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17.純喫茶計画、始動

 ジョバロンが去ると、下野が舌を出して憎らしそうに入口を見た。

「なーんだ、すぐに決められるんじゃん。やっぱりあいつ、なかったことにしようとしてたよね? 彩芽」

「うん。品川さんだからいいかって思ってるんだよ、あのおっさん」

「いやあ、急になんか始まったから、なにごとかと思いましたよ。でも聖女様、これで堂々と厨房と食堂が使えますね。よかったです」

 スートにまでそう言われ、かよはどう反応すればいいか、わからなかった。たしかにこれで、かよの要求は通った。

(でも、このやり方でよかったのかな? もっと、平和的な方法があったかもしれないけど……)

 するとネージェがこっそり、かよの隣にやってきた。

「聖女様、どうかお2人の善意を受けとって差し上げてください。いつもおっしゃっているんです、どうすればあなた様へのお礼になるか、と」

「お礼? そんな、お礼してもらうほどのことなんて……」

 かよはそう言うと、ネージェは首を横に振った。

「自分とアイネを宛がうようにおっしゃったこと、お2人を早く帰そうと祈りを多くしていたこと、勉学のための本を用意するように要求したこと、すべてお2人に届いているんです。聖女様の気持ち、善意の結果です。どうか、お2人のために、そして聖女様自身のために、お受けとりを」

「受け、とる」

 善意も、好意も今まで一方通行だった。同僚も母のことも。

(ああ、本当に返ってくることって、あるんだ)

 かよの目頭が再びじんわりと熱くなる。

 そのとき下野と大垣がこちらを向いた。

「ねえ、品川さん。メニューどうするの?」

「勉強に疲れたら、あたしたちも来ていいですか?」

 かよは、にじんだ涙をそっと拭いて頷いた。

「ええ。いつでも来てちょうだい」

 スートが微笑んだまま、かよに声をかけた。

「聖女様、このあとお時間よろしいですか? 厨房と食堂をどう使っていただくか、お話したいのですが」

「あ、はい。大丈夫です」

「では、こちらへ」

 かよはスートの指す、食堂の隅の席に移動することにした。かよは下野と大垣を見る。

「下野さん、大垣さん。ありがとうね」

「えへへー、全然っ」

「あたしたち、部屋に戻りますね」

「え、アタシたちも話聴こうよ、彩芽」

「百合花、情報ゼロで行ったほうが、楽しいと思わない?」

「天才か? じゃあ戻るっ」

「それでは、自分がお部屋までご案内を。聖女様、すぐに団長を呼んできます。スート殿、申し訳ないがそれまで聖女様をお願いします」

「ええ、もちろん。ささ、聖女様。こちらへ」

 下野と大垣に手を振られたので、かよも小さく振り返した。

 食堂の端の席で、スートと向かい合う形で座る。

「いやあ、実は聖女様の世界の料理について、もっといろいろとお聞きしたかったんです。こちらにはない料理が多いですから」

「それなのに、いつも私たちの口に合わせて料理を作ってくださって、ありがとうございます」

 かよが頭を下げると、スートは「そんなそんなっ」と両手を左右に振った。

「こちらの都合で、違う世界から来ていただいているんです。それに食生活ほど体や心に密接な関係にあるものも、そうないでしょう。なので、口に合わなかったら正直に言ってくださると、こちらもありがたいです」

 かよはふと疑問に思い、尋ねることにした。

「あの、私たちの世界の料理に合わせてくださっているのは、最初の聖女のときからなんですか?」

「いえ、何代かはこちらの料理をお出ししていました。しかし、料理長が先々代に変わったことにより、聖女様の世界の料理をお出しすることになったんです。先々代はもともと、海辺のシーエルこくというところの出身だったそうで、この組織にきて、思った鮮度の魚が手に入らず、鮮魚を恋しがったと記録にありまして。もしかしたら、故郷のものを食べられない聖女様と、自分を重ねていたのかもしれません」

「そうだったんですね」

まったく知らない異世界の料理を作るのにも苦労しただろう。先々代の料理長には感謝しなくてはいけない。

「なので、聖女様のお食事を作るのは、我々厨房内では名誉な仕事であり、好奇心が満たされることなんです。こんなことを言っては、聖女様に失礼かもしれませんが」

「いえいえ、そんな」

 そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。食堂に入ってきたのは、ケイだった。

「聖女様、お待たせいたしました。スート殿も感謝する」

「いえいえ。さて、それじゃあそろそろ話を本格的に始めましょうか」

 スートの言葉にかよは頷く。

「場所はどのあたりにしましょう? 横長にしたいとか、正方形な面積がいいとか、ご希望はありますか?」

「あ、いえ。こちらが使わせていただくので、そちらの都合がいい形でやらせてもらえると……」

「いえいえ、うちはどうとでもできるので、聖女様の希望をお聞きしたいんです」

 かよはどう答えようか迷った。メニューは考えていたが、店についてまで頭が回っていなかった。今まで行った純喫茶の内装を思い出す。

(狭い面積を生かしたお店もあったし、広々としたところも入ったけど、居心地と面積って、必ずしもイコールじゃなかった。それにスートさんにも申し訳ないし……)

 かよは食堂を見回す。入口から近いところは、通常の食堂利用者の迷惑になるだろう。ならばあまり広い面積は求めないほうがいい。

(軽食とかを用意する場所と、カウンター席。テーブル席は……ないほうがいいか。そこまで面積とったら迷惑だろうし)

 かよは入口から離れており、食事が提供されるカウンターからもっとも遠い隅を分けてもらうことにする。窓からは聖樹が見える位置だ。

「ここで使っている、長机2つ分を縦と横に並べた面積を使わせていただけませんか?」

「え、そんな少なくていいんですか? もっと使ってください」

「いや、さすがにそれはご迷惑ですから。厨房も使わせていただくので、こちらでは本格的な料理をしなくていいように、やってみます」

「そ、そうですか? もっと広いほうがよくなったら、いつでも言ってください」

「ありがとうございます」

 その後も道具や家具、パーテーションなど必要なものについて話した。

「布でよければ、すぐにご用意できますよ」

「ありがとうございます。あの、布の色はちなみに?」

「たしか茶色だったと思います」

 純喫茶にするなら、ぴったりの色だ。かよは「ぜひ、その色で」と力強く頷いた。その後も話した結果、通常の調理器具のほかにも、洗い物ができる魔法の桶――こんこんと水が湧き出てくるらしい――や、ミニコンロのような魔法の道具も貸してもらえることになった。ミニコンロのようなものが使えるのならば、提供できる料理の幅も広がる。

「それでは次は食材ですね。どのようなものが必要で? 一緒に持ってきてもらいます」

「そうですね。先日作った卵サンドは作りたいので、卵とパンはほしいです。あと、硬くなったパンがあれば、譲っていただきたいですね。フレンチトーストを作りたいので。あ、それなら卵ももっと必要か」

「ふれんちとーすと、とは?」

 スートが首を傾げた。かよはフレンチトーストの特徴を説明したが、スートとずっと黙って立っていたケイの反応から察するに、この世界にフレンチトーストはないようだ。ほかの人々の反応は、どんなものになるだろうか。かよは期待と不安が混じったまま話し合いを続けた。

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