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第13話 「運命の二人③」


 城の外──というには近場な、外庭に私達は居た。

 緑溢れるこの場は芸術そのものであり、西洋系の「こういうので良いんだよ、こういうので」を体現している。

 そして。その異様な雰囲気が、私を高揚させていた。

 特に、現在ここに子どもしか居ない(離れたところで城兵が護っている)現実が、ブースターになっている。

 言葉にするには悲しいけれど、本当の友達が居なかった剣崎陽依にとって、これが理想の青春であるからだ。

 で、あるからこそ。気持ちが昂り、それが子どもっぽい表情にと出てしまうのも、なんら難くないのである。


「お姉ちゃん、すごく楽しそう」


 手を繋いで私の隣を歩くレンが、上目遣いで笑った。


「ええ、楽しい……。微睡みにボヤけて消え入りそうな、そんな眩い日溜まりにいる夢のような今が、すごーく青春みたいでね……私、とっても楽しい」


 破顔しながら想いを言葉にしたが、話が終わると急に照れ臭くなって、赤色の頬をポリポリとかいた。

 温かな黒の瞳を細めたレンが、「お姉ちゃんと一緒だから、ボクも楽しい!」と、繋ぐ手をぎゅっと握る。


「ルカさんとレン君、すごく仲良しなんですね」


「えぇ。ずっと二人でいますから」


「仲良しなら、私達も負けていないですよ?」


 アベルが、「ねー?」とクラウスに同意を求める。

 クラウスは恥ずかしげもなく、「ああ……アベルは僕の大切な妹だ」と、可愛らしい妹の頭を撫でた。

 それが余程嬉しかったのだろう。

 アベルが満更でも無さそうに、「えへへ……」と蕩けきった猫なで声を発しているのだ。

 その姿が可愛くて、微笑ましくて……。思わず視線が重なり合ったレンと二人で、クスッと笑った。


「そういえばですが、青春とはなんですか? いきなりですみませんが、聞いたことがなかったもので」


 アベルの綺麗な真紅の頭頂部に、ポンポンと優しく手を添えているクラウスが、私へと視線を向けて訪ねた。

 それは「青春」という言葉について、であった。

 この世界では、「青春」を使わないのだろうか?

 様々な存在モノの有無や合否の基準が、七年間過ごしている現在いまでも、正直よく分からない……。


「んー……青春っていうのはね。人生の春……まだまだ若くて青くて、夢や希望に溢れているときの、とっても楽しくて尊い記憶じかんっていう感じですね……ひゃいっ!?」


 突然のことだった。「そうなんですね!」と、微笑を漏らすアベルが、私の左側にピタッとくっ付いて来た。

 だから──吃驚した私が変な声を出したのも、なにも恥じることのない……無理の無いことなのだ……。


「アハハ!お姉さんも、そんな可愛い声出すんですね? さっきの挨拶のときは、凄く綺麗で見惚れちゃって。まるで大人みたいだなって思ったので、なんか意外です!」


(ギ……ギギ、ギクゥウウウ!!)


「私達似た者同士みたいですので、どうですか? 私のお姉ちゃんになりませんか?」


「──っ!」


 アベルがイタズラに、その口角を吊り上げた。

 それが何だか、見透かされているような……。

 まるで自分の特性を利用しているような……。

 どこか達観しているような──そんな気がした。


「あれれ?どうか、しましたかぁ~?」


 小さい頃から頭の回転が速い天才のレンも、例のアン様の件のような感じで、才能の片鱗をみせることがある。

 だがアベルは、レンとはベクトルが違うのだ。

 あくまで年相応な精神のレンとは違い、アベルは周囲を誤魔化す為に、幼い仮面を被っている様に感じたのだ。

 そしてこれが──もしも、もしもである。

 万が一にも私の妄言が事実なのだとしたら、可愛らしい子どもである彼女は一変して、憂虞ゆうぐの化け物となる。


 何故ならば、支配を良しとする種族人類の、その階級社会の中で何よりも一番に恐ろしいのは──、

 他人に悪影響しか与えない精神異常者でも、

 刹那的な欲望の為に人を害する殺人鬼でも、

 弱者を食い物にする道から外れた下郎でもなく、

 道化を装って無能者を支配する天才怪物なのだから──。


 そして。このとき私は、ふと思ってしまった。

 彼女の自分の本性を隠す行為それは、同じように剣崎陽依を隠している、転生者の私に近いのでは、と……。

 だからこそ彼女は、私に対して「似た者同士」などと言ったのではないのだろうか、と……。

 そんな最悪な思考が、脳裏を掠めてしまったのだ。


「こらっ! アベル、やめないか!」


「そうです!お姉ちゃんは、ボクのお姉ちゃんです!」


 兄であるクラウスは妹を叱責し。私の腕に抱き着いては離さないレンは、ムスーッと威嚇をした。

 変な思考をしていた私は「気のせいだよね」と絆され、二人から睨みを効かされているアベルは──、


「むむむ……どうやら、戦況が不味いですね……。大変遺憾ではありますが、ここは一旦、戦略撤退としますか」


 ──と、悪びれずにクラウスの元へと戻っていった。


「妹がご迷惑をお掛けして申し訳ございません……。今後はこのようなことが無いよう、兄として、一国の王族としてしっかり言っておきますので、どうかお許しください」


 クラウスが頭を下げた。

 当の本人であるアベルは、クラウスが頭を下げる姿を、背中から嬉しそうに見ている。

 が、しかし。私はアベルどころではなかった。

 まだ幼いとはいえ、王族に頭を下げさせているのだ。

 どうしようか。と狼狽するのが自明の理であり、視野が狭くなっている、当然知り得ないことである。


「いえいえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ? 妹さん、大変可愛らしくて結構じゃないですか!──ねっ!」


「そ、そうですか……? それならよかったです!」


 頭を上げ私と目が合ったクラウスが、私と同じ火緋色の瞳を細めると、「えへへ」とはにかみ笑った。

 このとき私は、クラウスが初めて本心から微笑んだ姿を目にして、年相応で素敵な笑みだと思った。

 だから私は、こうも思うのだ。

 その、背伸びをして疲れた足の爪先を、少しくらい休ませたって良いのでは、と……。

 だけど……そんな自分勝手な私の気持ちが、今この口から言葉として出ることはなかった……。



◆◆◆



「こちらです」


 少し歩いて私達は、とある場所まで来ていた。

 目の前には石造りの建物が一つあり、その中に入って見てみると、木と藁で出来た打ち込み人形が多数。

 そして。壁際には訓練用であろう木製の剣が、一箇所に数十本とまとまっているのだ。

 ここはおそらくだが、城兵の訓練場なのだろう。

 城内に佇んでいるにしては、あまりに質素で閑散としている場所ではあるが、剣の訓練場としては上等である。


「ここは訓練場……ですか?」


「そうですよ。実はルカさんと、お手合わせをしたくて」


 木剣を二本手にしたクラウスは、「その為に来てもらったんです」と、バツが悪そうに頬をポリポリとかいた。


「騙してしまってすみません……」


「全然大丈夫ですよ。私に何か用がありそうなのは、最初から分かっていましたから」


「そうなんですね……あはは……。ルカさんには今日、なんか許して貰ってばかりですね……」


 心の底から罪悪感に蝕まれていた彼は、両手に抱えている二つの木剣を、ぎゅっと抱き締めて下に俯いた。


「そんなことは…………では、やめますか?」


「いえ、それはダメです。レーヴェ様からお聞きした貴方の実力を、この身を以て知るまではダメです」


「──?」


 レーヴェは一体、何を言い回ってるのだろうか……。

 まさか──ありもしない戯言をでっちあげて、あれやこれやと言っている訳ではないのだろうか……?

 ・・・っ!?──有り得る!大いに有り得る!何故なら私の家族達はみな、物すごーく親バカだからだ!!


「そ、そうですか……。別に試合をするのは構わないんですが……例えば、どんなことを聞いたんですか……?」


「それは──」


 私が怖いもの見たさで訪ね、クラウスがその答えを口にしようとしたとき──、


「それ、ボクも気になります!!」


「えぇ〜?色々だよー?色々」


「色々っ!?」


 ──と、二人で近くを探索していたレンとアベルが、何事もないかのように会話に入ってきた。


「ええ。例えば、ルカさんは訓練のときに、床に豆を撒いて足場を不安定にしてからする、とか」


「他人との稽古をするよりも、一人で剣と向き合っている方が多い、とか!」


「あのレーヴェ様でも見知らない型を使う、とか」


「齢五才で魔力の使い方を熟知して、あのレーヴェ様とシュタルク様を以てして大天才と言わしめた、とか!」


「「これって、本当なんですか?」」


 クラウスとアベルに順繰りに言われてしまった……。

 しかもタチが悪いことに、全部本当のことである。


「ええ、まあ……はい。全部、本当です」


 一。床に豆を撒いて稽古をするのは、わざと足場を不安定にすることで、足の捌き方と集中力を鍛える為だ。

 これは前世で祖父から教わったものであり、同じくらいの年齢のときには、既に実践して練習していた。

 少し怪我のリスクもあるのだが、慣れてしまえばどうということはないので、やり得というものである。


 二。剣を一人で練習するのは単純に、まだ完全に(地球でいうところの)西洋の剣に慣れていないからだ。

 まあ……本当にたまに、シュタルクやレーヴェの時間が空いているときに、受けてもらうこともある。

 が、なにぶん身体が未熟なので、西洋の剣の扱い方を教授して貰えること以外は、あまり効率がよくない……。

 やはり他人との稽古は、身体が成熟してからに限る!

 などと、最初こそは思考していたのだが、父から魔力での身体強化を教えて貰ったことで、それは逆転。

 身体強化をマスターしたことで、前世の私の倍以上の力を出すことが出来るのだ。

 なのでそれ以降は、剣での対人訓練も兼ねて、二人にはよく付き合って貰っている。

 ならば。何故、一人で訓練することが多いのか?

 それは簡単である。剣と、そして己と向き合うことで、極地へと至るためである。要は、瞑想である。


 三。これは言うまでもないが、レーヴェ達が知らない型を私が使うのは当たり前である。

 何故なら私には既に、前世の祖父から伝授された「大和御神やまとみかみ流」という型が、この魂に染み付いているからだ。

 それにこの流派、凄いことに剣でも応用出来るのだ。

 ならばそれを使うのは道理であり、この世界では存在しないであろう型を、レーヴェ達が知る由もないのである。


 と、これらが真実であるのだが……。

 個人的には、人生二週目でもないのに、既にうっすらと魔力を制御している三人のが凄いと思うし──。

 特にクラウスに至っては、大天才であるレンとアベルとは違って、純然たる努力で制御しているのだ。

 ちゃんと視えている私は、彼の努力を評価したい。


「私としては、クラウス様の努力も凄いと思いますが」


 私はこのとき、「お姉ちゃんは凄いぞ!」と自慢気にしているレンと、「流石ですわぁ」と目を輝かせているアベルを尻目に捉えつつ、クラウスに身体を向けていた。


「そ、そうですか……?えへへ、ありがとうございます。それと、僕のことはクラウスで大丈夫ですよ?私用のときは僕も、ルカさんと呼ばさせて頂きますので!」


「分かりました。では私も、クラウス君?と呼ばさせて頂きますね」


 握手を求めるクラウスの手に、私は手を差し出した。

 クラウスは私の手を取って笑みを漏らすと、一本の木剣を私に手渡しし、十数歩分の距離を空ける。


「ルカさん、対戦よろしくお願いします。──手加減は抜きでお願いしますね!」


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