「旭」
「んー?」
「再三言うが。俺たちは急いでいるんだが」
「わかってるって。だから、そのための腹ごしらえでしょ?」
庭園を出て数分後。学園定番のカフェテラスに立ち寄り、何故か食事が始まった。
深緑色の丸テーブルの上には、大きめのレモンチキンチーズのハンバーガー、フライドポテト、それから旭お気に入りの紅茶がトレイに乗っている。上質なものを扱っているのに、リーズナブルで美味しいと生徒の間で評判だ。
蒼馬の顔は学園長並に引きつっているが、旭は、そんなのお構い無しである。
「やっぱりハンバーガー食べるならここだよね。深紅も食べる?」
『いらねーよ。てか蒼馬の顔が鬼の形相だぜ……? そんなんだから敵多いんだよ旭は〜』
「人生は急いだっていいことないよ。ほら和希も言ってたじゃない?」
「学園長を呼び捨てにするんじゃない。ああ見えても一応、学園長だぞ」
深紅はため息をつく。蒼馬も真面目故に時々おかしい。大体今は、そこじゃないだろうと。
『なあカグラ。蒼馬、どうにかなんねーの?』
――カグラ。
蒼馬の妖精で、神職の衣装を纏った少年は、直ぐ様首を横に振った。
『深紅も理解した上で、聞いているんでしょう。それならば、お察しの通りです』
『だな』
これ以上言葉を交わさずともわかる。
これは、奇跡でも起きなければどうにもならないと。
その時だった。少女の困った声が吹く風に混じって、聞こえてきたのは。それは小さな言の葉だったが、旭と蒼馬の耳にもしっかり届いたらしい。
無論妖精も。
「どうやら道に迷ってるみたいだ。――蒼馬、行くよ」
「は? 俺は今このポテトを……」
「いいから」
蒼馬の首根っこをつかんで、さっさとカフェテラスを後にする。こんな旭を見たのはいつぶりだろうか――深紅が驚くのも無理もない。
それくらい、稀なのだ。
大抵は「面倒くさい」とか言って、バッサリと切り捨てる。
その旭が。自ら動く理由までは、長い付き合いである妖精にもさすがに読めない。
ちらりといい香りを放つフライドポテトを二度見する。妖精に食事は必要ないが、それでもやはり――紡ぎ手たちが食べる物は魅力的で。
『せっかくだから食べようぜ、カグラ』
『追いかけなくていいんですか? 旭さんと蒼馬さんも行ってしまいましたが』
『いいのいいの。妖精には翅があるだろ、すぐ追いつけるって』
盟約式が始まるまで、残りあと三十分。