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❁盟約式〜3〜

「こっちかなって思ったんだけどな……道間違えちゃったのかな? 学園の地図見ても迷うなんて、どうしよう」


 辺りを見渡しても人はいない。盟約式があるのだから、今、いるはずがない。


 時間厳守、余裕を持っての行動、もう、どうにもならない状況に泣きそうだ。


 この学園は広大な土地を持ち、移動だけでもかなりかかる。そのため移動手段としてシャトルバスも走ってるのだが、少女はこれも逃して、歩いて会場までに行くことに決めた――ここまではいい。


 問題はその後だ。学園内の地図を見ながら進めば進むほど、迷いに迷って、今に至る。



『とわ、大丈夫?』


「うん……大丈夫、だよ」



 心配そうに顔の周りをぐるぐる泳ぐブルーモーメントを想わせるような美しい魚は、少女の妖精だ。


 心配をかけている申し訳なさに罪悪感が押し寄せてくる。


 こんな時物語の王子様や騎士なら、お姫様を助けにきてくれる。でも――わたしはお姫様じゃない。

 少女があきらめそうになった刹那、太陽のように明るい声が降ってきた。


「ねえそこのお姫さま。そんな顔してたら、幸せが逃げちゃうよ?」


 子供の頃読んだ絵本から出てきた王子様みたい。

 きらきらと星のように輝く瞳に、春爛漫はるらんまんを想わせるようなやわらかな笑顔。


 その隣には、眼鏡をかけた硬い表情の……従者? のような少年がいる。


 ――盟約式がもうすぐ始まっちゃうのに、どうして、まだここに人がいるんだろう。



 少女の疑問は最もだ。学園の者なら常識中の常識、むしろこの状況では


「俺は神代旭で、こっちの眼鏡が真田蒼馬。君は?」


詩月しづき透羽とわ、です。この子は“薄明はくめい”。どうして、まだここにいるんですか?」


「んー内緒」


(まあそうだろうね。教えないけど)


 少女の魚――薄明が旭たちに必死に訴える。


『とわのこと助けてあげて! とわ、迷子なの!』


「察しはついてたけど。なるほどね。じゃあ、パッといこうか」


 「え……?」


 思わぬ一言に、一瞬間抜けな顔をしてしまった。


 旭には何か不思議な引力があるかもしれない、少女は頭の片隅でそう思った。


「このおじちゃんが何とかしてくれるから」


「旭……お前と同い年なんだが?」


「まあまあ」


 肩をわなわな震わせる蒼馬の肩を軽くぽんぽんと叩く。全く気にしない人なのだろうか? ――そんな風に見えない……いや見えるかもしれない。


 少女の戸惑いに気づいた旭が口を開こうとした時、蒼馬が顔をしかめる。


「学園長からの手紙だぞ、旭」


「俺だけじゃないでしょ。同罪同罪」


「二度も言うな」



 ――学園長からの、手紙……? 


 少女はさあっと青ざめる。


 絶対に、そうだ。この状況は。



 蒼馬が手紙を淡々と読み上げる。

 手紙を受け取った者として。


 読まずとも伝えたいことが、手に取るようにわかるから、これを読む必要が果たしてあるのか疑問だが。


「“いい加減にしろ。そもそも旭を盟約式の代表者って言うのがおかしいが、致し方ない。蒼馬、お前も旭の執事をやってるなら任務を全うしろ。1秒でもいいから、早く連れて来い”――以上だ。誰が旭の執事だ……」


 眼鏡をかけててもわかるほど、「心外だ」とはっきり顔に書いてある。



「蒼馬は頭が固すぎるんじゃない? いいから早くしてよパパ。盟約式、みんな遅れちゃうよ? ね、透羽」



 突然話を振られ、こくこく頷く。それが精一杯の少女の返答だった。


 旭が辺りを見渡す。そして、少し考えるようにして呟く。


 いつもにぎやかな、妖精たちがいない。



「そういえばさ、深紅とカグラいないけど。どこ行っちゃったんだろうね」


「失念してた……はあ。そうなると、俺にはどうしようもできない。


「んー困ったね」



 あまり焦っているようには見えないような……。



 ひとりはらはらしている少女を、突っ突く魚。



 「薄明どうしたの?」


『とわ、ぼく、姿変えられる。ここなら、長く泳げるよ』


「…………そうだった」


 色々パニックになってて、学園でも頼れる人がいないから、すっかり忘れていた。自分の妖精から教えてもらわなければ、今頃まだオロオロしていたかもしれない。



 一度深呼吸をしてから意を決して、ふたりの名を呼ぶ。



 もう、時間がない。




「――神代さん、真田さん」





 盟約式が始まるまで、残りあと二十分。



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