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19.純喫茶エリア、オープン

 その後、結局ケイにも手伝ってもらいながら、開店に向けて準備をした。スートに食材も入手してもらい無事、今日開店する。この世界に来て、4ヶ月と半分が過ぎていた。

「聖女様、わたくしは仕切りの裏で待機するという形をとらせていただいても、いいでしょうか? 私がいると騎士たちは休まらないかと思いまして」

 なるほど、たしかにケイの言うとおりだ。騎士団長と聖女の護衛という2つの立場の中で、一生懸命考えてくれたのだろう。かよは「もちろん」と頷いた。

「なにかあればお呼びください」

「はい、ありがとうございます」

 ケイはかよの背後にある布の裏に姿を消した。

 純喫茶エリアの入口からは、かよの姿とカウンターが見えるようにした。そうすれば入るハードルが低くなると考えたのだ。

 食器は厨房で使っていないものを借りた。シンプルな白の食器ばかりだが、料理を引き立ててくれるような気がした。

 かよは食器を磨いて、初めての客を待った。といっても、今は昼食をとる人が多い時間帯なので、誰も来ないだろう。

(まあ、お昼ごはんはきっちり食べたいだろうしね。喫茶店は軽食が多いし)

 食堂の人の気配を感じながら、食器を磨く。

 5つ目のカップを磨いていると、1人の騎士らしき若い男性が入ってきた。

「あのお」

「あ、はいっ」

「厨房の人から、ここで一服できるって聞いたんですけど……」

 どうやらスートが宣伝してくれたようだ。ありがたい限りだ。

「あ、はい。どうぞ、こちらへ。いらっしゃいませ」

 かよは緊張を表に出さないようにしながら、カウンターに座った騎士に、手書きのメニューを騎士の男性に渡した。しばらく眺めると男性は、再度かよに声をかけてきた。

「今日は夜勤でこれから寝るんですけど、軽めのものがよくて。なにかおすすめってあります?」

「それなら、卵サンドがおすすめです。おいしいですよ」

「じ、じゃあ、それをおねがいします」

「はい、おまちくださいね」

 かよはパンにバターと、用意しておいた卵ペーストを塗ると、食べやすいように4分の1に切った。夜勤前なら温かいものもあったほうがよかっただろうか。

(次からはスープも作ろうかな?)

 皿に盛りつけ、かよは騎士の前に卵サンドを置いた。

「そのままかじっちゃってくださいね」

「わかりました」

 騎士はさっそく卵サンドにかぶりついた。表情が明るくなったので、かよはひそかに胸をなで下ろした。

「これ、すっごくうまいですっ。あの、おかわりってあります?」

「はい、大丈夫ですよ」

 夜勤前とはいえ、さすがにパン2枚だけでは、騎士の若者には少なかったか。卵サンドのおかわりを出したとき、かよはあることを思いついた。小鍋に牛乳を入れ、魔法のミニコンロで温める。

(焦げつかないように、きちんとヘラで底からかき混ぜて、と)

 十分温まった牛乳に、はちみつを加えティーカップに注いだ。

「どうぞ」

「へ?」

「ホットミルクを飲むと、眠りやすくなりますから」

「そうなんですか? 初めて知りました。それじゃあ、遠慮なく」

 騎士の若者はそろり、とホットミルクを飲んだ。

(ホットミルクもメニューしたほうがいいかな。マグカップ借りられるか、確認してみよっと)

 そんな風に思っていると、鼻をすする音が聞こえた。騎士の若者が涙を流していたのだ。

「す、すみません」

「いいえ。大丈夫ですよ」

 ぽつりと騎士の若者は語り出した。

「おれ、ここに来たばかりで。覚えることもたくさんだし、体力的にもきついし、相部屋は人数多いしで、苦しくって。でも、ここは1度入ると、なかなか辞められないから、頑張ろうって思って」

「すごいですね。でも、一生懸命にしすぎると体や心を壊してしまいますよ」

「昔からよく言われます。なんでも力み過ぎだって」

「じゃあ、ここでおしゃべりして肩の力を抜きましょう。愚痴も、嬉しかったことも、なんでも聞きますから。だから、いつでも気軽に来てください」

「はい。……ありがとうございます」

 騎士の若者は新たに注がれたホットミルクを飲みながら、涙を拭いていた。


 騎士の若者が帰ったあと、しばらくすると眼鏡をかけた女性が、おそるおそる中を覗いていた。

「あら、こんにちは。いらっしゃいませ」

「こ、こここ、こんにちは」

「こちらの席へどうぞ」

 かよはカウンター席の中でも真ん中に通した。眼鏡の女性は「は、はい……」と緊張気味に着席した。

「はい、メニューです」

「あ、ど、どうも」

 眼鏡の女性はメニューを見ている。体つきから考えるに、騎士ではなさそうだ。研究員かもしれない。

「あの、甘い料理ってありますか? あ、でも、量が食べられなくて……」

「それならフレンチトーストがいいかと。はちみつもつけているので、甘さが調節できますから」

「え、えっと、じゃあ、それで」

「はい。お待ちくださいね」

 フライパンをミニコンロで温めながら、前もって卵液に浸(ひた)しておいたパンを用意する。しっかりバターを塗り、フレンチトーストを焼く。小さなミルクピッチャーに、はちみつを用意し皿にのせた。

(フレンチトースト食べたら、多分喉渇くよね)

 かよは眼鏡の女性に声をかける。

「あの、飲み物はどうされます? お水とかでも全然大丈夫だとは思いますけど」

「あ、えっと、じゃあ……シュメリンで」

 シュメリンとは、こちらでよく飲まれるハーブティーらしく、オレンジ色で酸味がとても強いため、砂糖やはちみつを加えて飲むそうだ。かよの世界でいうところの、ローズヒップやハイビスカスをブレンドしたハーブティーに近い味だった。

「わかりました」

 お湯を沸かしポットを温めると、スートに仕入れてもらったシュメリンの茶葉をポットに入れ、湯を注ぐ。蒸らし時間は5分。

 フレンチトーストも焼きあがったので、シュメリンとともに女性の前に置いた。女性はかよに礼を言うと、シュメリンにたっぷりはちみつを入れた。そしてフレンチトーストも味を確認すると、はちみつもすべてかけていた。

使った道具を洗いながら、ちらりと眼鏡の女性を見ると満面の笑みを浮かべていた。口に合ったようで、ほっとしながら手を動かす。

「甘いもの、お好きなんですね」

「ふぇっ? あ、えっと、そうですね。好き、です。それに聖樹について研究をしているので、頭を使うことが多くて。ただわたしは、どんくさいので余計に頭を使ってしまって。ずっと砂糖の塊をかじっていたんですけど、厨房の方がこちらに甘いものもあるって言っていたので」

「来てくださってありがとうございます」

「いえ、そんな。おいしいです」

「よかったです」

 眼鏡の女性は視線を少し泳がせたあと、かよに尋ねてきた。

「あの、また来てもいいですか? この、ふれんちとーすとっていうの、すごくおいしいです」

「お口に合ってよかったです。ぜひ、いらしてください」

「あ、ありがとうございます。わたし、プラっていいます」

「品川かよです」

 かよとプラはにっこり笑い合った。

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