「まずは陸上部の……何さんだっけ？」

「安藤レイナさん」

「そうそう、その安藤さんに話を聴きに行こうか」

　相談を引き受けましたよ、というご挨拶も兼ねて。

　……アヤ？

　なんでそんなに嫌そうな顔をしているの？

「手紙の内容だけだとわからないことも多いし、詳しい話を――」

「そんなことくらいわかっているわよっ！」

　めっちゃキレていらっしゃる……。

　なぜ……。

「これは俺とアヤの入部祝い的な依頼だから……な？」

　2人で解決しないと天使族のメンツがどうのって話だっただろ。なんで俺のほうが乗り気な感じになっているの？

「嫌なのよ……」

　アヤが下を向いて口を尖らせる。

「人の相談に乗るのが？」

「カケルが女の子としゃべるのが！」

　ええ……。めっちゃ真剣に見つめられましても……。

　もしかして――。

「『もしかしてアヤは……俺のことが好きなのか』」

「……レオンさん、俺の声色を真似て妙なことを口走るのはやめてもらって良いですか……」

　心を読まれたかと思ってドキッとしたわ。

　顔真似もしなくてよろしい。

　レオンさんのイメージだと、俺ってそんなにチャラついてます？

「だ、誰がカケルのことなんて！　勘違いしないでよねっ！」

　アヤの顔が真っ赤だ。

　レオンさんのジョークだということに気づいていないらしい。

　あー、そうだった。

　コイツ、ツンデレお嬢様でちょろインだったわ。

　しゃべらなければ、非の打ち所がないほどの美少女でお嬢様なんだけどな。クラスで周りの生徒から距離を置かれている時が1番ポイント高いってなかなかないパターンだわ。

「お嬢様はこう見えて、独占欲が非常に強い方ですからね。カケルンがほかの女性と≪パートナー契約≫を結んでしまうのではないかと、戦々恐々とされているのです」

「こう見えて……？」

　どこからどう見ても独占欲の塊なわけだが。

　お兄ちゃん大好きっ子のミウと良い勝負だな。

「カケルン……実妹は女性のカウントに入れてはいけませんよ」

「なん、のことですか……」

　レオンさんって、やっぱり俺の心を読んでいないか？

　もしかしてそういう異能力アビリティがあるのか⁉

「ね～え～、天使アヤ～。まだ陸上部にいかないの？　そこでグダグダしているなら、私がカッちゃんと組んで話訊いてきてあげようか～？」

　チヒ姉が、爪にマニキュアを塗りながらだるそうに話しかけてきた。

　プレハブ小屋の中は密室。なんかこう……あんまり得意じゃない感じの刺激臭が……。ミウは爪をいじったりしないから、これは初体験のニオイだわ。ちょっとだけつらい……。

「カケル！　ボサッとしていないでグラウンドに行くわよ！」

「あ、はい……」

　いつの間にかアヤが部室から出て、外に立っていた。

　なんで俺のせいで遅れたみたいになって……まあ良いか。

　さっさと話を聴きに行こう。そうしないと始まらないからな。

「お嬢様、カケルン。いってらっしゃいませ～」

　レオンさんの見送りの声を背に受けながら、俺たちは連れ立って渡り廊下のほうへと歩く。

「なあ、アヤ」

「……なに？」

　こちらを見ようともしない。

　まだ機嫌が悪いのかよ。

「さっきの話だけどさ」

「さっきの話って？」

「≪パートナー契約≫の話」

「≪パートナー契約≫の話ね」

　ちらりと視線だけこちらに向けてくる。

　まったく、オウムかよ。

　って、コイツは鳩だったか。いや、別に本体が鳩ってわけではないと思うが。

「俺は別にさ、アヤ以外の誰とも≪パートナー契約≫を結ぶつもりはないからさ……」

「……そう」

　短い返事。

　またもや顔を背けられてしまった。

　気にしていたのはそこじゃなかったのかよ……。

　じゃあ何で不機嫌なのか教えてくれないと何ともしてやれないぞ？

「お前と≪パートナー契約≫を結んだのは成り行きだったけどさ、助けたいと思ったのはホントだから。鳩からって戻すっていうのもそうだが、『呪い』ってやつも気になっているんだよ」

「そう……」

　相変わらず顔を背けられているので、その表情がどんなものなのかは、うかがい知ることができない。

「レオンさんは無能力者アンチの血ではどうにもできない問題だって言っていたけれど、少なくとも≪パートナー契約≫の相手がいれば、異能力アビリティはペナルティなしで鳩にならずに使い放題なわけだし。俺がいるメリットはあるんだろ？」

「……なんでなの？」

「ん？」

「なんでそんなふうに、私のことを助けてくれようとするのよ……」

　アヤの声が震えていた。

「なんで……かな？」

「やっぱり……私の……体目当てなの？」

　アヤが自分の体を抱いてうずくまってしまう。

「違うわい！　レオンさんの冗談を真に受けるな！」

　むしろアヤのほうが積極的に色仕掛け的な攻撃を仕掛けてきている気がするんだが？

　俺だって体目当てじゃないとは思っているけれど、さっきみたいなことばかりされたら、理性が保てなくなる瞬間がないとも言えないんだからな⁉

「アヤが転校してきてしばらく経つけどさ……お前、クラスでもあんまり馴染めていないだろ？　それが俺に似ているなって。そう思っただけだよ」

「私とカケルが似ている……？」

　アヤが顔を上げて俺のほうを見てきた。

　相変わらず表情は硬いままだ。

「ああ、ほんの少しだけな。俺は無能力者アンチで、俺自身には何の力もないけれど、この血のせいで存在だけは特別だから……みんなが腫れ物に触るかのように接してくるんだよな。もし俺がケガをしたり、死んだりしたら……ってさ」

　この≪特別自治区≫では、無能力者アンチの血を使って、いろいろな研究が行われているらしいんだよ。詳しくは知らないが、それのおかげで、たぶん俺は一生食いっぱぐれることがないわけで……。感謝はしているんだが、周りから距離は置かれ、何の力も持たず、俺の存在価値って何だろうなって虚しくなる瞬間がないわけじゃない。

「アヤの顔がさ、俺が悩んでいる時と似ているなって思っただけ。単純な興味だよ興味！　難しく考えるなって」

「私……」

　アヤが立ち上がって俺の手に触れた。

「カケルのこと……勘違いしていたかもしれないわ」

「どんなふうにだよ。まさか本気でお前の体目当てだと思っていたわけじゃないだろうな？」

　なんてな。

「最初はね」

「おい！」

　マジかよ……。それは地味にショックだわ。

「だってカケルって、いっつもエッチなことばかり考えているじゃない……」

　ジト目。

　そんなにわかりやすく軽蔑のまなざしを向けてこなくても良いじゃないですか……。

「い、いつもじゃねぇって……。時々だよ……。でも男はそういうものなの。仕方ないの！」

　一切考えない男がいたら、むしろ俺が会ってみたいわ！

「レオンからいろいろ聞いて……。カケルが私相手だけじゃなくて、出逢う女の人全員をエッチな目で見ていることもわかったし」

　俺のことを性欲モンスターみたいな感じで語るのやめてもらって良いですかね。レオンさんと普段どんな話をしているんだよ。

「でもほかの女の人のことを見るのは嫌だなって思ったの。私のパートナーなんだし、私だけを見ていれば良いのにって」

　それはどういう意味で……。

「だから女の人と話をしないでほしいの！」

　わからん……。

　俺のことが好きでもないくせに、なんでこんな発言ができるのか、何もかも意味がわからん……。

　俺はどう答えれば良いんだ？

「ま、まあ……俺に話しかけてくるヤツなんて、家族ミウを除けば部活のメンバーくらいじゃねぇの？　俺から女子に積極的に話しかけに行くことなんてありえないし……それじゃダメか？」

「……ダメじゃないと思う」

　アヤが小さく頷いてくれた。

「だったら不機嫌な感じは解決か？」

「それと……」

「まだあるのかよ」

「部長とはあまり話をしないで」

「チヒ姉なあ。そうは言ったってな……。同じ部活のメンバーだからさすがに難しいんじゃねぇの？」

　チヒ姉とだけ話をしないようにしたりしたら、空気が変な感じになるだろうし……。

「だったらできるだけ接触はしないで」

「接触？」

「こうやって手を繋いだり、体に触ったり」

「おい！」

　だから不用意にボディタッチしてくるなっての！

　また意識しちゃうでしょうが！

「ほら、またすぐエッチなことを考えてる」

「自分でやっておいてそれは……って何で笑ってんだよ⁉」

「冗談よ。カケルって、案外かわいいのね」

　アヤはパッと俺から離れると、渡り廊下のほうへ向かって走って行ってしまった。

「おまっ」

　男のことをかわいいとか言うなよ……。

　そういうこと言われると、マジで意識しちゃうだろ……。

「おい、先行くなっての！」

　アヤのことを追いかけて、俺も走り出した。