「こっちかなって思ったんだけどな……道間違えちゃったのかな? 学園の地図見ても迷うなんて、どうしよう」
辺りを見渡しても人はいない。盟約式があるのだから、今、いるはずがない。
時間厳守、余裕を持っての行動、もう、どうにもならない状況に泣きそうだ。
この学園は広大な土地を持ち、移動だけでもかなりかかる。そのため移動手段としてシャトルバスも走ってるのだが、少女はこれも逃して、歩いて会場までに行くことに決めた――ここまではいい。
問題はその後だ。学園内の地図を見ながら進めば進むほど、迷いに迷って、今に至る。
『とわ、大丈夫?』
「うん……大丈夫、だよ」
心配そうに顔の周りをぐるぐる泳ぐブルーモーメントを想わせるような美しい魚は、少女の妖精だ。
心配をかけている申し訳なさに罪悪感が押し寄せてくる。
こんな時物語の王子様や騎士なら、お姫様を助けにきてくれる。でも――わたしはお姫様じゃない。
少女があきらめそうになった刹那、太陽のように明るい声が降ってきた。
「ねえそこのお姫さま。そんな顔してたら、幸せが逃げちゃうよ?」
子供の頃読んだ絵本から出てきた王子様みたい。
きらきらと星のように輝く瞳に、
その隣には、眼鏡をかけた硬い表情の……従者? のような少年がいる。
――盟約式がもうすぐ始まっちゃうのに、どうして、まだここに人がいるんだろう。
少女の疑問は最もだ。学園の者なら常識中の常識、むしろこの状況では
「俺は神代旭で、こっちの眼鏡が真田蒼馬。君は?」
「
「んー内緒」
(まあそうだろうね。教えないけど)
少女の魚――薄明が旭たちに必死に訴える。
『とわのこと助けてあげて! とわ、迷子なの!』
「察しはついてたけど。なるほどね。じゃあ、パッといこうか」
「え……?」
思わぬ一言に、一瞬間抜けな顔をしてしまった。
旭には何か不思議な引力があるかもしれない、少女は頭の片隅でそう思った。
「このおじちゃんが何とかしてくれるから」
「旭……お前と同い年なんだが?」
「まあまあ」
肩をわなわな震わせる蒼馬の肩を軽くぽんぽんと叩く。全く気にしない人なのだろうか? ――そんな風に見えない……いや見えるかもしれない。
少女の戸惑いに気づいた旭が口を開こうとした時、蒼馬が顔をしかめる。
「学園長からの手紙だぞ、旭」
「俺だけじゃないでしょ。同罪同罪」
「二度も言うな」
――学園長からの、手紙……?
少女はさあっと青ざめる。
絶対に、そうだ。この状況は。
蒼馬が手紙を淡々と読み上げる。
手紙を受け取った者として。
読まずとも伝えたいことが、手に取るようにわかるから、これを読む必要が果たしてあるのか疑問だが。
「“いい加減にしろ。そもそも旭を盟約式の代表者って言うのがおかしいが、致し方ない。蒼馬、お前も旭の執事をやってるなら任務を全うしろ。1秒でもいいから、早く連れて来い”――以上だ。誰が旭の執事だ……」
眼鏡をかけててもわかるほど、「心外だ」とはっきり顔に書いてある。
「蒼馬は頭が固すぎるんじゃない? いいから早くしてよパパ。盟約式、みんな遅れちゃうよ? ね、透羽」
突然話を振られ、こくこく頷く。それが精一杯の少女の返答だった。
旭が辺りを見渡す。そして、少し考えるようにして呟く。
いつもにぎやかな、妖精たちがいない。
「そういえばさ、深紅とカグラいないけど。どこ行っちゃったんだろうね」
「失念してた……はあ。そうなると、俺にはどうしようもできない。
「んー困ったね」
あまり焦っているようには見えないような……。
ひとりはらはらしている少女を、突っ突く魚。
「薄明どうしたの?」
『とわ、ぼく、姿変えられる。ここなら、長く泳げるよ』
「…………そうだった」
色々パニックになってて、学園でも頼れる人がいないから、すっかり忘れていた。自分の妖精から教えてもらわなければ、今頃まだオロオロしていたかもしれない。
一度深呼吸をしてから意を決して、ふたりの名を呼ぶ。
もう、時間がない。
「――神代さん、真田さん」
盟約式が始まるまで、残りあと二十分。