自室に戻りながら、かよはケイに声をかけた。
「あの、あんな言い方をしてしまって、申し訳ありませんでした。ああでも言わなければ、ジョバロンさんを説得できないと思って。あの、騎士の皆さんに対して不安だって、思ったことはありません。それだけは、信じてもらえると嬉しいです」
すると立ち止まったケイがこちらを向いて、微笑みを浮かべた。
「ええ、わかっております。ジョバロン殿は効率主義ですから、あの言い方で正解でしょう。そして、やっぱり騎士や研究員たちのためだったんですね。そんな気はしていましたが」
やはりケイにはバレていたようだ。しかしどう返事をするべきかわからず、かよは曖昧に笑うしかできなかった。
「聖女様は、本当にお優しいですね」
「そう、ですか? もっと優しくて、心の広い人になれたら、と思っていた時期もあったんですけど、今は……」
今は、自分の好意や善意を受けとってくれる場所にいたい。その言葉を、かよは飲み込んだ。
自室に着き、しばらくするとアイネの手によって、料理が運ばれてきた。かよは鶏肉のソテーやコンソメスープらしきものなどを食べながら、待つ苦しみを味わった。
ジョバロンとの話し合いから、1週間が経とうとしていた。かよも気にはなったが、返事を催促するのも、なんとなく申し訳ないような気がしていた。そんななか、勉強の合間にかよの部屋へ、下野と大垣がやってきた。2人には希望した参考書が渡されたようだ。
「そういえば、品川さんの純喫茶計画ってどうなったんですか?」
大垣の問いに、かよはどう答えようか迷ったが、素直に答えることにした。
「まだ返事がないの。持ち帰らせてくれって言ってたから、話し合いとか長引いてるかもしれないし。1週間くらい経ちはするんだけど」
「「1週間っ? おっそ」」
下野と大垣が同じタイミングで言葉を発した。
「品川さん、それ多分なあなあにされるやつだよ」
「そうですよ。抗議しに行きましょう」
「そ、そんな、別に私のことでそこまで……」
かよがそう言うと、下野が目を大きく開き語気を強くした。
「品川さん、甘いっ。アタシら、こっちの都合で召喚されちゃったんだよ? だったらこっちの要求も、ある程度頷くのが筋じゃないの?」
「でも、2人の要求は通ってるから……」
「「だめっ」」
またしても下野と大垣の言葉が重なる。
「品川さんも、勝手に召喚されたんだよ? 品川さんも言っていいのっ」
「そうです。それにあたしたちの要求はすぐ通ったのに――だって2日後くらいに参考書来たし――品川さんのがまた結果が出てないのって、おかしいですよ」
下野と大垣が顔を見合わせ、頷き合う。
「品川さん、もうこっちでやっちゃいましょう、勝手に」
「うんうん、そうしよ」
「え。さ、さすがにそれはまずいよ。人の敷地内なんだし……」
「え、そもそも、さっさと返事しないほうが悪くない?」
「そうです。行きましょう。やりましょう」
「ほらほら、立って、品川さんっ」
下野に腕を引っぱられ、かよは自然と立ち上がる形になる。そして大垣に背中を押され、進まざるを得なくなった。
「よし、じゃあ食堂へゴーッ。場所知らないけど」
「彩芽、そういうとこある。あたし、ネージェさん呼んでくるから」
「あ、あの、本当に大丈夫だから……」
そう言うも、かよの言葉はまともに受けとってもらえず、大垣によってネージェが連れてこられた。
「食堂に行きたいです。なにがなんでも」
「食堂、ですか? わかりました。案内いたします」
かよが断る前にネージェが歩きだし、大垣に再び背中を押され、食堂へ進んだ。
食堂から厨房に声をかける。
「あの、ここで1番えらい人ってだれー?」
下野が声をかけると、厨房内にいた全員がこちらを向く。するとスートがこちらにやってきた。
「おや、聖女様。こんにちは。ほかの聖女様、初めまして。ここの責任者のスートと申します。以後、お見知りおきを。して、どのようなご用でしょうか?」
かよが口を開く前に、かよの背後から顔を出した大垣が言った。
「間借りの件なんですけど」
スートが申し訳なさそうな表情をした。
「我々としては、大賛成なんです」
「でも、できない理由があるんですね?」
大垣の言葉にスートが頷く。かよが口を挟む余地はないようだ。
「ジョバロン殿は実質この組織のトップです。なので、我々は逆らうと……」
「クビになるってわけだ。なるほどー、それは無理だよねー。百合花、どうしたらいいと思う?」
「やっぱりあたしたちが、動いたらいいんじゃないかな?」
「ふ、2人はだめっ」
かよはようやく、声を出せた。思ったより大きく出てしまい、全員がこちらを見た。
「だって受験もあるし、祈りでも疲れちゃうでしょ? それに、ジョバロンさんにもあなたたちとは関係ない要求だって言ってあるの」
「関係なくないよ、品川さん」
下野の言葉に大垣が頷き、引き継ぐように言った。
「品川さんはずっとあたしたちのこと、気にかけてくれてましたよね? あたしたちも、品川さんのこと、助けたいんです」
「それにアタシたち、3人しかいない聖女だし。当然でしょ?」
かよは自身の頬をつねりたくなった。まるで夢の中だ。自分の好意を、善意を受けとってくれて、しかもかよにも返そうとしてくれている。目の前がにじんだ。
「え、し、品川さん? あたしたち、失礼なこと言っちゃいました?」
「え、う、嘘っ。ごめんなさいっ」
「ううん、違うの。ごめんね、なんだか嬉しくて」
そのとき、ネージェが下野と大垣に耳打ちをした。2人はニヤリと笑う。
(なんだか、いやな予感がする)
「あー、聖女さまー、おやめくださいー。厨房の者たちに迷惑がー」
ネージェが突然棒読みを始めた。
「あたしたちの要求が通って、品川さんの要求が通らないなんて、おかしいじゃない。厨房を使わせなさいよ」
「そうよ、そうよー」
なんとなく2人の言葉にも固さがあるような気がする。するとスートの表情が変わった。まるでなにかに気がついたかのようにも、いたずらを思いついた少年のようにも見えた。
「わー、僕の手には負えないよー。誰かジョバロン殿を呼んできてくれー」
すると1人の人間がなぜか笑顔で「わかりましたっ」と言って、厨房を出て行った。
(い、一体なにが起こってるの? なにこのお芝居は?)
かよが戸惑っているなかで、4人の芝居は厨房の者たちをどんどん巻きこんでいき、最終的には厨房の者たち全員が参加することになった。人間獣人関係なく「困ったー」「聖女様ー、おれたちにはどうにもー」と言っている。
「これはいったい、なにごとですか」
ジョバロンの低い声が食堂と厨房に響く。するとスートが困り顔で説明した。
「聖女様たちが、こちらの厨房を間借りさせろ、と。こちらとしては全然かまわないのですが、ジョバロン殿を通してくれと言っても、聞いてもらえなくって」
「だって、いつまで経っても返事がないんだもん。じゃあ、こっちから行くしかなくない?」
「そうそう」
下野と大垣の言葉に、ジョバロンが大きく溜息を吐いた。
「それは持ち帰って議論を……」
「は? 1週間もかかる議論ってなに? アタシら高校生にもわかるように、説明してくれる?」
「もしかして、食堂の間借りの件だけ面倒だから、そのままなかったことにしよう、とかしてたんじゃないの?」
「そんなまさか。聖女様のお言葉を無視するなど、ありえませんよ。……わかりました。食堂と厨房の間借りは、認めましょう。ただし、祈りに支障が出ない範囲でお願いしますよ、聖女様」
ジョバロンはかよの返事を聞くことなく、食堂から立ち去った。