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第14話 「運命の二人④」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 対面しているクラウスが中段に構え、追随する私は木製の剣を下段に構えた。

 流れるは刹那の静寂。互いに向き合い、相手の出方を伺う駆け引きのとき──。

 しかし、それは決して長くなく。

 クラウスが剣のグリップを、ぎゅっと握り締め。離れた所から座って観戦するレン達が、「頑張れー!」と応援の声を出すのが早いか。このとき、私とクラウスの試合が動き出した。


「行きますっ!」


 中段から八相に構え直したクラウスが、石造りの床を蹴るように加速して、下段に構えて動かない私へと肉薄。

 私の瞳には魔力の動きが完全に視覚しており、その脚力と腕力が強化されていることを一目で理解した。

 ならば、安易に素の状態で受けるのは愚策──。此方も魔力を使って身体強化をし対抗する。

 それも、クラウスの様に部位に集中させるのではなく、全身くまなくに魔力を張り巡らせるのだ。

 そちらの方が身体が自然体であり続けられ、強化されたときの差異に、一片の違和感も感じなくなる。


「ええぇいっ!」


 上から下へと、剣が縦に振り下ろされた。

 力と気合いの籠った一撃であったが、私はこれを魔力で強化した脚力の、その摺り足で一歩横にずれて回避する。


(悪くは無いが、あまりに隙まみれだ……)


 彼の姿勢は前のめりになり、その視線は地面へと向けられているのだ。あまりに勢い任せで、隙まみれであった。

 故にこそ。私のカウンターで呆気なくも、試合が一瞬にして終わるかと思われた──そのときである!

 なんと、彼の剣筋が横の薙ぎ払いへと化けたのだ!


(っ!真向斬りは囮!?これが本命か!)


 やはり、と言った方が良いだろうか。私はどうやらクラウスのことを、低く評価していたようだ。

 剣を交える対人戦において最も重要なのは、力でも速さでもなく、どう仕掛けるかという駆け引きである。

 どんなに基礎スペックで優っていても、技の駆け引きに敗れてしまっては、たったの一撃で勝敗が決まるのだ。

 だからこそ、駆け引きとは最も重要であり。まだまだ青い私が思うに、駆け引きにこそ人の真髄が現れる。


 例えば。クラウスは真っ直ぐで責任感が強いが、そんな性格が故に、勝つ為になら隙を晒そうとも相手に一撃を入れようとする、そんな強かさがあったのだ。

 そして。前世の私ではこの位の年齢のとき、相手の油断と技の囮を利用した駆け引きは出来なかった。

 心底、この世界の子ども達は恐ろしいと思うし。私はクラウスに、一つ上手を取られてしまっている。


 が、しかし。しかしである。


 私には剣を取って約二十年という、埋めようの無い経験の差があるのだ。

 で、あるならばこそ。剣筋を見極め、瞬座にこれを叩き落とすことも、読んで息をするが如く容易いのである。


「遅いっ!」


 元々姿勢が姿勢だったこともあり、幾ら魔力で強化したといっても、剣を叩かれた反動は計り知れず──。


「なっ……!?」


 クラウスは思わず、前へと蹣跚けてしまった。

 が、咄嗟の跳躍で立て直し、再度攻めて来る。


「…………いや……まだまだぁ……!」


 私を捉えて離さないクラウスの火緋色の瞳は、灰になることを知らぬ燃え盛る炎の如く、希望に染まっていた。

 だからクラウスは、二人の実力に差があり過ぎることを理解しつつも、果敢に絶え間なく攻めてくる。

 私にはそれが、どうしようもなく格好良く映っていた。

 やるな。と、幼くても剣士であるクラウスに、ある程度大人である私は、内心で舌を巻いていた。


「僕は!一国の王子だから……!」


 クラウスは踏み込み、咆え、剣を振り下ろす。

 左袈裟斬りが私に襲いかかるが、タイミングよく剣を合わせることで、左下から弾き返して対処。

 クラウスは弾き返された反動で、その身体が大きく後ろに仰け反り、剣を持つ手が右だけになっていた。

 が、彼は諦めることを微塵も知らない。

 反動の勢いをそのままに、私へと肉薄してくる。


「レーヴェ様みたいに!」


 袈裟斬りへと派生した攻撃を、身体を捻って回避。


「強く、ならなきゃいけないんだ……!!」


 回避した所を狙うように、性懲りも無く突っ込んで横に薙ぎ払って来る攻撃を、バックステップで距離をとった。

 余裕綽々と言った感じで立ち回るが、これを予想していたのだろう彼は、大きく踏み締めた一歩で──、


「だから天才キミに!凡夫の努力を証明してみせるっ!!」


 ──突きをしてきた。


「突きか……っ!」


 地球の剣道では、そのあまりの危険性に、高校生以上でなければ使えない突き技。

 現実で死亡例があるそれを、クラウスが襲ってきた。

 しかし。それを認識したとき、彼が本気の本気であることを理解したとき、──時の流れがゆっくりになった。


 【極限集中状態ゾーン


 全ての反応と、身体能力が一時的に高まる状態。

 前世でもよくなっていた事象だが、集中力が極限まで高まることで起こる、言わば戦いの極致。

 達人と呼ばれる人達は、必ずゾーンを体験している。

 それが達人であることの、一番の条件と言っても過言では無いのかもしれない。

 だがゾーンとは本来、人生で一度、たった一度体験するのが奇跡であるという、己の可能性の一端なのだ。

 で、あるならばこそ。故意的にゾーン状態に突入することは不可能であると、そう言われているのである。


 しかし。数多の達人や流派が存在する中で、これを幾度となく再現する流派があるのだ。

 それが、私と祖父が修める「大和御神流」である。

 大和御神流には『大山津見神オオヤマツミノカミ』という、全ての神経を防御に集中させ、山の様な護りを可能とする構えがある。

 それは、今なお継続している少しだけ特殊な下段の構えなのであるが、どうやら極限まで防御に集中することで護りから一転して、攻めにも応用出来るゾーン状態へと移行することが出来るのだ。


 殺人剣として、あまりに凶悪、あまりに最強──!


 故にこそ、江戸時代の暗部で活躍してきた、その歴史と実績が確かに存在しているのだ。

 ならば、素人の子ども相手に私が負けるなど、万に一つどころか、億に一つも無いのが必然である。


(彼はきっと、これからもっと強くなる。例えなんの才能が無くとも、それを努力で覆していくだろう。ならば、相手が素人の子どもだからといって、ここで手を抜いてわざと負けるなど。剣士としてのクラウスの努力を、誇りを、踏み躙り傷付ける行為に他ならない───!)


 ──手加減は抜きでお願いしますね!

 試合を開始する前に彼が言った言葉を覚えていた。

 だから私は、力は加減すれど、全力で相対しよう。


「剣崎陽依がキミくらいのとき。そこまで強くなかった、そこまで出来なかった……凄いよ、クラウスは…………」


「………………えっ?」


「……だから一つ…………見せてあげる──…………」


 このとき、私は・・・。

 ワンピースのスカートが、風に乗って舞い揺れていた。

 刹那、時が止まったかの様な錯覚を二人は覚えていた。

 即座に中段後方に構え直し、私は前へと肉薄していた。


【大和御神流──攻撃の太刀・一ノ型・暴風一閃】


須佐之男命スサノオノミコト────」


 闇夜の海を吹き荒ぶ、暴風の如く一閃が──放たれた。


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