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❁盟約式〜4〜

 盟約式を執り行う会場はより一層ざわざわとしている。ここに一番いなければならない、“代表者”がここにいないのだから、当然かもしれない。


 月下はきっぱりと断言する。


「手紙に失敗はありませんよ、私の妖精は優秀ですから。評判が高いのを存じているはずですが?」


「……悪かった」


 冷静さを欠いているのは、十分認識している。どうも調子が狂う。立場上は自分の方が偉いのだが、そんなものは何の意味もなさない気さえしてくる。


 しょせん、ただの“肩書き”だ。


 学園長と補佐の月下を遠くで眺めてる詩徒しとたちは、小腹が空いた時のための非常食をポケットから取り出す。――本来ならば許可がいるのだが、手続きが面倒くさいため、バレないように持ち込んでいる。


 花糖かとうでしっかりまぶして干したドライフルーツや干し肉など。蜂蜜たっぷりのバターケーキも多いが、これはもうおやつ時間の意味合いが強い。


「もうすぐ時間だよなあ。本当に旭先輩来るのかな?」


「来るに決まってるでしょ! 盟約式だよ? 旭先輩の詩が聞ける絶好の機会は早々ないんだから!」


「確かに。旭さんの詩は盟約式とか、しっかりした行事の時じゃないと披露されないから……それ分けろよ」


「えー数少ないんですけど!?」


 遠足にでも来たかのような賑わいに、やれやれと上級生たちの詩徒は首をすくめる。新入生を温かい目で見守りながら、ふとひとりの詩徒がぽつりと言った。


「これ――、旭の詩だ」


 それは、学園長にも届いたらしい。


 森は静寂に満ちている。しかしそれは、一瞬で、別世界へと変わる。陽光さえ届かない、深い深い森の海、枝にかけられていたランプが一斉に点灯する。


 世界は一気に花開く。



――盟約式が始まるまで、あと十分。



 その頃妖精たちは……。


『もう近くにいねぇ!!』


『しょうがないですよ深紅。あれからさらに注文追加してたら間に合いませんし、待っていられないと思います』


『あいつらは紡ぎ手なんだぞ!?』


『そして僕らは妖精です』


『くっそーなんであんなにうまいんだよ〜ファーストフードってやつは……妖精の心まで掴むとは。末恐ろしいぜ……』


『口車に乗せられた自分が恥ずかしいです。もっと自分を律しなければ』


『全面的におれが悪いけど! でもなんか納得いかねぇ!』



 旭たちを全力で追って、盟約式のかいじょうを目指している真っ最中。



 ――盟約式が始まるまで、あと五分。

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