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プロローグ-Lastchapter

 アカリはスラスターのエンジンを切り、慣性に逆らわずに飛ばされながら変形を開始。

 装甲内のアカリ本体の四肢が分裂し、両翼と2基のメインスラスターに配置されると、全長80mの装甲が、両翼を中心にガシャンと折れた。

 メインスラスターが中央から割れる。両翼が丸まるように形を崩し横に広がっていく。

 踵にメインスラスター、そして10基のサブスラスターを付けたスカートが形成され、脚部と腰部分の変形が完了する。

 両翼は2本の棒となり、肩と肘の関節を作り、先端を細かく変形させて手と指を形作っていく。

 最初に折れた中央が位置を戻す。先頭が体から真上を向き、上半身と下半身が落ち込むようにして固く連結した。

 先頭が前後と中央部3つに分裂する。前後は胸部と背部の装甲となって折り畳まれ、中央部は三角錐を横に倒したようなヘッドモジュールを作った。

 上半身と下半身のサブスラスターを使って姿勢を制御、光線が飛んできた方向へ体を向けた。

「エフェクタービット展開」

 装甲の両肩に眩い円環が現れた。直径3mほどの小型ワープロールから、ミサイルのようなドローンが4機ずつ発進した。

「グラビトンタクト展開」

 左肩と二の腕の中間から取っ手のようなものが飛び出る。右手でそれを引き抜くと、それは長さ4m程の赤いナイフだった。

 引き抜きざまそのナイフを左腕前腕部の小指側側面に差し込んだ。

 連結音を確認したのち、レバーのように前へ押すと、刀身の一部が現れた。レバーを元の位置に戻しつつ引き抜くと、もう一度連結音が鳴った。それを確認すると、ついに機体はグリップを勢いよく平行に引き抜いた。

 そのグリップから剣先まで赤く染まった、全長55mの曲刀が完成した。

「フィールド形成開始」

 アカリの情報子炉の動力から、ビット達の炉へ点火する。ビット達とアカリはそれぞれに呼応し、グラビトンタクトの力を最大限に引き出す空間を作った。

「あっちも同じので来る。少しでも出力を制限したらやられる。全く全力全開でいくよ」

 ナツの思考がアカリに流れる。同時に、アカリの困惑が流れた。

 グラビトンタクトは「任意の方向へ斬撃状のビームとともに強烈な重力攻撃を発生させる」兵器だ。

 これまでで使われた最大出力は、敵の小惑星級の旗艦を正面中央から一撃で断裂する時に使われた太陽質量の3倍。

 それでさえ、グラビトンタクトの瞬間最大出力の10分の1も使われていない。

 アカリの演算能力でさえ、全開のタクトをぶつけ合った瞬間の環境は想定が難しかった。

「……10の50〜70乗Jの発生、衝撃波による膨張と重量井戸の形成による吸引。そこからの脱出」

「まぁそんなとこだろうね。脱出方法は任せて」

 思考を交わす二人に緊張が走る。

 暗闇の奥、光の糸が見えた。

「とにかく今は全力! 重力反転からの脱出まで絶対に気を緩めず、合わせていくよ!」


 光の糸が消え、白い点となった。

 白い点がその光度を増していく。

 位置が悪い。スラスターを点火し光を睨み続けながら頭方向へ移動する。

 眩い星もまた、アカリへの接近を崩さない。

 視界正面を、みるみる巨大化する光が覆っていく。

 光の中心、黒点が見えた。

 遠く、赤い閃光がきらめく。

 アカリがタクトを上段に構えた。

 黒点がヒト型の機体と見て取れた瞬間

 横薙ぎの閃光が目の前に迫った。

 閃光に当てるように、アカリは上段を振り下ろした。

 赤い閃光の十字架がこの空間のもう一つの恒星かのように輝いた寸前

 闇が超光速で円状に広がった。


 闇の空間膨張的な超速度の爆烈に押され、二つの機体もまた光速を超えて吹き飛んだ。

 アカリとナツを覆うシールドが、彼女達の事前の計算と空間法則を超える演算速度によって、爆裂による衝撃の逆作用を起こし、機体の周囲の環境をほとんど変化させなかった。

 戦闘機形態に変形し、吹き飛ばされている方向へ全速力で加速を始めた。

 それとほぼ同時に、闇が苛烈な吸収を始めた。

 メインスラスター、サブスラスター全てで吸収に抗うが、闇から伸びてきた見えざる重力の無数の手と上から被さるような重力の蓋が、機体の脱出方向への推進力をメキメキと奪っていく。

「脚部装甲、切り離し準備」

 連結が外れ、装甲に溝のようなものが現れた。

「パージ!」

 ヒト型状態で脚部を担っていた部品が破裂するように外された。シールドの外に出た分厚い装甲は、その部分からシュルシュルと粉微塵になり、粒子になり、闇の中へ消える。

 推進力が回復する。

「両腕装甲切り離し、パージ!」

 戦闘機の両翼のほとんどが外れた。その後には第一装甲と呼ばれる、全長5m程度の、アカリ本体を覆う装甲しか残らない。戦闘機装甲の後に残った両翼は、横幅60mの大きさを持っていた先程と比べれば、小魚のヒレのようだった。

 装甲がシールド外に放り出され、煙と化し、存在の情報が抹消される。

「腰部切り離し準備、サブスラスターがほとんど無くなるよ! これで推進力が大きく落ちたら、諦めてね!」

「パージ!」

 ナツの光速を超えた無駄話へ反応せず、機体から腰部部品が弾け飛ぶ。

 推進力は大きく回復はしないが、位置が保たれていた。

 黒点は吸収とともに収縮を始めていて、吸収範囲も同じように減退している。

「胸部、背部準備、パージ!」

 完全に、アカリの装備はメインスラスターを残して第一装甲のみとなった。首や腰回りなど、アカリのアンドロイド体が少し露出している。

 これ以上の切り離しは難しい。アカリは祈るように前進を続けたが、吸収範囲から出る前に推進力が落ち始めた。

「メインスラスター左単基切り離し準備」

 アカリ第一装甲の腰部に付いたスカートが、右を残したスラスター単体型への変形の準備しつつ、左スラスターの切り離しのため連結を外し、溝を作る。

「パージ!」

 滑らかな変形によって、アカリの姿勢はほぼ崩れることは無かった。

 メインスラスターが1基、闇の中へ溶解した。

 アカリの視界に、背後にある黒点へ吸収されていた空間が修復されていくのが見えた。

 引き延ばされていた紺色のグラデーションが、そのフワリとした自然さを取り戻していく。

 アカリとナツは光速の40%ほどで数秒そのまま前進した。

 そうしてメインエンジンを停止し、第一装甲に着いた4っつのサブスラスターで姿勢を制御しようとしたが、完全に推進力を殺すのに相当な距離を慣性で吹き飛ばされた。


「……………………ここは、どこ?」

 アカリがダメ元で聞いた。

 自分が分からないのなら、ナツも分かるわけがない。

 アカリは身体感覚を完全に持っていて、ナツは同調を解いている。

 スラスター単基と第一装甲で空間を漂うアカリの前に、ナツは制服姿であぐらをかいて座っていた。いや、座っていると言えるほど位置を固定しながら、空間に浮いていた。

「うーーーん………」

 ナツが情報子塊を見上げた。現在のアカリの姿勢的には、足元にある。

「あの爆裂と収縮で、完全にわけわからん方向に飛ばされた……というか、進行方向をシャッフルされたね。意外とアダマント近くにいたりしない?」

「無理。通信なり特定なりしようとするにも、情報子塊が近すぎる。重量波による空間歪曲で、100km先でも交信不可能だよ」

「適当にどっか前進してみる?」

「アダマントがいるにしても、多分数光年は距離がある。今の私たちの推進力じゃ、たどり着くのは何年先か分からないよ」

「じゃあどうすんのよ」

「……一縷の望みがある」

「なに?」

「あなたの妹さん達、私たちを見つけられないかしら」

「いちるだね〜……」

「無闇に移動するのは得策じゃない。もう少し漂っていましょう」


 疲れた。

 アカリは明確にそう感じていた。

 こんなに何もない時間は久しぶり、いや、今までの人生で一度も無かった。

 目を瞑ることがこんなに心地いいと、感じたことがない。

 ナツはそんなアカリの気持ちよさそうな顔を見ながら微笑む。

 しばらく、とてもしばらくの間、二人は情報子塊のみが照らす宇宙空間を漂っていた。


 遠く、閃光が見えた。

 見間違いさえ疑ったが、その閃光は二つあった。

 目視でそれを確認したアカリは、気怠そうなスピードで姿勢を正す。

 第一装甲は、胸部と背部、両腕部と脚部を巨大化させるような装甲だった。それらはアカリのアンドロイド体をそのまま拡張したような滑らかさで動く。

 アカリが右手を後ろへ回し、臀部の少し上の辺りに手の平を開いて置いた。

 Activate Graviton Tact。

 アカリの正面視界を覆うディスプレイにそのように文字が浮き出ると、腰の装甲からグリップが突出し、アカリが置いていた左手に収まった。

 それを腰から引き抜き、左腕側面へ突き刺す。

「ナツ、あれ完全に99%出てるよね」

「うん。春ちゃんも私たちと同等のダメージは受けてるだろうし、あれは秋ちゃんと冬ちゃんだね」

「戦闘になる確率は?」

「無い。秋ちゃんは聖母だし、冬ちゃんは天使だから」

「……それは宗教的な言語感覚で?」

「いや、萌え属性的な言語感覚で」

 アカリは萎えた。

 グリップをそのまま引き抜いて腰に収めた。

 春姫の光と同じように、それらはまたアカリ達へ一直線に向かってくる。その光の中央に黒点ができ、人型を成し、それがまた拡大する。

 恐らく3kmほどの距離になったか。二つの機体はそこで一度停止した。その動きからは緊張や戸惑いが感じられる。

 数秒の後、もう一方が戦闘機装甲を全て分離し、第一装甲のみで接近してきた。

 アカリと相手の感覚が30mほどの地点、二人ともスラスターで位置を固定しながら、同じ姿勢で正面から向き合っている。

 相対する彼から、メガネをかけ、ロングの髪をフワフワと躍らせる、制服姿の女性が現れた。

 アカリの背後から同じようにナツが現れて、前に進み出ると、言った。

「秋ちゃん、久しぶり」

 秋姫は無重力の中、夏姫の方へ加速して近づき、頭から胸に突進しながら両腕を回し、強く強く姉を抱きしめた。

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