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第2話

 リリカはライラの原チャリの横に追いついた。並走しながら周りを見渡す。かつては田園だったと思われる跡地だったが、いまはただの荒れ果てた土地だった。何の作物も育っていない。


「もう薄暗いですねぇ」


 ライラは原チャリのライトを点けた。前方に一筋の光が伸びる。リリカもそれに倣うように無言でライトを点けた。同じく光の筋が伸びる。


「ライラは何か検知したの?」

「そうですね……おそらくはあの街の中に『歪み』があります」


 ライラが左手の人差し指を左目の涙袋あたりに当てた。


「そういうのはわかるんだ?」

「まだ……ちょっと距離が遠くてはっきりとはわからないですが、波の乱れみたいのが……見える……のかな?」

「見えるかどうかは貴方じゃないとわからないでしょ。私に聞かれても」

「そうなんですけどねぇ」

「数値が見えるわけじゃないの?」

「ちょっと遠すぎて。ステータスが出てこないです」

「わかった。見えたら教えてくれる?」

「らじゃ」


 ライラは敬礼の真似をしてみせた。

 その仕草を見て、リリカは少し微笑み、頷いた。


「人は誰かいますかね」


 ライラが言った。リリカはその言葉を聞いてわずかに首を左に傾けた。


「今更だけど、貴方の左目は生命体の検知とかはできないの?」

「え、そんな便利機能みたいなのはないです。たぶん」

「『たぶん』なんだ?」

「だって私自身もよくわかってないですから……。すいません」

「謝る必要はないよ。ライラがいないと時空の乱れは見つけられない。助かってるよ」

「ありがとうございます。ん……? 見えました! 時空歪曲率37%

、歪みです!」

「37%か……了解」


 ライラの左目には特殊な力が備わっている。

 それは時空の歪曲率を見ることができる能力――その力はリリカも他の誰にも備わっていない――だった。時空の歪みが生じている場所を見ると、その左目にはパソコンやスマホの画面のように数字が浮いて見える。


「というわけで歪みです。さっさと改修して、ゆっくり寝ましょう」

「簡単に言ってくれるね」

「だってリリカなら直せないバグなんてないって思ってますから」


 ライラは満面の笑みを浮かべた。リリカは小さくため息をつく。


「まぁ……やれるだけやるけどね」


 リリカの青いブレスレットが夕陽に反射した。


*

 家並みが続き始めるその手前でリリカとライラは原チャリを止めた。正確にはリリカが止まったのでライラも止まったのだった。


「どうしたんですか?」

「慎重に行こう。何が起きているか予想できない」

「心配性ですねぇ」

「とにかく注意深く」

「あいあい」

「いつでも逃げられるように」

「らじゃ」


 リリカとライラは原チャリのスピードを相当落としながら街の中を進んだ。歩いて街を探索しないのは、急に何者かに襲われたときにフルスピードで逃げられるようにしておくためだった。


「どの家も人の気配がしないですね」


 二人が進める原チャリの音以外はわずかな風の音がするだけだった。どの家も暗く、明かりが灯る様子もなかった。


「うん……」

「もうずっと誰もいないんですかね。この街も」

「いや……この街はちょっと違う気がする。ずっと……じゃないのかも」

「どういう意味です?」

「ほかの街みたいに、家が荒んでない」


 リリカが言うとライラは「たしかに!」と感嘆の声をあげた。


「どの家もボロボロになってないですね。人が手入れしていない街はもっとボロボロでした。じゃあ、この街に限っては、最近、こんな状態になったってことですか?」

「ありえなくはないけど……違う気がする」

「はいぃ? 意味が分かんないんですけど……って、リリカ、この辺です」


 ライラが原チャリを止めた。1メートルほど先でリリカが止まった。リリカが振り返るとライラの左目だけが青い水晶のように光り輝いていた。


「そこの広場あたりですね」


 ライラが指さす方向には噴水広場のようなものがあった。噴水の水は止まってしまっており、辺りには人影はなかった。

 噴水の中央だけリリカの目にもわかるほどに景色が歪んで見えた。


「これがここの時空の歪ってわけね」


 リリカは原チャリのエンジンを切って、原チャリから降りた。


「時空嵐もないようですし、引力の乱れもなさそうですね。何も害がないんでしょうか、こいつは」

「それはわからない……私たちの常識だけで判断しないほうがいい」

「ですね。この旅で私の常識は崩壊しまくりですよ」

「それはライラの常識が足りないせいもあるでしょ」

「ひどーい」


 と言いながらもライラの口元は微笑んでいた。リリカの性格を知っているからこそだった。


「さて……まずは『チェックアウト』してみるかな」


 リリカがそう呟いたとき、視界の片隅で何かが動いたような気がした。この街には生きている者はいない――、そう決めつけていたリリカは狼狽した。

「あの……?」


 その何者かが声を発したとき、思わずリリカは身構えて声の方向を見た。しかし、次の瞬間、狼狽は呆気へと変わった。


 視界の片隅に現れたのは少女だった。家と家の隙間からこちらを観察するように顔を半分だけ覗かせていた。リリカたちより何歳かは年下であろう小柄な少女だった。小学校低学年から中学年ぐらいだろうか、ボブカットほどの長さの黒い髪の細身の子だった。


「お姉さんたち……何してるの?」

 怯えの混ざったような瞳がリリカたちを見ていた。

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