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第10話 初任給

──4月25日──


 初めてのお給料が支給された。

皆さんの給料明細を配るのは私の仕事なので、昨日全員に配った。


そして、初めてのお給料をネットバンキングのアプリで確認してみる。

──やった! きちんと振り込まれてる!

ついニヤニヤしてしまう。


隣りから山岸さんに、

「どうだった?」と聞かれたので、

「思ったよりありました!」とニコニコしていると、

「そうよね〜昔は初任給なんて少なかったのに、今は新入社員のことを考えて先に丸々1ヶ月分支払われるようになったのよね〜羨ましい!」と笑っておられる。

「ありがとうございます」

「ハハッ、私が支払ったわけじゃないけどね」と笑われた。

今までアルバイトで稼いだ額なんて比べものにならないぐらいだ。

つい誰かにお礼が言いたくなったのだ。


父と母には、〈明日の夜ご飯は私がご馳走する!〉と伝えてある。


以前から正社員として働きだしたら、初めてのお給料で両親と食事に行こうと決めていた。

大学まで通わせてもらったわけだし、今まで大事に育ててもらって感謝している。


焼肉とお寿司、どちらが良いかと聞くと、お寿司が良いと言っていたので、予約してある。

決して最高級店ではないかもしれないが、いつも家族で行くお気に入りのお店なのだ。


山岸さんに聞かれたので、そう話すと、

「まあ素敵〜それはご両親もとても喜ばれるわね」と、おっしゃってくださった。

「はい」



そして、優星先輩が、

「お、初任給入ったか?」と、

「はい!」と言うと、

「じゃあ何か奢って貰おうかな〜」と言った。


すると、山岸さんが、

「こら、桐生! 大事な初任給なんだから花怜ちゃんは、ご両親の為に使うのよ」とおっしゃってくれた。

「そりゃあそうだよな」と言うので、

「まだ出世してないので、奢れません」と言うと、

「出世?」と山岸さん。

「優星先輩が出世したら奢ってもらうって」

「お前、そこだけ切り取ったら、なんか俺が悪い奴みたいだろ〜」と言っている。

「ハハッ」と山岸さんも笑っておられる。


色々奢って貰ったので、出世したら奢ってもらう! と言われたことを話した。

「桐生って、には優しいね」と言いながら、微笑んでおられる。

少し照れたように、はにかんでいる優星先輩。

今日は、なんだか穏やかに見える。



そして……夕方、

「お先に失礼します」

と帰ろうと思った時に、社内の自動販売機が目に入ったので、缶珈琲を2本買って部署に戻り、まだ残業されている優星先輩の机の上に、そっと置いた。


「え?」と言うので、

「まだ、私には、これぐらいしか……」と言うと、

「おお、サンキュー」と言われたので、

「山岸さんに買ったついでですから……」と、

既に帰られた山岸さんの机の上にも置いて、メモを添えた。


「そっか……」と微笑んでるようだ。

「じゃあ、お先です」

「おお、お疲れ」と言われた。



エレベーターホールまで歩いて、

──うわぁ〜私何してんだろ? いや、この前奢って貰ったお礼だから良いよね

と、自分の中で解決しようとしていた。


「あ、花怜ちゃん!」と、杏奈ちゃんに会った。

「あ、もう帰っちゃったかと思ってた」


毎日お昼休みには、一緒にお昼ご飯を食べている。帰りは、仕事の終わる時間がバラバラになってきたので、会えば駅まで一緒に帰ることにしている。


そして、先程の缶珈琲の話をした。

杏奈ちゃんは、

「お礼だから良いんじゃない?」と、でも、

「花怜ちゃんは、やっぱり優星先輩のことが気になってるんだよね?」と言われた。

「そうなのかなあ〜?」


私の中では、まだ優輝先輩のことが消えなくて、ハッキリ振られれば前に進めると思う! と常に話している。

「早く告白出来れば良いのにね」と言ってくれる。





──翌日──


お休みの日は、仕事の疲れからか、ゆっくり寝て起きる。

お昼まで寝てしまって、起きたら誰も居ないことも多々ある。


自分でお昼ご飯を作って食べることに……

今日は、大好きなオムライスにした。

──オムライス

やっぱり優星先輩と食べに行った時のことを思い出してしまった。


まだ時々ぶっきらぼうだけど、なんだか優しくなっていて、調子が狂うことがある。

この前も篠崎さんと小野田の件では、トイレの前で待っていてくれたし……


「何で私、優星先輩のことを思い出してるんだろう?」


優輝先輩のメッセージは、いつの間にか既読が付いていた。でも、返信はなかった。

「忙しいのかなあ〜?」


私は、彼女でもないんだから、忙しい時に、わざわざ返信なんて来ないよね〜と思いながらも、会って話したいと思っていた。




そして、お昼過ぎに買い物から帰って来た両親と、夕方ご飯を食べに出かけた。

予約時間まで少し早かったので、又ショッピングモールで時間を潰すことにした。

が、父は待っていると言って、椅子に座っているので、母と2人でジュエリーショップに入り、ネックレスや指輪、ピアスなどを見る。


すると、カップルが居た。

──あれ? この容姿

と思い顔を横から覗いて見た。


「!!」

やっぱり……優輝先輩だった。


このまま逃げたい気分になったが、優輝先輩が私に気づいて、

「あっ、花怜ちゃん!」と言われた。

「あ、こんにちは」と咄嗟に言ったが、

隣りに居た女性がこちらを向かれた。


佐伯さんだった!


私は、一瞬で、やっぱりこのお2人は、お付き合いされてるんだと理解した。


「あら〜こんにちは、高橋さん」と、にこやかにご挨拶されてしまった。

「あ、こんにちは、先日はありがとうございました」とお礼を言った。

「いえいえ……」と恐縮された。

「花怜ちゃん、この近くなの?」と優輝先輩に聞かれたので、

「あ、はい」と答えた。

すると、

「あ、連絡もらってたのに、ごめんね。今日ようやく午後から時間が出来たところで……」とバツ悪そうにおっしゃった。

「あ、いえ、もう大丈夫です! お忙しい時にすみませんでした」と言うと、


隣りから母が、

「もしかして……」と言うので、

「あ、母です。優輝先輩とお仕事でお世話になってる佐伯さん」と紹介する羽目になってしまった。


「娘がいつもお世話になっております」と、

「いえ、こちらこそ」と、

「お兄さんですよね? 弟さんにもお世話になってるようで……」と、

「はい、兄の優輝です。弟がお世話になっております」と言われたので、

「いえいえ、こちらこそお世話になって」と拉致が開かない。


「あ、じゃあ私達は、失礼します」と言って、父が待つ場所まで戻ろうと歩いた。


すると、母が、

「良いの? お兄さんなんでしょ?」と言うので、

「良いも何も見たでしょう? あの人、彼女さんだよ」と言うと、

「そうなんだ……彼女さん、知ってる人だったのね?」と言われて、

「もしかして、とは思ってたけど、本当に彼女だとは……」

「そっか……」


「さあ! お寿司い〜っぱい食べよ!」と言うと、母は心配そうに私を見ていたが、

「そうね、花怜の奢りだものね」と笑っている。


私が泣きそうにならないように、そう言ってくれたのが分かった。親子なんだから、よく分かる。


そして、父と合流して、ショッピングモールの隣りにある馴染みのお寿司屋さんへ行った。


「さあ、呑んで食べるぞ!」と言うと、

「え?」と父が少し驚いた顔をしていた。

「では、遠慮なくいただきます」と父が言うと、母が、

「お父さんは、遠慮して!」と言って笑わせてくれた。


本当にお腹いっぱい食べて、呑んでしまった。

「あ〜美味しかった! ご馳走様でした」と母、

「ご馳走様、花怜ありがとうな」と父、

「うん、喜んでもらえて良かったよ」


そう言って、3人で家まで歩いて帰った。


父が1番にお風呂に入っている間、酎ハイでも呑もうとグラスに氷を入れる。


「まだ呑むの? 大丈夫?」と母に聞かれた。

「今日は、呑みたい気分よね〜」と言うと、

「もう、お兄さんに気持ちは伝えないの?」と母。

「ハハッ、もう無理でしょう! 目の前で彼女の存在を見たのよ! しかも、仕事が出来てとっても綺麗で優しい人……敵わないよ」

「良かったじゃない!」と言われて、

「え?」と言うと、

「自分の気持ちにケジメ付けられるでしょう!」と言われた。

「だよね……結局気持ちを伝えることは出来なかったけど、なんだか、あゝこの2人はお似合いだし結婚するんじゃないのかな? って思えたから諦められそう」と言った。


母は、

「そっか……」とだけ言った。

いつもなら、揶揄って、

『なら次は弟さんの方ね!』なんて言いかねないのに……


「ちょっと部屋で呑むわ」と言うと、

「うん」と、そっとしておいてくれた。

これ以上、一緒に居たら泣きそうだったから……



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