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【一章:始まりの物語】

第4話 「ルカ・エーデル」


 『剣崎けんざき陽依ひより』十六歳、は仮の姿。

 本当の姿は『ルカ・エーデル』零歳である。

 そんな赤ちゃんな私はいま、揺り篭の中で愉快な新しい家族達と戯れていた。


「僕がパパでちゅよ~。いないいないばぁ!」


 彼の名前は『シュタルク・エーデル』。

 私の二人目のお父さん。

 黒髪黒目のイケメンさんで、顔に深い傷がある。


「私がママですよ~? 可愛いですね~」


 彼女の名前は『アルト・エーデル』。

 私の二人目のお母さん。

 白髪赤目の超がつく美人さんで、その胸も含めて華奢な身体付きをしている。


「ルカは本当に可愛いのう。ガハハ!」


 彼の名前は『レーヴェ・エーデル』。

 私の二人目の祖父。

 黒髪赤目のイカつい人で、何かと豪快に笑う。


「ふふ。ルカは将来、私のように美しくなるわね」


 彼女の名前は『コルン・エーデル』。

 私の二人目の祖母。

 祖母ということでそれなりの歳なのだろうが、その見た目からは老いを感じさせない、白髪碧目の美魔女である。


(…………あ、あはは………………)


 と、まぁ……こんな感じで、新しい家族は中々愉快だ。


「嗚呼……僕の可愛いルカ! この胸のドキドキが刹那の一瞬とも鳴り止まないのだ──」


 さながら物語の王子様であろうか。

 何とも仰々しい態度のシュタルクが、そっと優しく私の小さな手を取った。


(何か嫌な予感が…………)


「どうやらキミが、僕の運命の人だったらしい! では、愛の口付けをば。ぶちゅー」


(えっ……えぇ…………(絶句))


 普通であるならば、アイドル級のイケメンの口付けは喜ばしいことなのかも知れない。

 が、しかしである。

 彼の年齢はおそらく十代後半から二十前半と若く、何というか精神的に拒否反応が凄い。

 生前の私と仮定するのなら、これは大学生が高校生に言い寄ってるシーンに相違なく。

 私は何の気もなくアルトの方を向いた。

 そこには当然といえば当然なのだが、優しい笑顔に凄まじい怒りを隠した奥様の姿が一つ。

 アイアンクローを構えて、そこに立っていた……。


「あ・な・た♥️」


「ひっ……ひえっ!?」


 優しい表情、優しい声のままに殺気を放っている。

 そのあまりの恐ろしさに、流石のシュタルクも巫山戯するのはまずいと思ったのだろう。

 早々に私の手を離すと、 頭を地面に擦り始めた。


「すっ、すみませんでした! 許してください!」


 自分の奥さんに命乞いとは、次期当主としてあまりに情けなく惨めである。

 この人達のことを心の底から家族だと思ったことは、まだ短い付き合いとはいえ一回も無い。

 そんな私ですら今この光景に、物言えぬ悲しい感情が蠢いているだ。

 ならば私以上に付き合いの長い、それこそ妻であるアルトの気持ちなど計り知れない。


「許す──」


「ホッ…………」


 あまりのことに、流石に溜飲が下がったのだろう。

 アルトのか細い言葉に、シュタルクも心底ホッとしている様子である。

 が、現実はそんなに甘くないのだ。


「──とでも思ったのかしら?」


 まるで布の染め付けの如く、見る見るうちにシュタルクの顔が、それも分かりやすく絶望に染まっていく。

 対してアルトは無心無言なのだから怖い。


「…………………………ふふ」


 無限ともいえる数秒が過ぎ、アルトが不敵に微笑んだ。

 徐々に、徐々にと、アルトの手がシュタルクの頭へと伸びていくが、これをシュタルクは怯えて見るしか出来ず。

 やがてその眼前まで迫った手は──、


「い、いやぁあああ───!!」


 ──その頭を掴んで離さなかった。


(愛のカタチって多種多様なんだなぁ・・・)



◆◆◆



 少し経ってハイハイが出来るようになった頃。

 私は幼いながら家の書庫に入り浸るようになっていた。


(剣の国シュヴェアート、魔法の国マギ、森羅の国ヴォルト、海の国メーア、砂と太陽の国アテン、夜と雪の国エイス。計六つの国と、世界の中心に浮かぶとされる、世界樹の天空都市ユグドラシルが存在すると……)


 小さな身体の私は床に寝っ転がりながら、本のページを少しずつ捲っていく。


(ゲームだとシュヴェアートとマギ以外は、その名前こそ出ることがあっても、プレイには関係しなかった筈。こんなに広大だとは思わなかったなぁ……)


 言葉の時点では気づかなかったが、どうやら私はトラオムの言語を理解しているらしい。

 それは言葉の意味ならず、文字の意味だってそうだ。

 脳内で完璧に日本語変換されていて、とても有難い。

 有難いのだが……意識すると何だか、視界がボヤけて二重になるような感じの、妙な違和感が付きまとってくる。


 とは言いつつ、十中八九この機能は、あの名を知らない女神様からの恩恵だ。

 有用過ぎるものにデメリットは付き物というし、ここは早く慣れるように努力しよう、というマインドではある。


(これも読み終わったし、次の本が見たいな……)


 小さな私は上を見上げる。

 そこには本がびっしりと並ぶ大きな書棚がある。

 が、本に手が届かなければ意味が無い。

 読めない本など無いのと同義なのである。

 なので私に出来ることといえば、そこに在る本を恨めしそうに眺めることしかない。


(はぁ……流石に自分じゃ、まだ取れないよね……。丁度よく来てくれたりしないかなぁ……)


 と、諦めかけていた時だった。

 裏で見ていたのかと勘ぐってしまうほどに、本当に丁度よくその人が来てくれたのだ。


「あらあら、ルカお嬢様。もう、本を読み終えてしまわれたのですか。流石はエーデル家の長女ですわ」


 彼女の名前は『ダリア』。

 家族の代わりに、私の面倒を見てくれるメイド長だ。

 彼女はとっても優しくて、正直一番頼りにしている。


「あ…………あぃ」


 まだちゃんとした言葉を話せないでいる。

 それは急ぐ程のことでもないが、言語コミュニケーションという選択肢を取れないのは不便でしかたない。


 しかし、それはそれ。

 意思が伝わればそれで無問題なのだ。

 で、あるのならば良し。

 なぜなら私とダリアは、心が通じ合っているからだ。


「よいしょ、っと」


 ダリアは私を持ち上げると、自分の身体の向きを変えて私に本棚の方を見させてくれた。

 なので拙いながりも感謝を述べる。


「あいあお」


「ふふ、感謝の出来る子は偉い子です。次はどの本に致しますか?」


 ダリアが優しく頭を撫でてくれた。

 それがとっても心地よいが、むず痒くもある。


(小さい子扱いはやっぱり慣れないな……照れる。でも今はそれよりも……)


「あえ、えう……」


 と気を取り直した私は、本へと指を差す。

 それは前々から見てみたいと思っていた本でもある。


「おや、ふふ……。次は千年戦争についての本、でございますか。これはまた、難しい本を読まれますね」


 ダリアはクスッと微笑み本を取ると、私をゆっくり丁寧に床におろした後に、私の前へと本を置く。


「それではお嬢様。私は近くの掃除をしておりますので、直ぐ戻ってくるとは思いますが、何かあれば遠慮なく呼んでくださいませ」


「あいあお」


 ダリアを見送った後、私は早速本に目を通した。


◇◇◇


【千年戦争】著者:フリーデン・ツークンフト

(※一部抜粋)


第一章:争いの悲劇

天に届き得る富を持つ二つの大陸は、日々、絶え間ない争いを繰り広げていた。

民は血と空腹に喘ぎ、貴族は自国の為にと身を削る。

生きとし生ける者全ては嘆き、帰らぬ家族を祈るばかり。

どうか、この悲しみが終わりますように。

そう星に願わなかった夜は無かった。

民はみな、──疲弊していた。


第二章:千年の終焉

血と火薬の匂いに鼻腔が刺激され、黒ずんだ肺が無機質に拍動を起こす常日頃。

突如、世界が引っ繰り返る出来事が起こった。

それは、魔王と呼ばれる超生物の出現である。

魔王は魔物と呼ばれる未知の化け物を創り出し、平民から貴族まで全ての人間の血肉を貪った。

魔物に火薬が効くことはなく、その上に魔物は摩訶不思議な術を使ってくる。

人は魔物に、あまりにも無力だった。

嗚呼神よ、どうして我々に試練を与えられるのですか。

これではまるで、──終焉ではありませんか。


第三章:新たな契機

我々の悲しき千年が終わりを迎えた。

どうしようもない脅威である魔物を打倒する為に、我々人間は愚かな争いを終わらせ、互いに手を取り合ったのだ。

それの何と愚かなことか。

まるで、悪の象徴とされている魔物が現れなければ、人々は現在でも争い合ってるみたいではないか。

まるで、争いを疎ましく思った絶対的な第三者が、いい訳の聞かない子を叱る為の躾みたいではないか。

これでは我々があまりに惨めで、あまりに愚かだ。

しかし、このままでは、愚かなままではいられない。

これは世界中の人類が一つにまとまる千載一遇の機会。

前に進まなければ。

またとない、──新たな契機なのだから。


第四章:小さな勇気

襲い来る災害からか弱い命を護り、大人が死に逝く日々。

隣の国マギの小さな農村に、人類の希望とも云える小さな命が産み落とされていた。

なんの変哲も無い平民の子に産まれた彼だが、光の魔法とやらを使えると言うのだ。

その文字列に何の意味があり、どの様なものを指すのか分からないが、これだけは知っている。

魔法というのは、マギの学者トラオムが魔物を研究したことで発見した、魔王を打倒しえる力であることだ。

それがどのくらい人の身に余る物なのか、何も理解し得ない私にも、想像に難くない。

しかし、もしかしたらその小さな勇者が、この世界を救う天からの救世主なのかもしれない。

そう思うと私にも、その小さな身体に宿った宿命が、──小さな勇気が、私を奮い立たせてくれた気がした。


第五章:未来のために

魔王が死んだ。

例の小さな勇者が殺したのだ。

それが知らされたときは、喜びに世界中が震えた。

誰とも知らない人と抱き合い、生を実感し。

酒を片手に、夜を笑い過ごした。

こんなのは初めてだった。

ほんの十数年前までは殺しあっていたマギの連中も、同じ人間なんだなと、分かち合えるんだなと、そう思った。

そう思ったからこそ、どんなに血生臭く火薬の匂いが肺を犯すこの世界でも、尊いのだなと気づくことが出来た。

本当に、気づけて良かった。

だから私は、これからを創る小さな勇者達を育て、安全を享受することに専念しよう。

これからの人生は、──未来のために。


◇◇◇


 要所要所は異なるが日記文学的な著書であった。

 その内容の大多数の情報を、私はゲーム知識として知ってはいたのだが、それでも幾つか気になった所がある。


 一つは第二章の一文目に記述されている、「血と火薬の匂い」の火薬の部分である。

 ゲーム『光と闇のトラオム』において、火薬を扱う兵器の類は出てこなかったのだ。

 しかし事実としてある以上、この世界では地球でも利用されていたような化学兵器があり、それを作れるだけの科学技術があったことになる。


 二つは第四章の五文目に記述されている、「マギの学者トラオムが魔物を研究した」のトラオムの部分である。

 トラオムとは──ゲームのタイトルであり、世界の名称であり、マギで信仰されている女神の名前である。

 その上にマギの学者という情報が追加されたのだ。

 そこにどんな関連性があるのかは不明だが、今後の手がかりになるやもしれないだろう。


 最後は第三章の四・五文目に記述されている全文。

「まるで、悪の象徴とされている魔物が現れなければ、人々は現在でも争い合ってるみたいではないか」と、「まるで、争いを疎ましく思った絶対的な第三者が、いい訳の聞かない子を叱る為の躾みたいではないか」である。

 この文を見たとき大概の人物がだと、特に気にも留めず見進めるのだろうが、私はそうとは思えない。

 何故なら私が既に、という、人智を超越したを知っているからである。

 そして、その前提下でここを読み解いたとき、人類共通の敵魔物は自然発生したのではなく、誰かが生み出した後付けの存在である可能性が浮上するのだ。

 この情報はゲームにおいて、に他ならないのである。


(この世界に元より存在したとされる火薬。おそらくだが火薬は、魔物に効かないから廃れたのだろう。そして幾度となく出てくるトラオムというワードは……うん、今のところはよく解らない、と。それで一番大事そうなのが、魔物と絶対的な存在との関係性でぇ……これはあくまで可能性の話でしかない、か……ふむ…………)


 結局明らかになった新情報は火薬だけ。

 他は可能性でしかないため胸に留めるだけにした。


(でもなぁ……ゲームの内容って言えば、主人公がヒーロー達とラブラブしながら、テキトーに元勇者の魔王を倒して終わりなんだよなぁ……。一応無心で何周も繰り返してるから間違いない筈だし。世界がどうこうってなるなら、やっぱり魔王以上の何かがあるってことになる。そうなるとやっぱり、絶対的な第三者が脅威なのかなー?)


 色んな可能性に頭を悩ませた。

 が、直ぐに、分からないやと本を閉じた。


(何事もゆっくり、だ。少しずつ探っていこう)


 そう心に決意した私は、立ち上がっていた。


 パリン、──と何かが割れる音が聞こえた。

 そちらの方を向くと、驚愕しているダリアの姿がある。

 私とダリア、二人の視線が交差したそのとき、彼女の口から驚くべき新事実が──。


「た──」


(た?)


「──立ったぁあああああああ!!!」


(あ、ホントだ・・・)


 私が立っていた──。


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