葵が新たな家族に迎えられてから、数日が過ぎた。まだ戸惑いはあったが、カインたちは一切急かすことなく、彼女のペースに合わせてそっと寄り添ってくれた。
朝は、ケイトが作った温かいスープとふわふわのパンで始まり、昼はエディが誘ってくれる散歩に出かけ、夜はエミルが絵本を読み聞かせてくれる。どれも、葵が前世では経験できなかった、当たり前のようでいて、奇跡のような日常だった。
そんなある日。
カインがふと、葵に声をかけた。
「アオイ、少し散歩しないか?」
「……うん」
葵は小さく頷いた。カインの誘いなら、怖くない。そう思えた。
二人は並んで、広い庭園へ出た。花々が咲き誇り、爽やかな風が二人の間を優しく吹き抜ける。遠くで噴水が、きらきらと水しぶきを上げていた。
しばらく無言で歩いていると、カインが立ち止まった。大きな一本の木の下で。
「ここは、俺のお気に入りの場所なんだ」
彼は微笑み、そっと葵の手を取った。
「アオイに、見せたいものがある」
そう言って、カインは木の幹に手を当てると、小さな仕掛け扉を開けた。中には、古びた小箱が入っていた。カインはそれを取り出し、丁寧に葵に手渡した。
「……これ?」
「開けてごらん」
恐る恐る蓋を開けると、中には手作りの小さなアクセサリーが入っていた。銀色のペンダントに、淡い青色の石がはめ込まれている。それは、葵の名前を象徴するかのような、澄んだ色をしていた。
「これ……私に?」
声が震えた。
カインは真剣な瞳で、葵を見つめた。
「ああ。アオイ、お前はもう、ひとりじゃない。俺たちがいる。……家族として、そして、俺自身として」
その言葉は、まっすぐに葵の心に届いた。涙が、気づかないうちに頬を伝っていた。
「ありがとう、カイン兄さん……」
ペンダントを胸に当て、葵はそっと目を閉じた。胸の奥に、温かな灯が灯ったような気がした。
カインは、そっと彼女の頭を撫でた。その手のひらのぬくもりが、葵の心の痛みを、少しずつ、癒していった。
──しかし、まだ彼女は知らなかった。
この世界には、彼女にしか宿せない特別な力があり、その力を巡る陰謀が、静かに、葵たちを巻き込もうとしていることを──。