目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話

「ソフトクリーム食おうぜ」


 まるで子供みたいにはしゃぐ誠司を見て、悠真は思わず吹き出してしまった。この人は本当に無邪気なのだ。悠真の部屋を片付けると言ったときも、掃除をしている間も、悠真に食事を作ったり洗濯をしたり、世話を焼いてくれているときもいつも楽しそうだった。見返りを期待している感じでもなく、本当にそうするのが楽しいといった様子なのだ。


(ほんとこの人、変わってる)


 悠真は徐々に世話を焼かれることに慣れていった。食事は美味いし掃除も洗濯も定期的に来て済ませてくれるから部屋は常に綺麗だ。仕事は捗ったし趣味の創作も楽しくて仕方がなかった。そして今日はこれだ。


(これって親っていうより、もう彼女じゃね?)


 そんな馬鹿なことを考えながら、さっさと歩いて行ってしまった誠司を追いかけるのだった。


「なんか最近、元気ないなぁ悠真」

「え? そう、かな?」


 春の日差しの下で、チューリップを眺めながらソフトクリームを食べている。周りには家族連れやらカップルがいる中、ベンチにいい大人の男が二人で並んで座っていた。


「書こうと思っても書けなくて、書かなくちゃって焦れば焦るほどなにも浮かんでこなくて、どうしていいかちょっとわからなくなってて……」

「書けないときは書かなければいいんじゃないか? 無理して書いた文章って、読んだ人にも見透かされると思わないか?」


 小説を書いたことのない俺が言うのもなんだけどな、と誠司がカラカラと笑う。しかしその言葉で肩に乗っていた重たいなにかがスッとなくなった気がした。こうして外に連れ出してくれたのもよかったのかもしれない。


「ははっ! 誠司さんてほんとおもしろ! あははは!」


 悠真は声を上げて笑った。何年ぶりに腹の底から楽しいと思って笑っただろうか。あのマンションに引っ越して、あの部屋でずっと陰鬱としていた日々。仕事と執筆とそれだけの世界だった。それが今は太陽の下で笑っている。この誠司という男にたった数日で変えられてしまった。まったく不思議な男だと悠真は思っていた。

 悠真の生活がガラッと変わって一ヶ月半。一通のメールが悠真の元に届いた。それは吉報で、悠真を部屋から飛び出させ、誠司の元に走らせるほどの内容だった。


「誠司さん! いる? 誠司さん!」


 管理室のガラス戸を叩くと、奥から何事かと慌てた様子で誠司が顔を出す。


「悠真? どうしたの、そんなに慌てて……」

「きた、きたんだ! きちゃったよ!」

「お、おいおい、なにが来たんだ?」


 焦ったような顔で管理室から出てきた誠司の胸に、悠真は飛びついた。


「おっと、なにがあった?」

「さ、最終選考で残って! 僕の小説! 本になるんだ!」

「え、まじか! うわぁ! やったな! 悠真!」


 誠司が悠真の体を持ち上げて、まるで子供にするみたいにその場で一回転する。突然のことで驚いたが、誠司が喜んでくれているのがわかってうれしくなった。


「悠真、頑張ってたもんなぁ! 書けないときもあったし、仕事も忙しくて時間が取れないって言ってたりしたから、ほんとよかったな!」


 誠司がぎゅうぎゅう抱きしめてきて、途中から妙に照れくさくなって仕方がなかった。今日はお祝いだ、と言って、誠司が仕事を終えたタイミング家にやってきてすき焼きを振る舞ってくれた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?