目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

18.味見

 必要な話し合いを終えると、スートが好奇心を抑えきれていない様子で尋ねてきた。

「あ、あの聖女様。ちょうど硬いパンがあるので、ぜひ作っていただけないでしょうか? その、ふれんちとーすと、というものを」

 スートの目が輝いている。食堂を使わせてもらうのだ、責任者であるスートの要望は叶えておいたほうがいいだろう。

「ええ、もちろん。では、厨房に移動しても?」

「はい、どうぞどうぞ」

 かよはケイと共に厨房へ移動した。スートは部下たちに指示を出して、厨房の一角を開けさせている。

(あああ、フレンチトースト作るだけなのに申し訳ないっ)

 調理場の用意ができると、スートに必要なものを尋ねられたので、材料を言った。スートがすぐに用意してくれる。今回はパンを3切れ使うことにした。

「まずは卵液を作ります。パンの大きさにもよりますが、これくらいのサイズなら3つあれば十分ですね」

 卵を3つ、ボウルの中に割り入れる。

「それで牛乳と砂糖、このあいだのお酒を入れます。私の世界ではバニラエッセンスを入れるのが多いですね」

「以前おっしゃっていたものですね」

「はい」

「それぞれの分量は?」

 本来ならきちんとしたレシピがあるのだろうが、かよはいつも適当にしていた。

「大体です」

「おおう、目分量ときましたか」

「好みでいいと思います」

 かよはボウルの中を泡だて器で混ぜる。白身が固まりのままだと、パンが卵液をうまく吸ってくれないので、ダマがないようにしっかりかき混ぜた。

 硬くなってしまったパンを切り、卵液の中に入れる。

「これでしばらく待ちます。パンの風味や食感を残したい場合はくぐらせるくらいでもいいでしょうけど、私は卵液をしっかり染み込ませたほうが好みなので」

「ふむふむ。これは硬くないパンを使っても?」

 スートの質問にかよは頷く。

 かよはコンロを確認する。どうやら薪を使っているようで、やはりというべきか、ガスはないようだ。火の強さを調節するつまみのようなものもない。火力のコントロールをするには、少々知識や慣れが要りそうだ。

「あの、こちらのコンロってどうやって火力の調整をするんですか?」

 スートが五徳の下にある小さな扉を開けた。

「ここに薪を入れて調節します。火力を抑えるときは、薪の置き方を変えます。火力を上げるときは薪の置き方を変える以外に、空気を送り込むこともあります」

「なかなか慣れが必要そうですね」

 かよは思わず口から漏らしてしまった。スートは「そうですね」と頷いた。

 パンが卵液をじゅうぶんに吸い込んだことを確認すると、フライパンを熱し、バターを落とす。

「少量だと焦げついてしまうので、しっかり使うのがポイントです」

 こちらの世界のフライパンは鉄のものなので、テフロン加工されているものより、しっかりバターを使う必要がありそうだ。追加でフライパンの上に落とす。

 今回の火力調整はスートに任せ、かよは調理に集中する。

 熱したフライパンにバターが溶け、ふわりと食欲を刺激する香ばしい匂いが漂う。かよは卵液を吸って膨らんだパンを、フライパンの上にのせた。ジュウ、と焼ける音がする。

「強い火力で焼くと、表面だけ焦げてしまうので、ゆっくり焼くほうがいいです。あとはふたもしましょう、そのほうが早く火も通りますし。甘い香りがしてしばらくしたら、ふたを開けてひっくりかえします」

「しばらく、とは時間はどれくらいで?」

 スートの質問にかよはどう答えようか困ってしまった。自宅でフレンチトーストを作るときは、様子が見えるようにふたはガラス製のものを使っていたうえに、時間を正確に計ったことがない。

「体感としては1分から2分、くらいかと? 私も勘でやっているので。何度か作って感覚を掴んでもらうのが1番かと」

「はは、料理っていうのはどこの世界も同じですね」

 スートの意見に同意する。

「聖女様の世界は米を食べるのが主流と伺っていましたが、パンのレシピも多いんですね」

 今まで黙っていたケイが口を開いた。

「そうですね。私の国では米離れがどうの、とか言われているようですが、私はどちらも好きです。それにしてもこちらにもお米があるのは驚きました」

 かよがそう言うと、ケイが説明してくれた。

「この組織内では各国から支援を受けているので米を食べられますが、ベストル国(こく)やクオーラ国(こく)のような水源の少ない国では、パンや麺が主流ですね。海辺のハノーラ国(こく)とシーエル国(こく)は魚や貝をメインにしながら、米を食べていますね。ヨク(国)やノテイ国(こく)の一部も主食は米です」

 なるほど、1つの世界の中でも主食が異なるのは、どこも同じのようだ。

 ふわり、と甘い香りが漂ってきた。これくらい香りがしっかりしていれば、もうひっくり返していいだろう。かよはふたをとって、フレンチトーストをひっくり返した。黄色いパンと焼き目のきつね色のコントラストが美しい。

「ひっくり返してからは、ふたをしなくても大丈夫です。火は通っているので。このまましばらく待ちましょう。このあいだにフルーツソースを作っておくと、見た目も華やかになります」

「はあー、なるほど。やはりというべきか、聖女様の世界は豊かなんですなあ」

「もちろん貧しい国もありますが、私の故郷は豊かだと言われていますね。まあ、人によっては思うところはあるんでしょうけれど」

 物が豊かだからといって、心もそうだとは限らない。

(もしも心も豊かなら、人を道具のように扱ったりはしないだろうから)

 かよの心がずん、と重くなる。しかしフレンチトーストを焦がすわけにはいかない。かよは小さく頭を横に振って、調理に集中することにした。

 裏面を確認し、表と同じくらいの焦げ目がついたところで、皿に盛りつけた。

「ナイフとフォークで食べます」

「では用意しましょう」

 スートはすぐに3人分のナイフとフォークを持って戻ってきた。1人1枚ずつ味見をする。

 しゅわりとした食感、じんわりと広がる甘みとバターの香り。フルーツソースのほかに、粉糖やはちみつを足すことができれば、さらに甘みが強くなる。

(店で出すときには、はちみつをつけたほうがいいかも。甘すぎるのが苦手な人もいるだろうし)

 かよがそんなことを考えていると、スートが興奮した様子で話しかけてきた。

「不思議な食感です。先日のパンプディングとはまた違いますね」

「ええ。パンプディングは作るのに時間もかかりますけど、フレンチトーストはもっと簡単に作れます」

 かよはケイのほうを見た。無言だが尻尾がピンと立っている。

(猫は尻尾を立てるのは喜んでるときらしいけど、クロヒョウの獣人もそうなのかな? だったら、私も嬉しいんだけど)

 かよはそんな風に考えながら、もう一口フレンチトーストを食べた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?