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第15話 「運命の二人⑤」


 僕は期待されて生まれてきた。

 母には──「立派な王になりなさい」と願われて。

 父には──「立派な王になれるように」と導かれ。

 乏しさを知らず、飢えを知らず……。偶然王家に生まれただけの僕クラウス・シュヴェアートは、ずっと、光輝く珠の様に育てられてきた。


 お世話をしてくれるメイドさん達が沢山居て。

 夜闇に怯え眠れないときは、両親のベッドで三人一緒に寝ては母が子守唄を歌って、父が頭を撫でてくれた。


 みんな、優しかった。

 だから僕も最初は、少しだけ我儘だった。

 嫌いな食べ物を残したり。一人が寂しいときは誰かに構って欲しくて、言う事を聞けなかったり……。

 そんな、少しだけ我儘な普通の子どもだった──。


 だけどある日、そんな僕に契機が訪れた。

 アベル・シュヴェアート──僕に妹が出来たのだ。


 ──アベルは特異だった。

 何があっても泣かず、言葉も発さず、四六時中指を咥えてじっとしている様な、そんな子どもだった。

 僕はそんな妹のことを不思議に思っても、それが個性なのだと受け止めて、兄としての態度で接した。

 アベルもそれが嬉しかったのだろう。

 誰にも懐かなかったアベルが、僕にだけ自ら近寄って来ては年相応に甘え、確かな愛情表現をしてきたのだ。

 僕もそれが嬉しくて、二人は仲良くなっていた。


 ──アベルは天才だった。

 兄である僕よりも二歳年下なのに、いつの間にか誰よりも色々なことを知っていて、誰よりも詳しかった。

 特に僕が凄いと思ったのは、妹が数日先の天気を連続的に当てたことと、初めて見た物の性質を当てたことだ。

 普通は天気なんて予測出来ないし、初めて見た物なんて何も分からない筈なのに、確かに成し遂げたのだ。

 これには、家族もメイドも、ド肝を抜かれた。

 中には魔の生まれ変わりだなんだと、王族に対して失礼極まりない戯言を宣う、馬鹿者も現れた程である。


 まあ……こんなに可愛い僕の妹がそんな訳は無いので、変なことを言うなと猛抗議をして、鎮静化させたが……。


 しかし。これはアベルが言っていたことだが、どうやらアベルには、この世界が数列に見えているらしいのだ。

 その見えている数列を解き明かすことで、物本来のポテンシャルや、絶対的な未来視をすることが出来るという。

 始めは何を言っているのか、凡人である僕には理解出来ていなかったが、次第に理解していった。

 アベルは生粋のギフテッドであり、得てして天才とは、才あるが故に不憫で生き辛くもあるのだ。

 だから僕は兄として、アベルを護ろうと思った。


 僕には才能なんて、ありやしないのに………………。


・・・


 僕は王族である。

 誰よりも偉くて、誰よりも気高く、誰よりも尊い──。


 僕は王子である。

 将来を期待され、将来を願われて、将来を背負う──。


 だから僕は、生まれた時から求められるのだ。

 王族であるが故に、王子であるが故に──今までの恵まれた豊かさと飽食に報いるだけの、才能と責任を…………。


 才能と、責任──────?

 アベルみたいな才能の欠片も無いただの凡人が?

 将来、国の安泰と更なる発展を国民に約束する?


 どうやって?──どうしよう……。

 どうすれば?──分からない……。

 出来るかな?──出来ないよ……。

 それが責任?──責任って何……?


 無理むりだ。理不尽むりだ。無謀むりだ。非現実的むりだ。不合理むりだ。非合理むりだ。──不可能むりだ!!!


 ただ偶然、王族として生まれただけの僕に!不出来の僕に──っ!一体、何が出来るというのだ!!


 こんなこと──気づかなければよかった……。

 目を逸らして、忘れてしまえばよかった……。


 なんて言葉を・・・いっその事、無責任にも吐き捨てれたのなら良かった……。

 でも、どうしても言えなかった。


 ──ダメだったのだ。


 もし他の誰かが赦しても、僕だけは許しちゃいけない。

 だってそれは──僕が王族に生まれてきた意味を、才能に苦しむアベルを、裏切る蛮行だから……。


 ──嗚呼…………ハハッ………………。


 このとき、乾いた笑い声が溢れてきた。

 一筋の涙も頬を撫でる様に零れてきた。

 これは、僕が五歳の頃だった──……。


・・・


 僕は、何をするにしても、人二倍の努力はする。

 何故なら僕は凡人で、努力の他に何もないからだ。

 だから僕は、弛まない努力を積み重ねてきた。


 特に精を入れているのは、剣の練習である。

 両親によく聞かされていた、レーヴェ・エーデルと祖父の戦いの話が好きだった。格好良かった。

 特にレーヴェさんに至っては、魔物行進モンスター・マルシュで発生した数十の魔獣の軍団を、たった一人で退けたというのだ。

 己の身体とたった一振の剣を以てして、無垢な民を護る為に果敢に攻め入る姿に、僕は幼いながらに憧れた。

 僕もこう在れたなら。と、一つの理想ゆめを見出した。


 僕は、──剣を振るときが好きだ。

 剣を振っているときは、将来を考えなくて済んだ。

 僕は、──剣を振ることが好きだ。

 剣を振って強くなって、少しだけ、自信がついた。


 僕は、──剣が好きだ。


 そして。これはもしもである。

 もしも凡人である僕が、天才に並べたのなら──。

 努力でも天才に追いつける証明になり、僕みたいな人への励みになるかもしれないし……。

 何よりも。才ある故に迫害されている人達に、

「僕だってここまで出来たから、君は何も特別なんかじゃない。君は少しだけ才能がある普通の人なんだよ」

 って、そんな当たり前のことに気づかせて、寄り添えられるかもしれない──。

 だから僕は、剣を振ることに精を入れ始めた。


・・・


 七歳になっていた。

 僕はお爺様から、一人の少女の話を聞かされていた。


 名を──ルカ・エーデル。

 彼女は僕と同い年であり、憧れているレーヴェさんのお孫さんであり──龍種並の魔力を有しているという。


 龍種とは──八種といる魔物の上位二位で、上位一位の力と知能のある妖種と比べても、遜色無い化け物で……。

 僕は魔物を見たことがないけれど、文献と言伝で見聞している限りでは、幾つもの村が焼き野原にされたらしい。

 この国は何度、龍種の恐怖に怯え、恐怖し、辛酸を舐めさせられたのだろうか……。

 そう考えるだけで反吐が出る。


 しかし。そんな龍種並の魔力が彼女にあると、あのレーヴェさんが言っていたというのだ。

 要は彼女はアベルとは別方向の、戦闘特化のギフテッドということなのである。


 これを聞いたとき、心底羨ましかった。

 魔力とは努力で覆しようのない才能だからだ。

 でも同時に僕は、幾ら凄い才能があったとしても努力をしなければ、その才能を磨くことは出来ないと──。

 ならば──同い年で天才な彼女に、努力をしている僕が勝つことも出来るのでは……と、軽率にも愚考をした。


 ──でも、無理だった。


 彼女は三歳のときには既に剣を振り、一人で己を高めていたというのだ。

 もはや勝負の土台に立てると、そう脳内を掠め過ぎった考えからして、烏滸がましい程の完敗であり──。

 極め付きに彼女は、ハイハイが出来るようになったら直ぐに書庫に入り浸り、独りで勉強をしていたというのだ。

 この事実に僕は「……は?」と思わずフリーズしたが、アベルは「まるで私みたい!」と目を輝かせていた。


 アベルを見た僕は、自分の「嫉妬心」に嫌気が差した。


 やはり凡人の僕には、天才の気持ちなど分からない。

 才ある者の尺度を、何の変哲もない様な、そんな面白みのない自分の物差しで測ることなど出来やしない。


 そして──その天才で同い年の彼女が、どうやらプライベートでレーヴェさん達と、ここに来るらしいのだ。

 だからなのだろう──。

 僕は何の気なく、想いを吐露していた。


「ルカさん、ですか……。仲良くなれると良いな……」


 これは嫉妬でも羨望でも、憧憬でもない……。

 なんでもない、一人の人としての本心であった。



◆◆◆



 彼女がシュヴェアート城に来た。

 彼女はとっても綺麗で、可愛らしかった。

 とても龍種並の魔力を持っているとは思えなかった。

 けれど彼女は、何処か大人びていた。

 それも、僕みたいにつま先立ちをして、無理して大人ぶっているではなく──。

 精神そのものが成熟しているような……そんな、年齢に対する差異のようなものを感じた。

 特にそれを身に染みて感じたのは──、


『私は最尊が我が国家を守護せし、名誉あるエーデル辺境伯家が長女──名をルカと申します。この度は、本来私達が先んじて前に出なければならないところを、その深い慈愛の温情をもってして、未熟な私達の為にと光で照らして頂きましたこと、遅らばせながら深謝致しますわ』


 ──という、彼女の自己紹介であった。

 これには思わず僕も見惚れてしまったし、初対面の他人に対する警戒心が強いアベルも興味を示していた。


 しかし彼女は、どうやらそれだけではないらしい。

 なぜなら一先ずの自己紹介を終え、みんなでお菓子を食べているときの彼女は、年相応であったからだ。

 甘いお菓子をモグモグと美味しそうに食べる姿が、まるで、妹のアベルのようだったからだ。

 だから僕は、彼女も極々普通な女の子なのだと思った。


 ──でも、どうしてだろう?


 こんなに可愛らしい女の子のキミが──。

 身に余る強大な力を持ちながらも、それでも自分らしく在れているキミが──。

 凄く、周りと壁を作っているように見えたのだ。

 まるで、他人じゃなく自分を拒絶している様な、そんな風に見えてしまったのだ。

 しかもレーヴェさんとコルンさんは、そのことを重々承知しているようだった。


 ──歪に感じた。


 家族であって家族ではないような。

 言ってしまえば、そんな感じがした。


 そして。

 どうやらアベルも気づいていたらしい。

 アベルが小声で、僕に耳打ちをしてきた。


「ルカさん、レン君には自然体だけど……。レーヴェさんやコルンさんには、何処か遠慮してる気がする……」


「アベルもそう思うのか……」


「うん……」


「でもさ、レーヴェさんもコルンさんは、ルカさんに対して自然体で接しているんだよね……」


「不思議、よね。ルカさんって私に似てるようで、何処か決定的に違うの。それも不思議だわ……」


 薄皮一枚分の差異が孕んだ違和感であった。

 時間が埋め合わせる問題であることを、僕達は何となくで理解していた。でも、興味があった。

 だから──。


「後でちょっと、話せる機会を作ろうか」


「そうね。そうしましょう」


・・・


 時が経ち、大人達が孫自慢を始めた頃。

 時を見計らった僕は、彼女とレンを誘って外に出た。


 念の為にと、お爺様が十数人の城兵をつけてくれたが、それが少しだけ窮屈にも感じた。

 少しだけ過保護だな、とも思った。


 でも、それでも。

 僕はお爺様に感謝している。


 王族である僕とアベルだけでなく、貴賓の二人にも何かがあってからでは遅いし──。

 それに。彼女達は何も気にしていない様子で、この時間を楽しんでくれていたからだ。

 特にルカさんは、無邪気に瞳を輝かせ──綻んだ顔の可愛らしい口から、感嘆の言の葉を漏らしていた。

 僕にはそれが、あまりにも微笑ましかった。


 そして。

 彼女は時折、僕達の知らない言葉を遣う。

 だからつい気になった僕は、本当に何の気なく言葉の意味を彼女に聞いたのだ。

 しかし、それが駄目だったのだろう。

 このとき、アベルの悪い癖が発動してしまったのだ。


『アハハ!お姉さんも、そんな可愛い声出すんですね? さっきの挨拶のときは、凄く綺麗で見惚れちゃって。まるで大人みたいだなって思ったので、なんか意外です!』


 アベルは無害だと認知した相手が、自分の目の前で何かしらの心の隙間を晒すと、悪戯で揶揄ってしまうのだ。

 だから僕は何時も──、


『妹がご迷惑をお掛けして申し訳ございません……。今後はこのようなことが無いよう、兄として、一国の王族としてしっかり言っておきますので、どうかお許しください』


 ──と、謝罪をしているのだが……。

 一体、僕が何度アベルの悪戯で頭を下げて、その度に悪戯する癖を辞めるように言って聞かせたことか……。

 正直あまり覚えていないし、欠片ほども覚えていたくはないけれど、それでも大切な妹なので

 ならば自分の安い頭の一つや二つ、下げることなどどうということはないし、それに──。


『いえいえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ? 妹さん、大変可愛らしくて結構じゃないですか!──ねっ!』


 彼女は優しかった。笑って許してくれた。

 だからなのだろう。このとき、僕も笑っていた。


 そして僕は内心で──やはり、というべきか。

 口ではなく、剣で語り合いたいと思っていた。


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