──4月25日──
初めてのお給料が支給された。
皆さんの給料明細を配るのは私の仕事なので、昨日全員に配った。
そして、初めてのお給料をネットバンキングのアプリで確認してみる。
──やった! きちんと振り込まれてる!
ついニヤニヤしてしまう。
隣りから山岸さんに、
「どうだった?」と聞かれたので、
「思ったよりありました!」とニコニコしていると、
「そうよね〜昔は初任給なんて少なかったのに、今は新入社員のことを考えて先に丸々1ヶ月分支払われるようになったのよね〜羨ましい!」と笑っておられる。
「ありがとうございます」
「ハハッ、私が支払ったわけじゃないけどね」と笑われた。
今までアルバイトで稼いだ額なんて比べものにならないぐらいだ。
つい誰かにお礼が言いたくなったのだ。
父と母には、〈明日の夜ご飯は私がご馳走する!〉と伝えてある。
以前から正社員として働きだしたら、初めてのお給料で両親と食事に行こうと決めていた。
大学まで通わせてもらったわけだし、今まで大事に育ててもらって感謝している。
焼肉とお寿司、どちらが良いかと聞くと、お寿司が良いと言っていたので、予約してある。
決して最高級店ではないかもしれないが、いつも家族で行くお気に入りのお店なのだ。
山岸さんに聞かれたので、そう話すと、
「まあ素敵〜それはご両親もとても喜ばれるわね」と、おっしゃってくださった。
「はい」
そして、優星先輩が、
「お、初任給入ったか?」と、
「はい!」と言うと、
「じゃあ何か奢って貰おうかな〜」と言った。
すると、山岸さんが、
「こら、桐生! 大事な初任給なんだから花怜ちゃんは、ご両親の為に使うのよ」とおっしゃってくれた。
「そりゃあそうだよな」と言うので、
「まだ出世してないので、奢れません」と言うと、
「出世?」と山岸さん。
「優星先輩が出世したら奢ってもらうって」
「お前、そこだけ切り取ったら、なんか俺が悪い奴みたいだろ〜」と言っている。
「ハハッ」と山岸さんも笑っておられる。
色々奢って貰ったので、出世したら奢ってもらう! と言われたことを話した。
「桐生って、
少し照れたように、はにかんでいる優星先輩。
今日は、なんだか穏やかに見える。
そして……夕方、
「お先に失礼します」
と帰ろうと思った時に、社内の自動販売機が目に入ったので、缶珈琲を2本買って部署に戻り、まだ残業されている優星先輩の机の上に、そっと置いた。
「え?」と言うので、
「まだ、私には、これぐらいしか……」と言うと、
「おお、サンキュー」と言われたので、
「山岸さんに買ったついでですから……」と、
既に帰られた山岸さんの机の上にも置いて、メモを添えた。
「そっか……」と微笑んでるようだ。
「じゃあ、お先です」
「おお、お疲れ」と言われた。
エレベーターホールまで歩いて、
──うわぁ〜私何してんだろ? いや、この前奢って貰ったお礼だから良いよね
と、自分の中で解決しようとしていた。
「あ、花怜ちゃん!」と、杏奈ちゃんに会った。
「あ、もう帰っちゃったかと思ってた」
毎日お昼休みには、一緒にお昼ご飯を食べている。帰りは、仕事の終わる時間がバラバラになってきたので、会えば駅まで一緒に帰ることにしている。
そして、先程の缶珈琲の話をした。
杏奈ちゃんは、
「お礼だから良いんじゃない?」と、でも、
「花怜ちゃんは、やっぱり優星先輩のことが気になってるんだよね?」と言われた。
「そうなのかなあ〜?」
私の中では、まだ優輝先輩のことが消えなくて、ハッキリ振られれば前に進めると思う! と常に話している。
「早く告白出来れば良いのにね」と言ってくれる。
──翌日──
お休みの日は、仕事の疲れからか、ゆっくり寝て起きる。
お昼まで寝てしまって、起きたら誰も居ないことも多々ある。
自分でお昼ご飯を作って食べることに……
今日は、大好きなオムライスにした。
──オムライス
やっぱり優星先輩と食べに行った時のことを思い出してしまった。
まだ時々ぶっきらぼうだけど、なんだか優しくなっていて、調子が狂うことがある。
この前も篠崎さんと小野田の件では、トイレの前で待っていてくれたし……
「何で私、優星先輩のことを思い出してるんだろう?」
優輝先輩のメッセージは、いつの間にか既読が付いていた。でも、返信はなかった。
「忙しいのかなあ〜?」
私は、彼女でもないんだから、忙しい時に、わざわざ返信なんて来ないよね〜と思いながらも、会って話したいと思っていた。
そして、お昼過ぎに買い物から帰って来た両親と、夕方ご飯を食べに出かけた。
予約時間まで少し早かったので、又ショッピングモールで時間を潰すことにした。
が、父は待っていると言って、椅子に座っているので、母と2人でジュエリーショップに入り、ネックレスや指輪、ピアスなどを見る。
すると、カップルが居た。
──あれ? この容姿
と思い顔を横から覗いて見た。
「!!」
やっぱり……優輝先輩だった。
このまま逃げたい気分になったが、優輝先輩が私に気づいて、
「あっ、花怜ちゃん!」と言われた。
「あ、こんにちは」と咄嗟に言ったが、
隣りに居た女性がこちらを向かれた。
佐伯さんだった!
私は、一瞬で、やっぱりこのお2人は、お付き合いされてるんだと理解した。
「あら〜こんにちは、高橋さん」と、にこやかにご挨拶されてしまった。
「あ、こんにちは、先日はありがとうございました」とお礼を言った。
「いえいえ……」と恐縮された。
「花怜ちゃん、この近くなの?」と優輝先輩に聞かれたので、
「あ、はい」と答えた。
すると、
「あ、連絡もらってたのに、ごめんね。今日ようやく午後から時間が出来たところで……」とバツ悪そうにおっしゃった。
「あ、いえ、もう大丈夫です! お忙しい時にすみませんでした」と言うと、
隣りから母が、
「もしかして……」と言うので、
「あ、母です。優輝先輩とお仕事でお世話になってる佐伯さん」と紹介する羽目になってしまった。
「娘がいつもお世話になっております」と、
「いえ、こちらこそ」と、
「お兄さんですよね? 弟さんにもお世話になってるようで……」と、
「はい、兄の優輝です。弟がお世話になっております」と言われたので、
「いえいえ、こちらこそお世話になって」と拉致が開かない。
「あ、じゃあ私達は、失礼します」と言って、父が待つ場所まで戻ろうと歩いた。
すると、母が、
「良いの? お兄さんなんでしょ?」と言うので、
「良いも何も見たでしょう? あの人、彼女さんだよ」と言うと、
「そうなんだ……彼女さん、知ってる人だったのね?」と言われて、
「もしかして、とは思ってたけど、本当に彼女だとは……」
「そっか……」
「さあ! お寿司い〜っぱい食べよ!」と言うと、母は心配そうに私を見ていたが、
「そうね、花怜の奢りだものね」と笑っている。
私が泣きそうにならないように、そう言ってくれたのが分かった。親子なんだから、よく分かる。
そして、父と合流して、ショッピングモールの隣りにある馴染みのお寿司屋さんへ行った。
「さあ、呑んで食べるぞ!」と言うと、
「え?」と父が少し驚いた顔をしていた。
「では、遠慮なくいただきます」と父が言うと、母が、
「お父さんは、遠慮して!」と言って笑わせてくれた。
本当にお腹いっぱい食べて、呑んでしまった。
「あ〜美味しかった! ご馳走様でした」と母、
「ご馳走様、花怜ありがとうな」と父、
「うん、喜んでもらえて良かったよ」
そう言って、3人で家まで歩いて帰った。
父が1番にお風呂に入っている間、酎ハイでも呑もうとグラスに氷を入れる。
「まだ呑むの? 大丈夫?」と母に聞かれた。
「今日は、呑みたい気分よね〜」と言うと、
「もう、お兄さんに気持ちは伝えないの?」と母。
「ハハッ、もう無理でしょう! 目の前で彼女の存在を見たのよ! しかも、仕事が出来てとっても綺麗で優しい人……敵わないよ」
「良かったじゃない!」と言われて、
「え?」と言うと、
「自分の気持ちにケジメ付けられるでしょう!」と言われた。
「だよね……結局気持ちを伝えることは出来なかったけど、なんだか、あゝこの2人はお似合いだし結婚するんじゃないのかな? って思えたから諦められそう」と言った。
母は、
「そっか……」とだけ言った。
いつもなら、揶揄って、
『なら次は弟さんの方ね!』なんて言いかねないのに……
「ちょっと部屋で呑むわ」と言うと、
「うん」と、そっとしておいてくれた。
これ以上、一緒に居たら泣きそうだったから……