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003.陰陽師、ふたり

 その日の夜――賀茂家では。


「おーい、晩飯できたぞー」


 明が晴を階段下から呼ぶ。

 数秒後、騒がしい足音を立てて彼は降りてきた。


「わあ、いい匂いだね。今日はコンソメスープかな?」

「御名答。まあ手抜きだがな。ほら手を洗ってこい」


 皿を拭きながら明が答える。すると晴が眉間にしわを寄せて呟いた。


「なんかいつも思ってたんだけど、飯のときのアキ、なんか上から目線だよな。いや、上から目線はいつものことだけどさ……それがヒートアップするっていうか」

「当たり前だろう。ごはん作りは僕の独壇場なんだから。お前の得意料理を言ってみろ、ハル」

「……カップラーメン」

 悔し紛れに返す晴を明は鼻で笑うと、続けて言った。


「ほらな。さっさと手を洗ってこい」

「ふぇーい」


 すごすごと洗面所へ向かう晴。明はそんな彼の姿を見て、小さく溜息をつく。自分とよく似た背格好の――それでいて髪色は明より少し明るくて、瞳には淡い黄色の光を宿している弟。

 特にその髪の色は、父にそっくりであった。


 重なる姿。明は呟く。


「……父さん、どこ行ったんだよ……」


 ――この双子には今、父も母も居なかった。母は双子が物心付いたときにはもう居なかったが、父は違う。二年前――晴と明が小学六年生だった頃までは普通に一緒に暮らしていたのだ。


 父の作るご飯はとても美味しく、そして彼は双子に優しさと厳しさの両方を持って接した。母は居なくとも三人で楽しく生きていたのだ――確かに、この家で。


 それはとても幸せな毎日だった。なのに晴と明の父は二年前のある日、突然姿を消した。何のメッセージも痕跡もなく、存在していたことすら消して、この家から居なくなっていた。


 当時、中学に入学したばかりだった双子は、ただただ戸惑うことしかできなかった――それ以来、家事全般は二人で分担してやってきた。その中で料理担当を継いだのが明だったのだ。


「いっただっきまーす」


 手を洗って戻ってきた晴が、手を合わせて食べ始める。

「うわ、美味そ。……ほんほうまひわ」

「食べながら喋るな」 

「あい」


 しばらく二人は無言でスープを飲む。明もその味に、思わず笑みが溢れる。

「作ったの僕だけど、美味しいわ」

「自画自賛」

「美味しいんだからしょうがない」


 さすが父さんだわ、と明。晴が首を傾げた。


「え、父さん?」

「うん。このスープのレシピは父さん直伝なんだ」

「そっか……あ、そういえばさ」


 無理やり話を変える晴。二年ほど経ったとは言え、弟の心にはまだ傷が残っているらしい。明もこれを咎めない。何故なら彼も一緒だったから。

 これ以上過去を引きずりたくないのは同じだった。



「今日の来た転入生の話だけど」

 明は頷く。

「天乃三笠と言ったか」

「うん、そう、ミカサ。

 やっぱりね、俺思うんだ。彼女、声がいいよ」


 今日、晴と明のクラスに来た転入生。少し緊張した素振りを見せてやって来た彼女に、晴はいきなり「声が綺麗だね」と声をかけた。――その意図は、すなわち。


「それは僕も思ってたんだ」

「やっぱりか」


 そう、やはりあの声は。

 あの、鈴がなるような声には。


 天乃三笠の声には。


「間違いなく魔除けの力がある」

「それも強力な、ね」


 二人で目を合わせて頷く。


「僕たちの『陰陽師業』、手伝ってもらうのはどうだろうか」



 ◇◆◇


 双子は、とあるをしていた。それは『陰陽師』――この世に跋扈する悪霊『呪い』を『祓う』役割を担っていたのだ。


 普通の人では気づかない、世の中の闇を纏った生命体。それを陰陽師たちは『呪鬼じゅき』と呼ぶ。それらをこの世から消滅させるべく、昔から少数の人間が『陰陽師』として暗躍していたのだった。


 彼らの活躍が表に出ることは、ほとんどない。しかし、この世の安泰は彼らが支えていると言って過言ではない――。



 これは、その『陰陽師』として夜を駆け抜ける双子の物語――否。


 彼らとともに『呪鬼退治』をすることとなった、魔除けの声の使い手――『除の声主』の少女・天乃三笠の物語である。

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