『
本当の姿は『ルカ・エーデル』零歳である。
そんな赤ちゃんな私はいま、揺り篭の中で愉快な新しい家族達と戯れていた。
「僕がパパでちゅよ~。いないいないばぁ!」
彼の名前は『シュタルク・エーデル』。
私の二人目のお父さん。
黒髪黒目のイケメンさんで、顔に深い傷がある。
「私がママですよ~? 可愛いですね~」
彼女の名前は『アルト・エーデル』。
私の二人目のお母さん。
白髪赤目の超がつく美人さんで、その胸も含めて華奢な身体付きをしている。
「ルカは本当に可愛いのう。ガハハ!」
彼の名前は『レーヴェ・エーデル』。
私の二人目の祖父。
黒髪赤目のイカつい人で、何かと豪快に笑う。
「ふふ。ルカは将来、私のように美しくなるわね」
彼女の名前は『コルン・エーデル』。
私の二人目の祖母。
祖母ということでそれなりの歳なのだろうが、その見た目からは老いを感じさせない、白髪碧目の美魔女である。
(…………あ、あはは………………)
と、まぁ……こんな感じで、新しい家族は中々愉快だ。
「嗚呼……僕の可愛いルカ! この胸のドキドキが刹那の一瞬とも鳴り止まないのだ──」
さながら物語の王子様であろうか。
何とも仰々しい態度のシュタルクが、そっと優しく私の小さな手を取った。
(何か嫌な予感が…………)
「どうやらキミが、僕の運命の人だったらしい! では、愛の口付けをば。ぶちゅー」
(えっ……えぇ…………(絶句))
普通であるならば、アイドル級のイケメンの口付けは喜ばしいことなのかも知れない。
が、しかしである。
彼の年齢はおそらく十代後半から二十前半と若く、何というか精神的に拒否反応が凄い。
生前の私と仮定するのなら、これは大学生が高校生に言い寄ってるシーンに相違なく。
私は何の気もなくアルトの方を向いた。
そこには当然といえば当然なのだが、優しい笑顔に凄まじい怒りを隠した奥様の姿が一つ。
アイアンクローを構えて、そこに立っていた……。
「あ・な・た♥️」
「ひっ……ひえっ!?」
優しい表情、優しい声のままに殺気を放っている。
そのあまりの恐ろしさに、流石のシュタルクも巫山戯するのはまずいと思ったのだろう。
早々に私の手を離すと、 頭を地面に擦り始めた。
「すっ、すみませんでした! 許してください!」
自分の奥さんに命乞いとは、次期当主としてあまりに情けなく惨めである。
この人達のことを心の底から家族だと思ったことは、まだ短い付き合いとはいえ一回も無い。
そんな私ですら今この光景に、物言えぬ悲しい感情が蠢いているだ。
ならば私以上に付き合いの長い、それこそ妻であるアルトの気持ちなど計り知れない。
「許す──」
「ホッ…………」
あまりのことに、流石に溜飲が下がったのだろう。
アルトのか細い言葉に、シュタルクも心底ホッとしている様子である。
が、現実はそんなに甘くないのだ。
「──とでも思ったのかしら?」
まるで布の染め付けの如く、見る見るうちにシュタルクの顔が、それも分かりやすく絶望に染まっていく。
対してアルトは無心無言なのだから怖い。
「…………………………ふふ」
無限ともいえる数秒が過ぎ、アルトが不敵に微笑んだ。
徐々に、徐々にと、アルトの手がシュタルクの頭へと伸びていくが、これをシュタルクは怯えて見るしか出来ず。
やがてその眼前まで迫った手は──、
「い、いやぁあああ───!!」
──その頭を掴んで離さなかった。
(愛のカタチって多種多様なんだなぁ・・・)
◆◆◆
少し経ってハイハイが出来るようになった頃。
私は幼いながら家の書庫に入り浸るようになっていた。
(剣の国シュヴェアート、魔法の国マギ、森羅の国ヴォルト、海の国メーア、砂と太陽の国アテン、夜と雪の国エイス。計六つの国と、世界の中心に浮かぶとされる、世界樹の天空都市ユグドラシルが存在すると……)
小さな身体の私は床に寝っ転がりながら、本のページを少しずつ捲っていく。
(ゲームだとシュヴェアートとマギ以外は、その名前こそ出ることがあっても、プレイには関係しなかった筈。こんなに広大だとは思わなかったなぁ……)
言葉の時点では気づかなかったが、どうやら私はトラオムの言語を理解しているらしい。
それは言葉の意味ならず、文字の意味だってそうだ。
脳内で完璧に日本語変換されていて、とても有難い。
有難いのだが……意識すると何だか、視界がボヤけて二重になるような感じの、妙な違和感が付きまとってくる。
とは言いつつ、十中八九この機能は、あの名を知らない女神様からの恩恵だ。
有用過ぎるものにデメリットは付き物というし、ここは早く慣れるように努力しよう、というマインドではある。
(これも読み終わったし、次の本が見たいな……)
小さな私は上を見上げる。
そこには本がびっしりと並ぶ大きな書棚がある。
が、本に手が届かなければ意味が無い。
読めない本など無いのと同義なのである。
なので私に出来ることといえば、そこに在る本を恨めしそうに眺めることしかない。
(はぁ……流石に自分じゃ、まだ取れないよね……。丁度よく来てくれたりしないかなぁ……)
と、諦めかけていた時だった。
裏で見ていたのかと勘ぐってしまうほどに、本当に丁度よくその人が来てくれたのだ。
「あらあら、ルカお嬢様。もう、本を読み終えてしまわれたのですか。流石はエーデル家の長女ですわ」
彼女の名前は『ダリア』。
家族の代わりに、私の面倒を見てくれるメイド長だ。
彼女はとっても優しくて、正直一番頼りにしている。
「あ…………あぃ」
まだちゃんとした言葉を話せないでいる。
それは急ぐ程のことでもないが、言語コミュニケーションという選択肢を取れないのは不便でしかたない。
しかし、それはそれ。
意思が伝わればそれで無問題なのだ。
で、あるのならば良し。
なぜなら私とダリアは、心が通じ合っているからだ。
「よいしょ、っと」
ダリアは私を持ち上げると、自分の身体の向きを変えて私に本棚の方を見させてくれた。
なので拙いながりも感謝を述べる。
「あいあお」
「ふふ、感謝の出来る子は偉い子です。次はどの本に致しますか?」
ダリアが優しく頭を撫でてくれた。
それがとっても心地よいが、むず痒くもある。
(小さい子扱いはやっぱり慣れないな……照れる。でも今はそれよりも……)
「あえ、えう……」
と気を取り直した私は、本へと指を差す。
それは前々から見てみたいと思っていた本でもある。
「おや、ふふ……。次は千年戦争についての本、でございますか。これはまた、難しい本を読まれますね」
ダリアはクスッと微笑み本を取ると、私をゆっくり丁寧に床におろした後に、私の前へと本を置く。
「それではお嬢様。私は近くの掃除をしておりますので、直ぐ戻ってくるとは思いますが、何かあれば遠慮なく呼んでくださいませ」
「あいあお」
ダリアを見送った後、私は早速本に目を通した。
◇◇◇
【千年戦争】著者:フリーデン・ツークンフト
(※一部抜粋)
第一章:争いの悲劇
天に届き得る富を持つ二つの大陸は、日々、絶え間ない争いを繰り広げていた。
民は血と空腹に喘ぎ、貴族は自国の為にと身を削る。
生きとし生ける者全ては嘆き、帰らぬ家族を祈るばかり。
どうか、この悲しみが終わりますように。
そう星に願わなかった夜は無かった。
民はみな、──疲弊していた。
第二章:千年の終焉
血と火薬の匂いに鼻腔が刺激され、黒ずんだ肺が無機質に拍動を起こす常日頃。
突如、世界が引っ繰り返る出来事が起こった。
それは、魔王と呼ばれる超生物の出現である。
魔王は魔物と呼ばれる未知の化け物を創り出し、平民から貴族まで全ての人間の血肉を貪った。
魔物に火薬が効くことはなく、その上に魔物は摩訶不思議な術を使ってくる。
人は魔物に、あまりにも無力だった。
嗚呼神よ、どうして我々に試練を与えられるのですか。
これではまるで、──終焉ではありませんか。
第三章:新たな契機
我々の悲しき千年が終わりを迎えた。
どうしようもない脅威である魔物を打倒する為に、我々人間は愚かな争いを終わらせ、互いに手を取り合ったのだ。
それの何と愚かなことか。
まるで、悪の象徴とされている魔物が現れなければ、人々は現在でも争い合ってるみたいではないか。
まるで、争いを疎ましく思った絶対的な第三者が、いい訳の聞かない子を叱る為の躾みたいではないか。
これでは我々があまりに惨めで、あまりに愚かだ。
しかし、このままでは、愚かなままではいられない。
これは世界中の人類が一つにまとまる千載一遇の機会。
前に進まなければ。
またとない、──新たな契機なのだから。
第四章:小さな勇気
襲い来る災害からか弱い命を護り、大人が死に逝く日々。
隣の国マギの小さな農村に、人類の希望とも云える小さな命が産み落とされていた。
なんの変哲も無い平民の子に産まれた彼だが、光の魔法とやらを使えると言うのだ。
その文字列に何の意味があり、どの様なものを指すのか分からないが、これだけは知っている。
魔法というのは、マギの学者トラオムが魔物を研究したことで発見した、魔王を打倒しえる力であることだ。
それがどのくらい人の身に余る物なのか、何も理解し得ない私にも、想像に難くない。
しかし、もしかしたらその小さな勇者が、この世界を救う天からの救世主なのかもしれない。
そう思うと私にも、その小さな身体に宿った宿命が、──小さな勇気が、私を奮い立たせてくれた気がした。
第五章:未来のために
魔王が死んだ。
例の小さな勇者が殺したのだ。
それが知らされたときは、喜びに世界中が震えた。
誰とも知らない人と抱き合い、生を実感し。
酒を片手に、夜を笑い過ごした。
こんなのは初めてだった。
ほんの十数年前までは殺しあっていたマギの連中も、同じ人間なんだなと、分かち合えるんだなと、そう思った。
そう思ったからこそ、どんなに血生臭く火薬の匂いが肺を犯すこの世界でも、尊いのだなと気づくことが出来た。
本当に、気づけて良かった。
だから私は、これからを創る小さな勇者達を育て、安全を享受することに専念しよう。
これからの人生は、──未来のために。
◇◇◇
要所要所は異なるが日記文学的な著書であった。
その内容の大多数の情報を、私はゲーム知識として知ってはいたのだが、それでも幾つか気になった所がある。
一つは第二章の一文目に記述されている、「血と火薬の匂い」の火薬の部分である。
ゲーム『光と闇のトラオム』において、火薬を扱う兵器の類は出てこなかったのだ。
しかし事実としてある以上、この世界では地球でも利用されていたような化学兵器があり、それを作れるだけの科学技術があったことになる。
二つは第四章の五文目に記述されている、「マギの学者トラオムが魔物を研究した」のトラオムの部分である。
トラオムとは──ゲームのタイトルであり、世界の名称であり、マギで信仰されている女神の名前である。
その上にマギの学者という情報が追加されたのだ。
そこにどんな関連性があるのかは不明だが、今後の手がかりになるやもしれないだろう。
最後は第三章の四・五文目に記述されている全文。
「まるで、悪の象徴とされている魔物が現れなければ、人々は現在でも争い合ってるみたいではないか」と、「まるで、争いを疎ましく思った絶対的な第三者が、いい訳の聞かない子を叱る為の躾みたいではないか」である。
この文を見たとき大概の人物が
何故なら私が既に、
そして、その前提下でここを読み解いたとき、
この情報はゲームにおいて、
(この世界に元より存在したとされる火薬。おそらくだが火薬は、魔物に効かないから廃れたのだろう。そして幾度となく出てくるトラオムというワードは……うん、今のところはよく解らない、と。それで一番大事そうなのが、魔物と絶対的な存在との関係性でぇ……これはあくまで可能性の話でしかない、か……ふむ…………)
結局明らかになった新情報は火薬だけ。
他は可能性でしかないため胸に留めるだけにした。
(でもなぁ……ゲームの内容って言えば、主人公がヒーロー達とラブラブしながら、テキトーに元勇者の魔王を倒して終わりなんだよなぁ……。一応無心で何周も繰り返してるから間違いない筈だし。世界がどうこうってなるなら、やっぱり魔王以上の何かがあるってことになる。そうなるとやっぱり、絶対的な第三者が脅威なのかなー?)
色んな可能性に頭を悩ませた。
が、直ぐに、分からないやと本を閉じた。
(何事もゆっくり、だ。少しずつ探っていこう)
そう心に決意した私は、立ち上がっていた。
パリン、──と何かが割れる音が聞こえた。
そちらの方を向くと、驚愕しているダリアの姿がある。
私とダリア、二人の視線が交差したそのとき、彼女の口から驚くべき新事実が──。
「た──」
(た?)
「──立ったぁあああああああ!!!」
(あ、ホントだ・・・)
私が立っていた──。