「こちらこそ、よろしくお願いします」
対面しているクラウスが中段に構え、追随する私は木製の剣を下段に構えた。
流れるは刹那の静寂。互いに向き合い、相手の出方を伺う駆け引きのとき──。
しかし、それは決して長くなく。
クラウスが剣のグリップを、ぎゅっと握り締め。離れた所から座って観戦するレン達が、「頑張れー!」と応援の声を出すのが早いか。このとき、私とクラウスの試合が動き出した。
「行きますっ!」
中段から八相に構え直したクラウスが、石造りの床を蹴るように加速して、下段に構えて動かない私へと肉薄。
私の瞳には魔力の動きが完全に視覚しており、その脚力と腕力が強化されていることを一目で理解した。
ならば、安易に素の状態で受けるのは愚策──。此方も魔力を使って身体強化をし対抗する。
それも、クラウスの様に部位に集中させるのではなく、全身くまなくに魔力を張り巡らせるのだ。
そちらの方が身体が自然体であり続けられ、強化されたときの差異に、一片の違和感も感じなくなる。
「ええぇいっ!」
上から下へと、剣が縦に振り下ろされた。
力と気合いの籠った一撃であったが、私はこれを魔力で強化した脚力の、その摺り足で一歩横にずれて回避する。
(悪くは無いが、あまりに隙まみれだ……)
彼の姿勢は前のめりになり、その視線は地面へと向けられているのだ。あまりに勢い任せで、隙まみれであった。
故にこそ。私のカウンターで呆気なくも、試合が一瞬にして終わるかと思われた──そのときである!
なんと、彼の剣筋が横の薙ぎ払いへと化けたのだ!
(っ!真向斬りは囮!?これが本命か!)
やはり、と言った方が良いだろうか。私はどうやらクラウスのことを、低く評価していたようだ。
剣を交える対人戦において最も重要なのは、力でも速さでもなく、どう仕掛けるかという駆け引きである。
どんなに基礎スペックで優っていても、技の駆け引きに敗れてしまっては、たったの一撃で勝敗が決まるのだ。
だからこそ、駆け引きとは最も重要であり。まだまだ青い私が思うに、駆け引きにこそ人の真髄が現れる。
例えば。クラウスは真っ直ぐで責任感が強いが、そんな性格が故に、勝つ為になら隙を晒そうとも相手に一撃を入れようとする、そんな強かさがあったのだ。
そして。前世の私ではこの位の年齢のとき、相手の油断と技の囮を利用した駆け引きは出来なかった。
心底、この世界の子ども達は恐ろしいと思うし。私はクラウスに、一つ上手を取られてしまっている。
が、しかし。しかしである。
私には剣を取って約二十年という、埋めようの無い経験の差があるのだ。
で、あるならばこそ。剣筋を見極め、瞬座にこれを叩き落とすことも、読んで息をするが如く容易いのである。
「遅いっ!」
元々姿勢が姿勢だったこともあり、幾ら魔力で強化したといっても、剣を叩かれた反動は計り知れず──。
「なっ……!?」
クラウスは思わず、前へと蹣跚けてしまった。
が、咄嗟の跳躍で立て直し、再度攻めて来る。
「…………いや……まだまだぁ……!」
私を捉えて離さないクラウスの火緋色の瞳は、灰になることを知らぬ燃え盛る炎の如く、希望に染まっていた。
だからクラウスは、二人の実力に差があり過ぎることを理解しつつも、果敢に絶え間なく攻めてくる。
私にはそれが、どうしようもなく格好良く映っていた。
やるな。と、幼くても剣士であるクラウスに、ある程度大人である私は、内心で舌を巻いていた。
「僕は!一国の王子だから……!」
クラウスは踏み込み、咆え、剣を振り下ろす。
左袈裟斬りが私に襲いかかるが、タイミングよく剣を合わせることで、左下から弾き返して対処。
クラウスは弾き返された反動で、その身体が大きく後ろに仰け反り、剣を持つ手が右だけになっていた。
が、彼は諦めることを微塵も知らない。
反動の勢いをそのままに、私へと肉薄してくる。
「レーヴェ様みたいに!」
袈裟斬りへと派生した攻撃を、身体を捻って回避。
「強く、ならなきゃいけないんだ……!!」
回避した所を狙うように、性懲りも無く突っ込んで横に薙ぎ払って来る攻撃を、バックステップで距離をとった。
余裕綽々と言った感じで立ち回るが、これを予想していたのだろう彼は、大きく踏み締めた一歩で──、
「だから
──突きをしてきた。
「突きか……っ!」
地球の剣道では、そのあまりの危険性に、高校生以上でなければ使えない突き技。
現実で死亡例があるそれを、クラウスが襲ってきた。
しかし。それを認識したとき、彼が本気の本気であることを理解したとき、──時の流れがゆっくりになった。
【
全ての反応と、身体能力が一時的に高まる状態。
前世でもよくなっていた事象だが、集中力が極限まで高まることで起こる、言わば戦いの極致。
達人と呼ばれる人達は、必ずゾーンを体験している。
それが達人であることの、一番の条件と言っても過言では無いのかもしれない。
だがゾーンとは本来、人生で一度、たった一度体験するのが奇跡であるという、己の可能性の一端なのだ。
で、あるならばこそ。故意的にゾーン状態に突入することは不可能であると、そう言われているのである。
しかし。数多の達人や流派が存在する中で、これを幾度となく再現する流派があるのだ。
それが、私と祖父が修める「大和御神流」である。
大和御神流には『
それは、今なお継続している少しだけ特殊な下段の構えなのであるが、どうやら極限まで防御に集中することで護りから一転して、攻めにも応用出来るゾーン状態へと移行することが出来るのだ。
殺人剣として、あまりに凶悪、あまりに最強──!
故にこそ、江戸時代の暗部で活躍してきた、その歴史と実績が確かに存在しているのだ。
ならば、素人の子ども相手に私が負けるなど、万に一つどころか、億に一つも無いのが必然である。
(彼はきっと、これからもっと強くなる。例えなんの才能が無くとも、それを努力で覆していくだろう。ならば、相手が素人の子どもだからといって、ここで手を抜いてわざと負けるなど。剣士としてのクラウスの努力を、誇りを、踏み躙り傷付ける行為に他ならない───!)
──手加減は抜きでお願いしますね!
試合を開始する前に彼が言った言葉を覚えていた。
だから私は、力は加減すれど、全力で相対しよう。
「剣崎陽依がキミくらいのとき。そこまで強くなかった、そこまで出来なかった……凄いよ、クラウスは…………」
「………………えっ?」
「……だから一つ…………見せてあげる──…………」
このとき、私は・・・。
ワンピースのスカートが、風に乗って舞い揺れていた。
刹那、時が止まったかの様な錯覚を二人は覚えていた。
即座に中段後方に構え直し、私は前へと肉薄していた。
【大和御神流──攻撃の太刀・一ノ型・暴風一閃】
「
闇夜の海を吹き荒ぶ、暴風の如く一閃が──放たれた。