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067.変化

 フブキとハルとアキによる奇襲――これが功を奏した。華白は戦線を離脱し後方へ跳び、いっときの休息を取る。


(フブキさんの呪法と、晴と明の共技……ありがたい。これで体力回復できる)


 華白はボロボロになってしまった自身の黒マントに視線を落とす。流石は北羅銀――大呪四天王『玄武』。『流』の中でも実力がある華白でさえ、正直押され気味だった。


(このマントは帰ったら繕わないと。それと、わたしの薙刀は何処へ……?)


 北羅と戦っているうちに消してしまったのだろうか、華白の手に握られていた筈の彼女の薙刀は、何処かへいってしまったようだ。


(まあいい。所詮術式だからいくらでも生成できる)


 そう彼女が思うと同時に――出現する紫色の薙刀。手首を返して、その長い刃先を前方へ向ける。フブキたちがキツくなってきたら、いつでも代われる姿勢だ。夜鑑華白は再び顔を上げ、少し先で行われている戦闘を視界に映した。


(絶対に、この“六人”で勝つ)


 千葉県『流』は決意を固める――。



 *



 一方、華白に代わって北羅と相対したフブキ、ハル、アキの三人は人数の利を武器に戦いを優位に進めようとしていた。


「北羅銀! 今度はアタシたちが相手だよ!」 


 フブキの美しい声が、北羅を挑発する。


「“少数精鋭”のアタシたち相手に、アンタは何分持つかな?」


 それを聞いた北羅は、ニィッと口角をあげる。


〈 ボクを馬鹿にしないほうがいい。何分持つかな、はキミたちへの質問だよ。こっちこそ聞くよ――キミたちは四天王相手に何分……いや、何秒持つかな? 〉


 爆発音と共に北羅の術式が炸裂した。稲妻のような軌道を描いて走る呪鬼の攻撃の帯は、ハルが放った攻撃を裂いた。そしてそのまま、ハルの身体を狙う――が。


「何秒もつか? それは分からない」


〈 ……っ! 〉


 水色の淡い光が北羅の視界を覆う。同時にハルに向かっていた攻撃を、その輝きが消し去った。


「だが、お前が潰れるまでは僕たちも戦える。いや、戦う。これは決定事項だ」


 その言葉の主――アキは御札を振りかざして詠う。


「『和歌呪法・白露に』

 ――四天王だからって調子に乗るな、ガキが」


 秋の野に舞う露がちらちらと光りながら、アキの和歌呪法が北羅の呪鬼術を退けた。


「いや、ガキって言ったら俺たちもだろ」 

 珍しく冷静なハルのツッコミは、

「僕に助けられた身で文句言うな。今度から見捨てるぞ」

「それはやめてください、お兄様」

 アキの脅しに一蹴された。そのとき二人の耳に届く、フブキの声。


「おい! 兄弟喧嘩してないで早く片を付けるぞ」

「「はい!」」


 何故か返事は完璧に揃う双子。その様子にフブキは苦笑する。そのまま彼女は、その銀色の双眸を北羅に向けた。


『巴呪法・氷雪槍(ひょうせつそう)』


 フブキは舞台の床を蹴り上げ、空中に舞う。北羅もそれを見てフブキに向かって呪いを放とうとするが――『巴』のほうが僅かに速かった。


「ほら、遅いぞ!」


 北羅に降り注ぐは、氷の様な見た目をした短槍。それが何十本、何百本と凄い速さで地上に突き刺さっては消えていく。ほんの刹那、出遅れた北羅は攻撃を出す間もなく氷の槍の餌食になる。


〈 ……くそっ 〉


 形の良いその目が、忌々しげに細められた。


〈『四天王術・水刻天蓋(すいこくてんがい』〉


 北羅が片手を振り、一瞬にして自身を包む天蓋をつくる。しかしフブキの想いが込められた氷の術式のほうが遥かに強かった――。


〈 ……っ! 〉 


 北羅が悶えた。破られた闇のバリアの下、中華服姿の少年呪鬼の身体には何本もの氷が貫通している。


〈 痛、い…… 〉


 北羅の傷口から吹き出す、呪鬼特有の緑色の血。その飛沫は神社の舞台を派手に汚し――痛みに耐えられなくなったのか、呪鬼の少年は膝をカクッと折って床に手をついた。 


〈 いや、だ……痛、い、よ…… 〉


 沈黙が訪れる。 



 *



「やった? やったか?」


 静かになった戦場で、夜条が声を上ずらせた。先程から、華白とフブキ、ハル、アキの四人によって繰り広げられていた激しい戦闘――北羅との戦い。その勢いによって巻き起こる土埃で、少し離れたところに待機していた夜条、そして彼とともに居る三笠には、戦いの様子が詳細に分からなかったのだ。


「……終わった、んですかね」


 三笠が首を傾げる。夜条も同じように首を傾けながら答えた。


「わからない。でも、その前に氷室さんの術式の輝きが見えたし、それで北羅の攻撃が止まったってことは……」

「フブキさんが勝った可能性があるってことですね」

「だといいけど……」 


 不安そうな眼差しで、土埃の向こうに目をやる夜条と三笠。未だ沈黙は続いている。







(勝った、か……?)


 華白もまた同じく、戦闘の方向を凝視して成り行きを見守っていた。フブキが『巴呪法』を唱える声が聞こえ、その後に北羅の叫びが聞こえた――気がする。それでこの沈黙だ。 


 もしかすると。

 ひょっとして。


(北羅を滅した……?) 








 ――しかし。






〈 フブキさぁ……、こんな攻撃で、ボクが消えると思ったの? 〉





 戦いは未だ、終わっていなかった。 






「嘘だろ、まだ生きてんのかよ」

「完全に『呪鬼滅殺』を行っていなかったからか?」


 ハルとアキが驚きの声をあげる。フブキも、舞う埃の向こうに目を凝らし、北羅の言葉に耳を澄ませていた。


〈 甘いんだよ、甘い。まさかキミ一人だけの術式で、千年生きているボクを殺せるとでも、思ったのかな? はっきり言うよ。それは馬鹿だ 〉



 土煙が段々と晴れていく。フブキの氷がすべて消え去った空間の中で、六人の陰陽師が目にしたのは――氷の槍に貫かれながらも、舞台の床を踏みしめて立つ呪鬼の姿。



〈 キミたちでは、ボクに勝てないんだよ 〉



 一音一音ハッキリと発音し、此方を揶揄するように嗤う北羅銀。その赤い唇が三日月を描き……次の瞬間、呪鬼の背中が痙攣し始めた。



〈 ちょっとボクも疲れてきちゃったからさ、早くキミたちを“片付けて”安らかな休息を取ることにするよ。


 ――『四天王術・水銀龍』〉



 地面が、揺れた。地鳴りのような轟音が響き、北羅の身体の周りにはより濃い闇が漂い出す。そしてその闇は北羅の震える四肢を包み込んで膨張し……次第に形を変え始めた。


 とぷん、と北羅銀の全身が闇に溶ける。そして彼を呑み込んだ漆黒はあっという間に細長くなり、宙に浮いた。それは、とある伝説上の生き物の形を成していた。



「ここで変化(へんげ)かよ……」


 アキが小さく舌打ちする。少し離れたところの三笠も、その生き物の名称を呟いた。


「龍……」


 そう――大呪四天王『玄武』・北羅銀は、彼自身の術式によって人型から龍へと形を変えたのだった。


「嘘だろ、闇の塊でも人型でもない呪鬼なんて」

 ハルが目を見開いたまま言う。

「俺、見たことないぜ」

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