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066.『巴』氷室雪吹

『和歌呪法・夜をこめて!』


 夜条蒼空の術式が弾け、アオゲサが全て滅せられた。量産されていた操り人形だったが、『流』と『巴』がその根源であった北羅の術式自体を破壊したのだ。


「夜条っ、本体の方に向かうぞ!」

「了解です、氷室さん」


 舞台の床を蹴り、瞬間で移動するフブキと夜条。その間、三笠も賀茂兄弟を狙おうとしたアオゲサを倒し終えた。


『呪鬼滅殺!』


 三笠の和歌呪法が響き渡り、音もなくアオゲサが消え去っていく。それを見やった後、次の敵へと備えた彼女のもとに届く声。


「天乃さん!」

「夜条先輩!?」


 三笠の隣に降り立ったのは、夜条だった。その形の良い目が優しく細められる。


「大丈夫だったみたいだね」

「あ、はい、おかげさまで。私が相手していたのはアオゲサの方だけだったので」

「アオゲサ?」

「はい、あの操り人形の名前です。肌が青くて、袈裟着てるから」

「へぇ、あいつに名前あったんだ」


 夜条が小さく吹き出す。その単純な名前が妙に可笑しかったのだろう。三笠だって、その名前を付けたのが今戦っている北羅銀なのだと考えたら笑ってしまう。


(大呪四天王『玄武』のネーミングセンス、ね……)


 しかし今は笑っている場合ではない。

 慌てて真面目な顔に戻る夜条と三笠。


「あ、そう、それで、傀儡を生み出す術式自体は氷室さんが祓ってくれたから大丈夫になったよ」

「つまりもうアオゲサは来ないってことでいいんですか?」

「うん。とりあえず本体の方に向かおうって話になってる」

「了解です! 夜条先輩、頑張りましょう!」


 元気よく返事をする三笠――夜条はその横顔をチラリと見る。三ヶ月前、陰陽師として守りきることのできなかった後輩。突然現れた大呪四天王『朱雀』に対応が遅れて多くの犠牲者を出してしまったあの出来事。


 その被害者の一人であった彼女が今――自分のとなりで、今度は同じ「陰陽師」という立場で戦っている。そのことが不思議であり、同時に心配でもあり、だがしかし少し嬉しくもあった。


(こんな命がけの世界に天乃さんを連れ込んだこと……賀茂兄弟は未だ許せない。それでも俺はこうして天乃さんの側に居られることが――居て良いんだってことが、嬉しい)


 十五歳の新潟県『流』は、ほんの少しだけ口元を綻ばせる。そしてその青い目は正面の悪き敵を捉えて煌めいた。


「天乃さん、俺と北羅の左に回ろう」

「はい!」


 三笠も御札をギュッと握りしめた。







「ハル、いけるか?」

「ああ、準備万端だ」


 その頃――双子の「共技」の準備を終えたハルとアキは、その攻撃を放つ機会を狙っていた。二人の視線の先では、華白が北羅の猛攻を全て避けきっているところだ。交錯する紫色の炎と、呪鬼術の闇。


「華白さん、大丈夫かな」


 少し離れた此処からでも見えるほど、華白の黒マントは破れてボロボロになっていた。ただ単に衣服だけがダメージを受けているのか、それとも華白自身もキツくなってきているのかは分からなかったが――ここで下手に平陰陽師が首を突っ込むと、足を引っ張ってしまうかもしれない。


 そう思うと、共技の準備は出来ていてもなかなか二人は飛び出せずにいた。


「そろそろ奇襲かけたほうがいいかな」

「……だが、華白さんの表情が見えない。あと形勢も」


 そう、流石は四天王と『流』。戦いのスピードが異次元なのだ。アキたちには紫の稲妻が移動していくのを目で追うのがやっとで、彼女の表情と戦いの形勢が正確に読み取れないのである。


「だけどこのままじゃ」

「分かってる……だが足手まといになってしまったら」

「そう、だよね」


 黙り込むハルとアキ。祈るような目線で華白と北羅の戦いを見守る――そのとき。


「メガネと茶髪!」


 冷たく鋭い声が背後から聞こえた。名前を呼ばず、アキのことをメガネ、ハルのことを茶髪と呼んだ彼女の名は。


「フブキさん!」


 サイドテールにまとめた髪をたなびかせながら此方に跳んでくる氷室雪吹だった。狩衣の白い袖がひらりと舞い、フブキの通った後にはかすかに氷の煌めきが散る。


「お前ら此処でなにやってんだ」

「奇襲の準備をしてたんですけど……」


 フブキの問いに、ハルが辿々しく答える。


「華白さんが一人で戦ってて、俺らどのタイミングで入るべきか分からなくて」


 フブキの鋭い眼光がハルの指差した先へと向く。フブキの脳内に流れ込む状況、そして瞬きの間にそれを分析して最適解を弾き出す。


「分かった、状況は把握した。お前ら、アタシと一緒に飛び出してこい。そして共技で背後から、アタシの巴呪法で前面から、北羅をぶっ叩く。いいな?」


 迅速な決断、迷いのない彼女の言葉に双子は驚きつつも尊敬の念を込めて返事をした。


「「はい」」


 フブキはじっと華白と北羅の戦闘を見つめた。華白の攻撃の後、一瞬の隙を突いて飛び出す作戦だ。そのためには相手の観察が必要不可欠――。


 その瞬間、フブキの頭に一つの考えが浮かんだ。


(待てよ――夜鑑を囮にして、殺されかけたところでアタシたちが飛び出していけば確実だ。四天王って言ったって、流石に人を呪い殺す時は注意が疎かになる……いや、違う)


 フブキはその考えをすぐに打ち消した。


(アタシは『巴』――。琴白星哉と古闇真白と共に認められた「最強の陰陽師」の一人)


 フブキはそっと自分に言い聞かせる。


(何を以て『巴』とするのか。強い呪鬼を単に倒せるのが『巴』なんじゃない。


 ――「誰も死なせない」で敵を祓う、それが巴。死なないで勝つのがアタシたちの戦い方なんだ)


 彼女はもう、二年前の彼女ではなかった。北羅に揶揄された、意志の弱いフブキではない。優柔不断でリーダーシップもろくに持っていなかった、あの時の『巴』ではないのだ。


「フブキさん、かっけぇ……」

「ハル、絶対に氷室さんに遅れを取らないようにするぞ」


 皆から畏れられ、敬われ、時には才能と努力を妬まれることもありながら――それでも『祓』の上に立ち、皆を引っ張り続ける圧倒的リーダーの一人。側に居てくれるだけで勇気が出てくるような、頼れる陰陽師。


 それが、氷室雪吹。

 最強の陰陽師『巴』の一人。


 フブキの銀色の瞳が、華白の攻撃の区切れ目を捉えた。ほんの一瞬だけ中断される戦闘――その刹那の瞬間を見越して彼女は動いた。空中に躍り出る三つの人影。完全なる外部からの奇襲が今、北羅に降り注ぐ。



『巴呪法・氷柱雨(つららあめ)』


『九字印除霊法――臨兵闘者皆陣烈在前!』


 銀色の閃光と、淡い黄色と水色の光が炸裂する――。

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