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目の前でものすごいスピードで周辺の掃除をし始めた管理人、宮原誠司の動きを呆然としながら悠真は見つめていた。目が覚めてクソあまいピーチのジュースを飲まされ、聞いてみればこの男はマンションの管理人で、その人が悠真の部屋の掃除をしている。飲み込めないのはしかたがなかった。
(なんでこの人、人の部屋を掃除してるわけ? っていうかめちゃくそ早いんだけど……)
悠真のパソコンはローテーブルの上にノートパソコンを置いて仕事をしている。その周辺は資料となる本が積み上がっていて、本に囲まれて眠るのが常だ。だから尻の下には万年床が広がっている。
呆然としながら誠司を眺めた。早く止めさせなくてはと思うが、自分が片付けるよりももしかしたら楽かもしれない、とずるい考えが頭に浮かんでくる。
「ねえ、本とか紙類は捨てないでよね」
「え? わかってる。明らかにゴミだけをまとめるから」
爽やかな笑顔でそういう誠司を見て、なんて物好きな人なのだと悠真は思っていた。無償で人の汚部屋を掃除するなんて物好きにもほどがある。そんな誠司の好意を、悠真はなにも言わずにただ眺めていた。その日のうちに悠真の部屋は信じられないほど綺麗になったのはいうまでもなかった。
とにかく収納がないので本の片付け場所がない。部屋の中には壁沿いに積み上げられた本が、まるでそういう壁の柄なのでは? というほど天井までびっしりだ。洋服はすべて洗濯されてベランダに干されている。洗濯物を干すピンチハンガーなどは誠司が自分の家から持ってきたものだ。今はキッチン周りの細かな掃除をしている。悠真の尻の下に敷かれていた万年床も取り上げられ、ベランダに干され春風に揺られていた。代わりに誠司が自ら持ってきてくれた低反発の分厚い座布団を尻の下に敷いている。
(この座布団、いいな……)
自分の座っている周りの荷物が次々になくなっていき、床が見え始めその床も掃除機かけと拭き掃除を施されてピカピカになっていった。こんなことを自ら進んでするこの管理人の誠司という男は一体どういう人物なのだ? とそんな疑問が湧き上がる。
「キッチンも終わったよ。トイレと風呂も終わってるから、シャワーをしてきなよ」
まるで母親のようなことを口にするので、悠真は思わず吹き出した。
「あれ? なにか変なこと言った? なんで笑うの?」
「だって、あんた僕の母親と同じようなことを言うからさ。僕の母もこうやって部屋を片付けてすごく満足げな顔をしてたの思い出したんだよ」
「そうなのか。でもまあこれで人並みの生活ができるだろ」
そう言われたが、元に戻るまできっとそう時間はかからない。なにせ家から出ない生活で、仕事以外に無頓着な悠真に、この部屋を綺麗に保てる能力はないのだ。
「保って……二週間かな」
ぽそっと言うと、キッチンで掃除を終わらせた誠司の笑顔がピクッと固まった。
(あ、ほらやっぱりだ。こいつはだめだなって思われてる、あの顔だ)
母親にも同じような顔をされて、最後にはお手上げといわれたのだ。一人暮らしになって悪化して、仕事以外なにもできない自分に悠真自身がうんざりしている。きっと誠司のお節介もこれで終わるだろう。
「定期的に来るしかないな」
その言葉に悠真は驚いて誠司の方を見やった。実に真面目な顔をしている。
「え? あんた、またうちに来る気?」
「そうだよ。またあんな汚部屋になって君がここで死んだら事故物件だ。この部屋の価値も下がるだろう? 俺がちゃんと管理しないとな、管理人だし」
意味のわからないことを言われて、悠真はぽかんと口を開けたまま固まった。
「いや、あんたは僕の身内でも友人でもなんでもないのに、どうしてそこまでお節介するわけ? 片付けてくれたことは感謝するけど、もう来なくていいよ」
「管理人としての義務だからな」
その言葉を呆れた顔で聞いていたが、まさかそのまま本当に、毎日のように悠真の家に通ってくるとは思わなかったのである。
悠真の仕事はプログラミングで基本自宅勤務だ。そして趣味で小説も書いている。公募に出しまくって作家デビューを狙っているがなかなかその芽はでない。
インドアな生活なので、部屋の中が荒れるのはもう仕方ないのだ。しかし誠司が通うようになってから部屋の中は常に綺麗で、冷蔵庫には作り置きの食材が置かれ、日に一食しか食べていなかった悠真は三食きっちりと食事させられている。
(あれ? なんかちょっと太った?)
シャワーを終えて洗面所で体を拭いていたが、自分の顔色や体型が変わってきたのに気がついた。茶色のストレートの髪は伸びっぱなしでボサボサだが、その髪の艶もよくなっている気がする。それもこれも誠司がまるで通い妻のごとく悠真の世話を焼くからだ。