その後、結局ケイにも手伝ってもらいながら、開店に向けて準備をした。スートに食材も入手してもらい無事、今日開店する。この世界に来て、4ヶ月と半分が過ぎていた。
「聖女様、
なるほど、たしかにケイの言うとおりだ。騎士団長と聖女の護衛という2つの立場の中で、一生懸命考えてくれたのだろう。かよは「もちろん」と頷いた。
「なにかあればお呼びください」
「はい、ありがとうございます」
ケイはかよの背後にある布の裏に姿を消した。
純喫茶エリアの入口からは、かよの姿とカウンターが見えるようにした。そうすれば入るハードルが低くなると考えたのだ。
食器は厨房で使っていないものを借りた。シンプルな白の食器ばかりだが、料理を引き立ててくれるような気がした。
かよは食器を磨いて、初めての客を待った。といっても、今は昼食をとる人が多い時間帯なので、誰も来ないだろう。
(まあ、お昼ごはんはきっちり食べたいだろうしね。喫茶店は軽食が多いし)
食堂の人の気配を感じながら、食器を磨く。
5つ目のカップを磨いていると、1人の騎士らしき若い男性が入ってきた。
「あのお」
「あ、はいっ」
「厨房の人から、ここで一服できるって聞いたんですけど……」
どうやらスートが宣伝してくれたようだ。ありがたい限りだ。
「あ、はい。どうぞ、こちらへ。いらっしゃいませ」
かよは緊張を表に出さないようにしながら、カウンターに座った騎士に、手書きのメニューを騎士の男性に渡した。しばらく眺めると男性は、再度かよに声をかけてきた。
「今日は夜勤でこれから寝るんですけど、軽めのものがよくて。なにかおすすめってあります?」
「それなら、卵サンドがおすすめです。おいしいですよ」
「じ、じゃあ、それをおねがいします」
「はい、おまちくださいね」
かよはパンにバターと、用意しておいた卵ペーストを塗ると、食べやすいように4分の1に切った。夜勤前なら温かいものもあったほうがよかっただろうか。
(次からはスープも作ろうかな?)
皿に盛りつけ、かよは騎士の前に卵サンドを置いた。
「そのままかじっちゃってくださいね」
「わかりました」
騎士はさっそく卵サンドにかぶりついた。表情が明るくなったので、かよはひそかに胸をなで下ろした。
「これ、すっごくうまいですっ。あの、おかわりってあります?」
「はい、大丈夫ですよ」
夜勤前とはいえ、さすがにパン2枚だけでは、騎士の若者には少なかったか。卵サンドのおかわりを出したとき、かよはあることを思いついた。小鍋に牛乳を入れ、魔法のミニコンロで温める。
(焦げつかないように、きちんとヘラで底からかき混ぜて、と)
十分温まった牛乳に、はちみつを加えティーカップに注いだ。
「どうぞ」
「へ?」
「ホットミルクを飲むと、眠りやすくなりますから」
「そうなんですか? 初めて知りました。それじゃあ、遠慮なく」
騎士の若者はそろり、とホットミルクを飲んだ。
(ホットミルクもメニューしたほうがいいかな。マグカップ借りられるか、確認してみよっと)
そんな風に思っていると、鼻をすする音が聞こえた。騎士の若者が涙を流していたのだ。
「す、すみません」
「いいえ。大丈夫ですよ」
ぽつりと騎士の若者は語り出した。
「おれ、ここに来たばかりで。覚えることもたくさんだし、体力的にもきついし、相部屋は人数多いしで、苦しくって。でも、ここは1度入ると、なかなか辞められないから、頑張ろうって思って」
「すごいですね。でも、一生懸命にしすぎると体や心を壊してしまいますよ」
「昔からよく言われます。なんでも力み過ぎだって」
「じゃあ、ここでおしゃべりして肩の力を抜きましょう。愚痴も、嬉しかったことも、なんでも聞きますから。だから、いつでも気軽に来てください」
「はい。……ありがとうございます」
騎士の若者は新たに注がれたホットミルクを飲みながら、涙を拭いていた。
騎士の若者が帰ったあと、しばらくすると眼鏡をかけた女性が、おそるおそる中を覗いていた。
「あら、こんにちは。いらっしゃいませ」
「こ、こここ、こんにちは」
「こちらの席へどうぞ」
かよはカウンター席の中でも真ん中に通した。眼鏡の女性は「は、はい……」と緊張気味に着席した。
「はい、メニューです」
「あ、ど、どうも」
眼鏡の女性はメニューを見ている。体つきから考えるに、騎士ではなさそうだ。研究員かもしれない。
「あの、甘い料理ってありますか? あ、でも、量が食べられなくて……」
「それならフレンチトーストがいいかと。はちみつもつけているので、甘さが調節できますから」
「え、えっと、じゃあ、それで」
「はい。お待ちくださいね」
フライパンをミニコンロで温めながら、前もって卵液に浸(ひた)しておいたパンを用意する。しっかりバターを塗り、フレンチトーストを焼く。小さなミルクピッチャーに、はちみつを用意し皿にのせた。
(フレンチトースト食べたら、多分喉渇くよね)
かよは眼鏡の女性に声をかける。
「あの、飲み物はどうされます? お水とかでも全然大丈夫だとは思いますけど」
「あ、えっと、じゃあ……シュメリンで」
シュメリンとは、こちらでよく飲まれるハーブティーらしく、オレンジ色で酸味がとても強いため、砂糖やはちみつを加えて飲むそうだ。かよの世界でいうところの、ローズヒップやハイビスカスをブレンドしたハーブティーに近い味だった。
「わかりました」
お湯を沸かしポットを温めると、スートに仕入れてもらったシュメリンの茶葉をポットに入れ、湯を注ぐ。蒸らし時間は5分。
フレンチトーストも焼きあがったので、シュメリンとともに女性の前に置いた。女性はかよに礼を言うと、シュメリンにたっぷりはちみつを入れた。そしてフレンチトーストも味を確認すると、はちみつもすべてかけていた。
使った道具を洗いながら、ちらりと眼鏡の女性を見ると満面の笑みを浮かべていた。口に合ったようで、ほっとしながら手を動かす。
「甘いもの、お好きなんですね」
「ふぇっ? あ、えっと、そうですね。好き、です。それに聖樹について研究をしているので、頭を使うことが多くて。ただわたしは、どんくさいので余計に頭を使ってしまって。ずっと砂糖の塊をかじっていたんですけど、厨房の方がこちらに甘いものもあるって言っていたので」
「来てくださってありがとうございます」
「いえ、そんな。おいしいです」
「よかったです」
眼鏡の女性は視線を少し泳がせたあと、かよに尋ねてきた。
「あの、また来てもいいですか? この、ふれんちとーすとっていうの、すごくおいしいです」
「お口に合ってよかったです。ぜひ、いらしてください」
「あ、ありがとうございます。わたし、プラっていいます」
「品川かよです」
かよとプラはにっこり笑い合った。