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27.結界展開・天の原

「だって私も――――『陰陽師』なんだから!」


 爽やかな綺麗な声。呪鬼のヒメカにとっては、耳を塞ぎたくなるような、正しすぎる声。


 彼女は三笠の変化に驚いていた。さっきまで舞桜の影に隠れていて、霧花を人質に取られたときも動けなかったのに、なぜ。

 ヒメカの頭に、とある二文字が浮かんだ。


――――“仲間”


 そう、仲間の存在だ。あの赤髪と眼鏡の陰陽師がヒメカの呪詛結界を破ったから。除の声主のお姉さんを、助けに来たから。あの時からすでに、彼女の計画の歯車は狂い始めていたのだ。


 本当なら、もうとっくのとうに『除の声主』を殺して、その友達は呪鬼に仕立て上げて――――災の芽を、摘み取れていたはずなのに。


〈ヒメカの計画を……よくも崩してくれたわね、お姉さん〉


 ヒメカは怒りを、もう隠そうともしない。


〈呪い殺してやる――――!〉






 早乙女ヒメカの髪が逆立つ。


 その間も三笠の結界は展開され続けている。


 空には月が浮かんでいて、その光に照らされた大海原があたりに広がる。波の音が心地よい。まるで神々が住んでいそうな、幻想的な風景――――古の人が『天の原』と形容したのも頷ける、三笠の専用結界には、そんな美しさがあった。


「ヒメカちゃん」


 怒りを爆発させるヒメカに、三笠は優しく語りかける。


「私と舞桜くんと……眼鏡のお兄さん、三対一なのは不公平だってわかってる。ヒメカちゃんにだって、呪鬼としての目的があるのもわかってる。だけどね」


 ヒメカの呪詛結界『独裁王国』の中に展開された天乃三笠の和歌呪法結界――『天の原』。その中に、三笠の声が響き渡る。


「キリカを……私の大事な友達を、傷つけたことは、絶対に許さないんだから!」


 三笠は御札を再度掲げ、術式を唱えだした。


『和歌呪法・天の原 ふりさけ見れば 春日なる』


 爽やかな緑色に、彼女の御札が染まっていく。

 今の三笠は、覚醒状態にあった。まだ経験の浅い陰陽師である彼女は、アキ曰く「まだ和歌呪法も一人前に使えない」――しかし、舞桜が戦線離脱し、俊佑もその対応に追われている今の切迫した状況が……彼女の潜在能力を引き出したのだった。


『三笠の山に いでし月かも――!』


 ハルやアキがいつもやっているように。


 三笠はヒメカに急接近し、その御札を彼女の身体に貼り付けようとするが……


〈お姉さん、甘いよ〉


「えっ?」


 三笠とヒメカの目が合った――次の瞬間、三笠ははるか後方に弾き飛ばされていた。面白いくらいに遠くにぶっ飛んだ三笠は、何が起こったのか分かっていなかった。気づけば、背中を呪詛結界の壁に強打していたのだ。


「……え?」


 目を見開いて固まっていると、また次の攻撃が飛んできた。赤黒い刃の形をした呪いが、三笠のすぐ目の前に。


「……っ!」


 間一髪で上半身をかがめ、その斬撃を避ける。


〈お姉さん、よく避けたね。さすが『除の声主』〉


 ヒメカが軽く手をたたきながら、こちらに歩を進めてくる。


〈でも、お姉さんじゃヒメカに勝てない。それは、わかってるよね?〉


 そう――早乙女ヒメカの強さは、三笠が今まで相対してきた呪鬼たちとは別格だ。呪いを具現化した刃による遠距離攻撃、そのスピード、そして頭の回転の良さ。自身の呪鬼術の特性を理解しているため、戦いにおいての判断が的確。


 三笠は、ヒメカのその強さを、身をもって感じていた。それと同時に気づいていたのだ。「自分の和歌呪法では、ヒメカの呪鬼術に対抗できない」と。


 だけど私には。


「ヒメカちゃん、すごいねその呪鬼術。本当にきれいだし、怖いよ」


 私には――――「声」がある。


「誰かに教えてもらったの?それとも独学?」


 三笠はそこまで一息で言い切ると、ヒメカの出方を伺った。『除の声主』の声はその場に響かせるだけでいい……いつか、ハルがそう言っていた。だから三笠は「喋った」のだ。内容なんかどうでもいい。ヒメカは強いが、彼女もやはり呪鬼。三笠の声を聞き続けることによって、動きが鈍るはず……。




 なのにどうして。




〈だからさ、お姉さん〉


 ヒメカの瞳に不快な色が浮かんだ。


〈甘いって言ってんじゃん。気づいてなかったの?ヒメカが”お姉さんの声を見越して動いてる”ってこと〉


「ど、どういうこと……?」


 私の声を、見越して動いてる?


〈だからさー、お姉さんは『除の声主』で、その声を聞いたらヒメカの動きが鈍るのね、ここまではわかるでしょ?〉


 ヒメカは三笠に蔑んだまなざしを向けながら、淡々と語る。


〈でもさ、それをヒメカも知ってるわけ。だから、ヒメカはそうならないように、動いてるの。……お姉さんが、喋りそうになったら、その前に体を動かしておくんだよ。例えば左に一歩進みたいとするじゃん?〉


 ヒメカの口調がだんだんと勝ち誇ったようになっていく。


〈そしたらね、お姉さんが話し出そうとする前に、足を左方向に出しておくの。そうすれば、ヒメカが左に一歩行っている途中でお姉さんの声が聞こえる。つまりその瞬間は動きが遅くなる……でも、前に早く動き出しているわけだから、その部分とプラスマイナス相殺されて、結局動作のスピードは変わらないってわけ〉


「私の声の前に、動き出してスピードを鈍らせないようにしている……それってつまり」


 ――――私の声が、貴女には効かないということ……?


 三笠の問いに、ヒメカは笑顔で頷いた。


〈そういうこと!だからお姉さんはヒメカに勝てないんだよ!実力勝負じゃ、ヒメカの方が上だからね〉


「う、そ……それじゃあ、私はどうすればいいの……?」


〈こうすればいいんだよ〉

 ヒメカの両手が印を結んだ。

〈おとなしくヒメカに捕まって、殺されればいいの〉


〈『呪詛結界・独裁王国』〉


 みるみるうちに、ヒメカの呪力が三笠の結界を内側から破り始める。

 三笠の歌――阿倍仲麻呂が遠い昔に歌った『天の原』の歌が、それを模した術式結界が。


 早乙女ヒメカの生み出す闇によって、破壊されていく。


「わ、私の結界……」


 三笠はもう一度御札を握りしめて必死に術式を唱えるが……


「どうして、どうして私の結界が展開されないの……?」


 何度、和歌呪法を唱えてもヒメカの呪鬼術に退けられてしまうのだ。三笠の生み出す緑色の光も、輝いては消え、輝いては消え、を繰り返す。



〈どうしてお姉さんの結界が展開されないか……?そんなの決まってるよね〉


 ヒメカの赤い唇が、ニィッとつりあがった。


〈ヒメカのほうが、強いから〉











 三笠の頭に、ある四文字熟語が浮かんだ。

 ――――――『絶体絶命』。














「……ほんとに?」









 見覚えのあるシチュエーションが今。


 三笠の目の前で、起ころうとしている。










『和歌呪法・しのぶれど』


 待ち焦がれていたあの赤い光が、三笠の目に映った。





「ミカサちゃん……、ここまで繋いでくれて、ありがとう」


 あとは俺に、任せとけ。


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