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❁盟約式〜1〜

――ぽちゃん。


 天蓋てんがいの森の深奥、浸透するように、落ちた雫。


 夜明け前の森を思わせるこの場所には、数多のステンドグラスで出来たランプが、木々の枝にかけられていた。光は、ない。


 止まり木に掴まる鳥たちが森の海を見下ろす中。

 突如怒号が響き渡る。この場所へ、いなければならない物語の主役の名を呼んで。


「旭はまだ来ないのか!?」


 腕を組み、苛立つ姿に、周囲はヒソヒソ声で話始める。 


 機嫌が悪い時は誰も彼もが距離を取って、周囲から人がいなくなるほどだ。そのため、学園長補佐を「まさに神だっ……!」と崇める人までいるくらいである。 



 果たして、この空気に耐えられた者がいただろうか。否いないだろう。学園長を怒らせて、平然としていられるのはよほどの“変人”だ。



「旭って、神代旭かみしろあさひだろ? 老若男女から絶大の信頼と好意を寄せられているっていう、あの……」


「そうそう。笑顔がこわいっていうあの、ね」


「見ろよ。学園長の顔が引きつってるぞ……こんな顔にさせるのは、旭先輩と蒼馬先輩だけだよなあ。オレの知る限りでは」


 年若い学園長の額には青筋が浮かんでいる。その隣で、優雅に微笑んでいる青年がもうひとり。


「来ないですねえ。相変わらず面白い事してくれますよねぇ彼」


「お前、絶対楽しんでるだろう。はあ…………胃が痛い」


「胃薬調合しましょうか? 私が」


「断わる」


「あらあら。あ、丁度手紙が届いたようですよ。ふむふむ」


 何も無い空間に手を伸ばし触れた瞬間、手紙が現れる。


「それで、なんて書いてあるんだ」


「“旭たちに振り回されて大変だとは思います。思いますが、一条の名を汚さぬよう、今回の盟約式を成功させてください。もしもの事があれば上からの罰は避けられないでしょう”だそうです。どうします?」


「…………返信はいい。あいつに最速で手紙出せ」


「はいはい。では、お願いしますね」


 ついに限界点を超えたらしい、一条和希いちじょうかずきに淡々と対応する。学園長とは長い付き合いになる、補佐である月下蛍げっかほたるにとってはふつうの、ふつうだ。



 盟約式が始まるまで、残りあと一時間。

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