カインが部屋を出てからしばらくして、静寂が部屋に広がった。葵はふわふわとしたベッドに横たわり、自分が異世界にいるという現実を受け止めきれないでいた。さっきまで感じていた絶望的な気持ちは、カインの優しさに触れて少しだけ和らいでいたが、まだ不安が胸に渦巻いていた。
しばらくすると、戸口から優しい足音が聞こえてきた。カインが誰かと一緒に戻ってきたのだ。 緊張しながら葵は目を閉じ、聞こえてくる声を聞き分けた。
「カイン様、お嬢様は大丈夫でしょうか?」
女性の声だった。上品で、どこか落ち着きのある声色。
カインの声が続いた。
「心配いりません。少し驚いているだけで、すぐに落ち着くでしょう。…アオイ、大丈夫だよ」
カインは優しく葵の手を取った。その温もりは、現実世界で失った家族の温もりとは全く違う、新鮮で力強いものだった。
その後、数人の人物が部屋に入ってきた。カインの他に、年配の女性と、少し年下の男性、そして、葵と同年代くらいの女性がいた。カインは一人ずつ葵に紹介していった。
「これは、私の母ケイト、そして父アーク。こっちは私の弟エディ、そして、君の妹エミルだ。」
葵は、自分がカインの家族に囲まれていることに、驚きと同時に、不思議な安心感を感じた。 カインの母は優しく葵の額に手を当て、心配そうに様子を伺った。父は静かに葵を見守り、弟と妹は少し照れくさそうに微笑んでいた。
「ようこそ、私たちの家族へ」
と、カインの母は穏やかな笑顔で言った。
葵は、言葉が出なかった。 現実世界の家族との関係は、深い傷を残していた。しかし、この異世界の家族の温かさ、そしてカインの優しい眼差しは、葵の心に少しずつ希望の光を灯し始めていた。 これから何が起こるのか、まだ分からない。 だが、葵は、この異世界で、新しい人生を歩み始める決意を固めたのだった。