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第25話 惨状

 四つの強い光に照らされて、まるで昼間のような明るさとなっている夜空。激しく振り続ける雨の向こうに浮かぶ黒点は、カインが近づくにつれて徐々にその輪郭がはっきりとしてきた。

 微かに見える手足のようなもの。その両側に大きく伸びた翼のような影。一見すると「悪魔デーモン族」と同じようなシルエットをしていた。


 しかしカインがその影から感じる魔力の波動は、悪魔のそれよりも遥かに大きく、そして温かく懐かしい。

 カインのよく知る人物――アベルと話す時に感じられた安らぎの波動と同じものだった。


(アベルさん!アベルさん!アベルさん!)


 魔力を扱うことが出来ず、周囲から欠陥品と陰口を叩かれていた青年。しかしカインにとっては、素人同然だった自分を探索者として導いてくれた恩人。魔力が使えない。魔法が使えない。そんなことはカインにとっては些細な事であり、それ以上にアベルの研鑽された技術とその誇り高き精神には常に尊敬の念を抱いていた。


 その強い想いからなのか、誰も感じたことがないはずのアベルの放出している魔力の中に、一度は失ったと諦めていた人の姿を見つけ出していた。


 逃げ惑う人を躱しながらひたすら東へ。

 あちこちから聞こえてくる悲鳴や怒号すらその耳に入ることは無く、ただがむしゃらに走った。


 視界に映る景色が一変したところで足を止める。

 原型を留めずに崩壊した建物。

 いたるところから火の手が上がり、漂ってくる不快な臭いに否応なしに最悪の想像を掻き立てられた。


「そんな……こんなことが……」


 カインの知る街の面影はどこにも見つからない程に破壊し尽くされていた瓦礫の山を前にして、息が詰まるほどの苦しい胸の締め付けと共に、その精神は強制的に現実に引き戻された。


「う…うぅ……」


「――!?」


 崩壊した建物の瓦礫の下から聞こえた微かな呻き声に反応して駆け寄る。

 梁に使われていただろう大きな柱と、崩れた石壁の破片の下から僅かに見える人の手。


「おい!生きてるか!」


 カインが大声でその隙間から声をかけると、傷だらけの指先が僅かに反応した。


「しっかりしろ!すぐに助けてやる!」


 一気に動かして全体が崩れるのを避ける為、上の方から慎重に瓦礫をどかせていく。

 重い石壁だろうと、折れた巨大な柱であろうと、魔力を巡らせたカインのレベルならば大した障害にならない。しかし、下敷きになっている相手が一般人であれば、これ以上の負荷に耐えられるとは思えなかった。

 慎重に、しかし迅速に。一つずつ丁寧に瓦礫を撤去していく。


 その途中で少し視界が暗くなったように感じ、動きを止めることなく空を見る。

 それは悪魔族とアベルのいる方向。

 さっきまであった四つの光は、いつの間にか一際大きく輝く一つを残して消滅しており、その光源の中心にアベルの影があった。


「アベルさんが倒したんだ……」


 カインは直感的にそう感じた。

 今のアベルがどういう状態であの場にいるのかは分からない。これほど簡単に町を破壊した敵を、少し目を離した一瞬のうちに倒してしまう程の力。それはカインならずとも理解出来ないものである。しかし、カインはそのことを何の疑問を抱くことなく受け入れていた。


「カイン!!」


 後を追ってきていたハンスたち。瓦礫を撤去しているカインの姿を見つけて駆け寄ってくる。


「みんな手伝ってくれ!この下にまだ人がいるんだ!」


「――!?分かった!!」


 ハンス、サレン、ムルティとその仲間たちがカインの声に応えるように駆け寄る。


「慎重に――!?」


 ムルティが瓦礫に手をかけた瞬間、ドン!という大きな爆発音と、大気がビリビリと震えるような波動が襲ってきた。

 そしてすぐに二度目の爆発音が聞こえたかと思った瞬間、足下の地面が地震のようにグラグラと揺れた。


「何が起こったの!?」


「何か分からんが急げ!早く助けないと全体が崩れるぞ!!」


「もう少しだ!しっかりしろ!」


「ハンス!そっちの壁を抑えていてくれ!この柱が上がれば隙間が出来る!」


「分かった!」


 崩れそうな瓦礫のほとんどは撤去され、最後に残った柱を慎重に持ち上げる。


「良し!外れた!引っ張るぞ!」


 隙間を覗き込んでいたムルティがスペースが出来たことを確認して一気に手を引く。

 うつ伏せのまま救出された男は全身に酷い傷を負っており、意識は全く無いように見えた。頭から流れ出した血が顔を赤黒く染め、両足は折れ曲がり、それぞれがあらぬ方向を向いている。そして引きずり出すと同時に、右の太ももの裏から大量の血が流れ出はじめた。おそらくは先に傷を負っていたのだが、幸か不幸か瓦礫による圧迫で傷が抑えられており、救助されてその圧迫が取れたことで出血が始まったのだと思われた。


「サレン!回復魔法ヒールだ!」


 出血に気付いたムルティがサレンに指示を出す。


「はい!」


 サレンは男の膝の横にしゃがみ込み、両手の平を傷口に向けて詠唱を始める。

 温かなオレンジ色の光が傷口を包み込み、ゆっくりと出血が収まっていく。


「傷は塞がるけど、この人の体力自体が落ちてるわ!誰かポーションを飲ませて!」


 それを聞いたカインが魔法鞄マジックバックからポーションを取り出そうとした時――



 ――世界は再び夜の闇へと包まれた。




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