「ふわ~もう食えない!」
ダイニングにローテーブルを置いて、そこで誠司と向かい合ってすき焼きを食べた。高い肉なのだろうと思う。あまりのおいしさにびっくりしたのだ。
「こんないい肉じゃなくよかったのに」
「お祝いなんだからいいんだよ。悠真は酒は飲まないのか?」
テーブルには缶ビールがいくつか並んでいるが、ほとんどは誠司が空にしたものだ。
「ん~あんまり飲んだことないからな~。でも今日はお祝いだから飲もうかな!」
「いいねぇ。じゃあ俺が注いでやろう」
グラスを持ってきた誠司がそこに並々とビールを注いでくれる。アルコールなんてもう何年も飲んでいなかったが、久しぶりのそれは案外おいしくて、悠真はおかわりまでしてしまっていた。
満腹とアルコールのせいであっというまにやってきた睡魔は、悠真を床に転がすには十分だった。
「こらこら、ここで寝るのか?」
「え~もう、気持ちいいから、ここでいい~」
頭はふわふわしていて誠司の声もぼんやりと聞こえてしまう。なんだか雲の上を漂っているような感じで最高だ。天井を眺めていると顔に陰がかかる。誠司がこちらを覗き込んできているのだ。もしかして寝たのかどうか確認しているのか? と思ったが、その顔がゆっくりと近づいて互いの唇が触れ合った。
(え……今の、なに?)
そう思うがあまりに強い睡魔に耐えられなくて、悠真は夢の中に落ちていったのだった。
◆ ◆ ◆
「はぁ……」
誠司はマンション管理室で大きくため息をついていた。先日、悠真が小説の公募で入賞しデビューが決まり、すき焼きでお祝いをした。そのときにやってしまったのだ。もともとかわいい顔をしている悠真を「いいな」とは思っていた。しかし相手は年下で恐らくノーマルだ。だからそういう下心は出さないと決めていたのに、あの汚部屋を掃除して世話を焼き始めてからだめだった。どんどん明るくなっていく悠真をかわいく思えて仕方がなくて、あのすき焼きの日にキスをしてしまった。
(酔っていたし、悠真は覚えてないと思うけど……。毎日のように通っていた悠真の部屋にもう五日も顔を出していないな)
部屋がまた荒れていたらどうしようというそんな心配よりも、悠真がキスのことを覚えていたら……とそっちの方が心配になっていた。日々深くなる誠司のため息。このまま会わないでいることはできないと思い、今日の勤務が終わったら様子を見に行こうと心に決めた。
いつもは部屋を訊ねるときに手土産など持って行かないが、今日はなんとなく口実がほしくて、スイーツを購入しそれを持って悠真の自宅を訪れた。F棟の二階。この階段を何度も上ってきた。それなのに今日ほど緊張することはなかった。
誠司は階段を上りきって、廊下の突き当たりの扉の前に近づいた。戸惑いながらもインターフォンを押したが応答はない。出かけているのかとその日は諦めたが、翌日も、その翌日も、時間を変えて訪問しても悠真は出てこなかった。