目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話 形勢

『気温、気圧共に回復するまで残り38秒。《Aegis(イージス)》の発動限界時間ギリギリですね』


「……あいつは死んだのか?」


 国ごと吹っ飛ぶ規模の爆発に巻き込まれたのだから、逆に生きていてもらうと困る。


『個体名【力天使ヴァーチェル】のエネルギー反応は消えていません』


「嘘だろ!?あれで死なないのか!?」


 じゃあ、どうやったら斃せると?


『爆発の規模は大きかったですが、魔法同士が衝突した際に起こった化学反応による物理的なエネルギーが大半でしたので、【力天使】へ与えた魔力でのダメージ自体はその存在を消滅させるには足りませんでした。それでも【力天使】から測定される残存エネルギー数値は50%を切っています。現在は破損した肉体の修復にそのうちの大半を注いでいるようですので、先ほどのような大規模な攻撃は今後不可能かと思われます』


「なあ、お前の話だと、あいつらは原子核変換とかで無尽蔵にエネルギーを生み出せるんじゃなかったのか?なぜエネルギーが減っているのに補給しようとしない?」


『原子核変換によって核融合が出来るのは、それを可能とさせている魔力とは異なる原子に限定されます。水に同じ温度の水を加えても性質は何も変化しないのと同じことで、その力の根源となる魔力の存在するこの世界では魔力の原子――魔素が大気中に混在している為、それのみを排除しての取り込みが不可能なのです。つまり、天使たちはこの世界に存在している場合においては、新たなエネルギーを外部から取り入れることによって作り出すことが出来ません。ですので、残存HP=残存MPくらいに考えてもらえれば良いかと』


「つまり、直接魔力を込めた攻撃でダメージを与え続ければ斃すことは出来るんだな?」


『それを可能にする為に創り出したのが《魔ギア》です』


 まあ、そうじゃなくても戦うしか道は無いんだがな。




 《Aegis》の発動限界が終わりを迎え、その先で再び目にした【力天使】は、すでに肉体の修復を終えたのか、神々しい光を放ちながら元と変わらない姿でそこに浮かんでいた。 


『向こうの世界へ逃げ出すかと考えていたのですが、どうやらまだ戦うつもりのようですね。それとも逃げ出せない理由があるのか。どちらにせよ私にとっては好都合です。さあ、確実に消滅させてやりましょう』


 背中の黒翼が一度大きく羽ばたいたかと思うと、俺の意思とは無関係に【力天使】に向かって左に弧を描くように飛翔を始める。


「おい!待て!勝手に動かすな!!」


『何を言っているんですか?《Icarus(イカロス)》の制御権限を私に移行させたのはご自分ではありませんか。あなたが街を背にしていては戦い辛いかと思って注意を引こうとしているんです。それに時間も無いことですから、急いで倒しますよ』


「時間が無い?どういうことだ?それに街に攻撃をされたら守れないぞ!」


『安心してください。【力天使】が街を攻撃する可能性はほぼ無いと推測されます。目の前に迫った危険を放置してまで無駄なエネルギーを使うとは考えられません。それと時間が無いというのは、《Icarus》の発動限界が近いという意味です』


「――な!?」


 いや!飛べなくなったら一気に形勢が逆転しやしないか!?

 離れた場所からでも魔法は撃てるが、それで倒せなかった場合に、奴が街の方向へ回避するような事になったら、俺に打てる手はほぼ無くなってしまう。


『大丈夫です。それまでに斃してしまえば良いんですから。――【力天使】の周囲から複数のエネルギー弾の発動準備を確認。予測演算完了。発動と同時に回避行動に移ります。なお、流れ弾の一つが街の中心地へ着弾する模様』


「おい!街は狙わないんじゃなかったのか!」


『街を狙っているわけではなく、あなたを狙って外した結果ですので。ちなみに《Aegis》の再発動に必要な回復時間は290秒です』


「くそ!……予測演算の結果を俺に渡せ」


『――何をするつもりですか?』


「良いから早くしろ!」


『……演算結果の情報を共有します。回避行動は私の方で制御しますから、街への多少の被害は無視してください』


 頭の中に流れ込んでくる流星のようなエネルギー弾の軌道。その内の一つが確かに俺を外した後、街へと向かう軌道を描いている。

 音速に近い速度で発射される光弾は、俺が目で見てから回避することは不可能だし、さっきのように全てを斬り落とすことが出来るような数でもない。


「サブCode《Claidheamh(クレイヴ)Soluis(ソリッシュ)》入力!」


『サブCode《Claidheamh(クレイヴ)Soluis(ソリッシュ)》を発動します。エネルギー弾を回避と同時に【力天使】の懐へ突入します』


 そしてAIの計算通りのタイミングで発射される高速のエネルギー弾。


 その僅か1秒前――



「《Icarus》の権限を俺に戻せ!!」



 AIからの返事が返ってくる前に、《Icarus》の制御能力の全てが俺の下へと戻った。


 無数の光弾が俺を目掛けて発射される。

 AIによる回避行動はとれない。

 俺は向かってくる光弾に向けて《Claidheamh(クレイヴ)Soluis(ソリッシュ)》を一閃する。


 目的はたった1つの光弾の軌道を絶つこと。


 黒い刃が目当ての光弾を真っ二つに斬り裂き消滅させた。


 そして――


 残る光弾の1つが身体に直撃し、身体がバラバラになるかと思う程の衝撃に《Icarus》の制御を失った俺は、再び地面へと強く叩きつけられた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?