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第12話 「運命の二人②」


「そういえばなんですが、オスカーおじちゃん。何でアン様は子どもみたいになったんですか?」


 私の疑問は尽きていない。私が問うと王は、グスッと泣いているアンを抱き抱えて、言の葉を紡いでいく。


「ここだけの話だが──実は俺の妻コイツ、お宅の本物の美魔女と違って、年齢操作の固有魔法で若返ってんだ」


「年齢操作………………?」


「ああ。実年齢以下の年齢に自由になれる固有魔法でな。限りなくなモノなんだがよ。どうも精神年齢までもが戻っちまうし、感情が荒ぶると勝手に若返るしで、な……」


 王がレンの方を溜息交じりに見る。


「特に心を開いてる人から見た目で褒められると、こうして暴走することがあるのよ。だからコイツらにも過度に褒めるなって言ってんだが……。まさか四歳の子どもが、アンに対して口説き文句みたいなこと言うと思わなかったからよ、二人を驚かせちまった……」


 迷惑かけてすまんな……。と、王が微笑苦した。

 が、この件に関してはどちらにも非は無いのだ。

 だから私は「こちらこそ、申し訳ありません」と、当然のように頭を下げたのだけれど。


「そうだぜ、オスカー。そう謝るこたぁねえ。それにしてもレン、将来有望だな? ガハハ!」


「ハハッ。確かに、それもそうだな?」


「そうねぇ……。教育係の私が責任を持って、みっちりとレディのイロハを叩き込みますわ」


 様子を見ていたレーヴェとコルンが、何とも間の悪い空気を絆してくれた。

 よくよく見ると、アンは王の腕で熟睡し。レンはコルンの方を見てガクブルと震えている。


「………………っ!」


 コルンの台詞にレンはぎょっとして、私に抱きつく腕の力がより強くなっていった。

 私はこれに「アハハ……」と苦笑するが、王が「そういえば二人の紹介はまだだったな」と話を戻す。


「色々と間が悪いが……ほら、二人共。今後長く友好を結ぶであろう相手方だ。王族として、挨拶をするといい」


「はい、お父様」


 先んじて王子様の方が一歩前に出る。

 私と(さっきまで震えて抱きついていた)レンは姿勢を正して、彼と向き合った。


「僕はクラウス・シュヴェアートです。ルカさんの御噂はかねがね聞き及んでいます。今日は色々あって、こんな形での初会になってしまいましたが。どうぞ、今後とも宜しくお願いします」


(え……えぇ……私の噂って何!なにが噂になってるの!?怖い、めっちゃ怖いんだけど!! しかも、子どもとは思えないくらいしっかりしてる!?)


 内心で愕然している私を置き去りに、挨拶を終えた彼が一歩後ろに下がると、続きざまにお姫様が一歩前に出た。


「私はアベル・シュヴェアート。クラウスお兄様共々、仲良くしてくださいませ」


 アベルは拙いながらも淑女の礼カーテシーを行った。

 それを後ろで見て居た王とクラウスは、何かに安堵したのかホッと胸を撫で下ろし。

 逆にレーヴェとコルンは、「まだ幼いのに、ちゃんとしている」、と彼女に関心を示していた。


 しかし。やはり私的には、(この子、超可愛いなあ)という感想が一足先に過ぎってしまうのだ。

 綺麗なモデルさんに憧れて、ファッションに一喜一憂していたうら若き乙女達も、今の私と同じような、こんな気持ちだったのだろうか?

 いやはや。男勝りだった私には、難しい感情である。


 と、それはいいとして。次は私達の番である。

 王族の方々に先に自己紹介して頂いたのだ。一層気を引き締めて、恥じない名乗りを上げようではないか!!


「私は最尊が我が国家を守護せし、名誉あるエーデル辺境伯家が長女──名をルカと申します。この度は、本来私達が先んじて前に出なければならないところを、その深い慈愛の温情をもってして、未熟な私達の為にと光で照らして頂きましたこと、遅らばせながら深謝致しますわ」


 私は軽くカーテシーを行い。そっと優しく、レンの背中に手を添えた。


「そして、此方が私の実弟であるレンと申します。弟はまだ四歳と幼いため、代わりに私からの紹介となってしまいましたが。皆々様に私達の名が残りましたら、幸甚の至りにございますわ」


 再度、深く、深くカーテシーを行った。隣にポツンと立っていたレンも、続くように頭を下げる。


(これは我ながら完璧に出来たのでは? 何時も、何時もコルンの扱きに耐えた甲斐が有った……。あれ、剣の鍛練より退屈な上に厳しいから……)


 心の中で「はぁ」と溜息を吐きつつ、頭を上げる。

 ゆっくりと上がる視界。その双眸には、口をあんぐりと開けている王が映る。

 これに私は、何事かと視線を横にずらした。

 そうしたら次は、目を輝かせているアベルと、何やら体を硬直させているクラウスが見えた。


 困惑している私がきょとんとしていると、嬉しそうに微笑んでいるコルンとレーヴェが、私の頭を優しく撫でる。

 特にコルンはニッコニコである。

 まるで、お茶を飲んでいるときのような、私の稽古が上手くいった時のような──そんな表情だ。

 だからかは自分でも分からないが、取り敢えずで笑ってこの場を流すことにした。

 我ながら、日本人だなと思う。


「は、ははは……」


 数秒。たった数秒を、軽く笑って過ごした。

 いや、笑えてないのかもしれないが、そこはそれ。

 意識が現世に帰って来た王が、「これは好物件なのではないだろうか?」と呟くと、話を切ってくれたからだ。

 要は終わったことなのである。気にしない気にしない。


「では、互いの紹介も終わったことだしな。お茶にでもしようではないか。一旦の、休憩といこう」


(あれ?レーヴェとコルンは……?)


 まだ紹介が済んでいない二人の方を見た。

 すると二人と目が合い、コルンが笑って言う。


「ふふ。私達はね、既に何度か、クラウス様とアベル様に顔合わせをしているの。だから今日は、ルカとレンの顔合わせすることが目的なのよ」


(なるほど……だから…………って、え? 何で私が言いたいこと分かったの!? すごっ!!)


 これでも貴方のおばあちゃんなのよ。と、コルンが翡翠色の瞳を細めて、デザートのある席へと着いた。

 これに、えも言われぬ気持ちになったが、私は導かれるように皆が待っている方へ歩を進める。


「…………それじゃあ、私達も行こっか」


「うんっ!」



◆◆◆



『ルカはなぁ……ハイハイが出来るようになると、毎日のように書庫に入り浸ってなぁ……よく、ダリアと二人で本を読んでいたぜ?』


『ハッハッハ!それ、何度も聞いたぞ?』


『ま……本当かは甚だ疑問ですけれどね? うちのクラウスとアベルちゃんに至っては、一言目で「じぃじ」と「アン」って言ってくれたわ? それに比べて、ねぇ……?』


『『ぐ、ぐはぁ──!!』私のルカちゃんは、立ち上がったかと思えば「だりあ」と言い。レンちゃんは、「ルカお姉ちゃん」と…………うっ……うぅ…………』


『本当に悔しそうにするわよね……』


『だ、だってぇ……二人ともぉ…………私のこと、お祖母様って言うんだものぉ……。もっとこう!「ばぁば」って、フランクに!フランクに可愛らしく言って欲しい!!』


『ババアの主張……ですわね』


『誰がババアですか!アンタもババアじゃない!』


『私は若返っているのでババアじゃないでーす』


『な……なにをーーーー!!!』


『やるかぁーっ?』


『『キシャーッ!!』』


 しばらくしてアンが起きて、姿も戻って。あれやこれやと、みんなで仲良く茶と菓子を嗜めていた。

 特に、年長組四人は本当に仲良しだ。今、コルンとアンが私達の後ろで、取っ組み合いのキャラ崩壊をしている。

 微笑ましいやら、気恥しいやら……複雑である。


 そして。知っていたことではあるのだが、私が食べ慣れていた和菓子が無かったのは残念だ。

 叶うのならば、もう一度、煎餅と羊羹が食べたい……。

 これが所謂、ホームシックというものなのだろうか?

 まぁ、それでも。パイとかケーキとか、どれもこれもが美味しくて、頬っぺが落ちるかと思ったけどね。

 要するに私は、欲張りさんということだ。


「美味しい──ふへへ……」


 ぷっくらと丸まった両の頬を持ち上げ、緋色の瞳を細めながらモグモグと咀嚼──。

 糖菓子の美味さに幸福を感じている私に、ハンカチで口を拭いたクラウスが言葉を投げ掛ける。


「ルカさん、外にでも行きませんか?」


 それはクラウスからのお誘いであった。

 が、あまりに唐突だったもので、思わず私は「……私、ですか?」と、聞き返してしまっていた。

 しかし。クラウスはクスッと頬を緩めると、アベルとレンを順に視界に入れ、私の問いに答える。


「はい。よければ、アベルとレン君も一緒に」


「私は良いですけど……。レンも、行く?」


「うんっ!行く!」


 即答だった。しかも、凄く楽しみそうにしている。

 仕方ない。身体が子どもで頼りないが、中身はお姉さんなので皆の面倒をみてあげるか……。

 クラウス──なにか、私に用事がありそうだしね。


「それでは決まりですね」


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