「う~~~ん、書けない。あああああ! なにも浮かばない!」
頭を掻きむしってそう叫んで床にごろんと寝そべった。その悠真の顔を覗き込んで「どしたの?」と誠司が聞いてくる。いつの間にか来ていたようだ。
「わぁぁぁぁ! びっくりした!」
「あは、驚かせてごめん。なにかあったのか?」
「ああ、うん。なんか最近、なーんも思い浮かばなくて、書けないんだ」
「小説のほうか?」
「そうそう」
ふむ、と顎に手を当てた誠司が、急に悠真の腕を掴んでくる。
「な、な、なに⁉」
「たまには外に出た方がいい。ずっと日の光に当たらないと体に悪いから。行こう」
「い、行こうって、どこに!」
「いいところだ」
にやっと笑った誠司に無理矢理に着替えさせられ、上下スエットの格好からジーンズと長Tシャツ姿になった。玄関に来てみれば、きっちり並べられたスニーカーがある。ここまでされて行きたくない、とだだをこねるのは子供だよなと思いスニーカーに足を入れた。
外に出ると日差しが眩しく、季節が冬から春に変わっていることに驚いた。誠司の車に乗せられ、悠真はどこかへ連れて行かれる。
「ねえどこ行くわけ? 急に連れ出して、あんた仕事は?」
「あんたってのやめろ。名前は知ってるだろ? 俺は宮原誠司だ」
「じゃあ僕のことを君っって呼ぶのやめてよ」
「わかった。じゃあ悠真。たまには外に出ないと健康によくない」
急に呼び捨てにされてドキッとしたが、彼はどう見ても悠真よりは年上だ。
「誠司さんって彼女とかいないわけ? こんな僕の世話ばっかり焼いてさ。物好きだよね」
「彼女なんていないさ。お節介なのは性格だからしかたない。それに悠真は俺の好みだしな」
「は⁉」
不穏なことを言われた気がするが、聞かなかったことにする。ここまでしてもらってありがたいとは思うが、その見返りを要求されたらどうしようと少し心配もあった。
(いや、誠司さんが好きでやってんだから、そんなの……知らないし)
ちらっと車を運転する誠司を見やった。よく見ると男前で、横顔はシャープな顎のラインが印象的だ。少し垂れた目尻と魅力的な唇は女性なら目を奪われるだろう。どうしてこんな人が自分に構ってくるのか不思議でならなかった。
車は川沿いを走っている。そしてその川沿いにある広い駐車場に入ってきた。そこから見えるのは大きなオランダ風の風車だ。その周辺にはたくさんのチューリップの絨毯が広がっている。
「うわ、すっごい!」
車から降りた悠真は第一声でそう口にした。そこは本当にオランダのようで、あまりの美しい光景に瞬きもできないほどだ。燦々と降り注ぐ日の光と、目の前にはチューリップの絨毯が広がり春風がそれを揺らしている。頭の中のシナプスがパチパチはじけてその刺激に目眩がしそうなほどだった。
「今が見頃なんだよ、ここはな」
「近くにこんな場所があるんだ」
引っ越してきてからというもの、数えるほどしか外に出ていない。自分が住んでいる周辺にどんな場所があるかなんて興味すらなかった。