「オランダ~。あら、サキちゃん、こんにちは。外にまで聞こえるほど大声を出したりして、何かトラブルですか?」


 当たり前のようにレオンさんも登場、と。

 あなたたち、≪監察官≫なんですよね? 昨日も今日もここに来てますけど暇なんですか?


「は! 善良なる市民からの通報を受けまして、パトロールに来た次第であります!」


 そして見慣れた咲坂先生サッキーの最敬礼、と。


「そうですか~。ご苦労様。どうやらデマ情報をつかまされたみたいですね~。もう持ち場に戻って平気ですよ」


「いえ、まだ事情聴取が終わっておりませんので!」


「私が戻って良いと言ったんです。さっそく命令違反ですか?」


「失礼いたしましたっ!」


 言い終わるや否や、咲坂先生サッキーは部室のドアを開けっぱなしにしたまま、走り去っていった。本日の咲坂先生サッキーも権力に敗北っと。



 レオンさんがくるりとこちらに振り向き、俺の手にある1枚の紙切れを指さした。


「それが生徒からのお悩み相談ですね~。どんな内容でしたか?」


「あ、いえ。まだ中身を見てなくて」


 紙を受け取ったところでアヤとチヒ姉が揉めだしたので。


「私にも見せてちょうだい」


 アヤが俺の肩越しに覗き込んでくる。

 だからナチュラルにボディタッチやめてって!


 いや、俺の感情……わかっているんでしょ⁉

 今その背中に当たっている感触……スルーできるほど人間出来ていませんよ! ガッツリ意識してい……なんで逆に押し付けてくるの⁉ 


「アヤ⁉」


「んっっ」


 だから耳まで真っ赤にしながらなんでそんなことするのさ?


「ギリィィィィィィ」


 正面のチヒ姉から聞こえてくる歯ぎしりの音ぉ!

 歯ぎしりレベル超えているっての……。すでに2、3本歯が欠けたりしていないですかね?


「カケル、早く手紙を開いて。ぜんぜん見えないわ」


「ギリィィィィィィィィィィ」


 だーかーらー!

 そんなにされて集中できるわけないでしょ!

 チヒ姉へのけん制のつもりなんだろうけれど、やりすぎて自分もダメージ受けていらっしゃいますからね⁉


「お嬢様、成長なされましたね。ほろり」


 口で「ほろり」って言うな。ぜんぜん涙出てないでしょうが。

 それにしてもシャッター音すごいな。連写で撮影する要素あります⁉



 というわけで30分後。

 一旦全員、各々が部屋の四隅に分かれて張り付く形で距離を取ることに。

 一時休戦ということにしないと、いつまで経っても話が進みやしない……。


 さて、大きく深呼吸をしてから、生徒のお悩み相談とやらの中身を読み上げていきましょうね。



 ふぅ、ここまでくるのにずいぶんと時間がかかった……。


「えーと、1年3組安藤レイナあんどうれいなさんからの依頼だな」


「女性?」


「女生徒からのようだけど、どうかしたか?」


 アヤ……とレオンさんの表情が曇っている。

 いや、女生徒からの依頼だと何か不都合でも?


「カケル、その依頼書は私が読みます。こちらへ渡してください。できるだけその紙を顔から遠くに離して」


「なんで? まあ良いけどさ……」


 別にアヤが読み上げてくれるなら俺はそれで良いけれどね。

 しかし何でそんな急に――冷たっ⁉ 手紙を取り上げた瞬間、アルコールスプレーを全身に浴びせかけてきたのはなぜ⁉


「念のための消毒です」


「なんで今のタイミングで⁉ 部室に入ってきた時に手を消毒するならわかるけど⁉」


「罠だったら困るわ」


「女性からの依頼は……危険ですわね」


 2人で深刻そうな顔をして頷き合っているけれど、何が罠で何が危険なのか、俺にもわかるようにちゃんと説明して?

 あーあ。チヒ姉はすげぇつまんなそうな顔してスマホいじり始めちゃったし。


「『私は陸上部に所属していて、競技種目は走り幅跳びです』」


 悩み相談の読み上げが始まっちゃった……。まあ良いか。

 安藤レイナさん。陸上部の走り幅跳びの選手ね。OK。


「『心身ともに充実していて、次の記録会では良い成績が出そうな手ごたえを感じています』」


 なるほどなるほど、それは良かった。

 そうねー。俺たちの住む≪特別自治区≫には、高校は3校しかないからねー。

 ≪特別自治区≫が生まれる前の記録を調べると、日本全体で地区大会や全国大会、なんていうイベントがあったらしいね? この≪特別自治区≫の外にはたくさんの人がいるらしいから、今でもそういうイベントが開かれていたりするのかな?


「『ですが困ったことが1つあります』」


 お、ここからが悩み相談?


「『最近、遅い時間まで練習をしていると、どこかから視線を感じる時があるのです。部活の最中だけでなくて、帰宅の時や休日に出かける時にも気になる時があります。今は友人に頼んで一緒に登下校をしてもらっていますが、この間部室棟が爆発して消えたこともありますし、とても心配です。調べていただけないでしょうか。安藤レイナ』」


 あーね?

 部室棟が爆発って怖いですよねー。

 うん、ストーカー被害ってことで良いのかな?

 記録会前で神経が過敏になっているせいかもしれないが……四六時中視線を感じるなら、あながち勘違いでもないかもしれない。どちらにしても安心させてあげるためにも、一度調査はしてみないといけないな。


 なんとなく俺にもやれそうなことのあるタイプの悩み相談で良かったわ!

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