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065.共闘

 最初に動いたのは陰陽師側だった。タンッと地を蹴り飛び出す二つの人影。一人は夜条蒼空、もう一方は夜鑑華白である。流石は『流』――十分なコミュニケーションを取らずとも、息ぴったりの動きだ。


「蒼空、回れ!」


 華白が指示を出すと夜条は素早く方向転換し、北羅の背後に回る。正面からは華白、背後からは夜条。そして――


『和歌呪法・かささぎの』


 頭上からはフブキ。青色のサイドテールをたなびかせながら『巴』は宙を舞う。三方向からの攻撃に北羅は舌打ちした。


〈 ボク、数的に不利じゃない?まあいいけどさ。


 『呪鬼術・北羅伝――傀儡ノ巻』〉



 マネキンや神官を操っていたときと同じ術式を唱える北羅。彼の呪言と共に一瞬にして生成されたのは人形の操り人形だった。


「くそっ、まじかよ」


 薙刀を振り上げていた華白、御札をかざしていた夜条とフブキの前に立ちはだかる三体の操り人形。これで三方向を同時に庇えることになった。


「蒼空、どうする」

「とりあえず傀儡を滅しましょう!」

「了解」


 『巴』と『流』からの攻撃が操り人形を滅する。しかし同時に北羅銀は次の人形を作り出していた。


〈 ボクの術式は無限だよ、どうするのかな? 〉


 三人の陰陽師と傀儡の攻防が続く――その様子を、目を見開いて見ている三人組が居た。ハル、アキ、ミカサである。


「え、待って……あの操り人形って」

「間違いない、あいつは」


 そう、中学生の三人が驚いていたのは北羅が操っている人形の姿だった。例の傀儡は奇妙ななりをしていたのだ――青い肌に、寺の僧が着るような袈裟を纏った男の姿……。


「アオ、ゲサ……?」


 三笠がその名を呟いた。彼女が陰陽師としての初任務――桜咲舞花と出会ったあの時――の際、滅した呪鬼。それがアオゲサだ。そいつが今、北羅の術式によって現れ、彼を守るように華白たちを相手に闘っているのである。


「なんでアイツが……俺たちがやっつけたはずじゃないか」


 ハルがぼそりと呟く。するとアキが眼鏡のフレームに手を当てながら答えた。


「北羅の術式によって生まれている……ってことは、僕らが倒したアイツも、そのうちの一体だったかもしれないってことか?」

「北羅のとこから独立して人語獲得しました☆みたいな」

「もしかしたらあいつは、アオゲサの中でも優秀なアオゲサだったのかもしれんな」

「いや謎すぎ」


 肩を揺らして笑うハル。その瞬間、三笠の頭にはある記憶が蘇ってきた。初任務のときのアオゲサの言葉――。


〈オレの名は『アオゲサ』。或る御方にお仕えしている、呪鬼の一人だ〉


〈そしたらこっちも『仕事』なんだけどな。或る御方から頼まれて、『呪鬼』を増やす仕事をしてるんだが〉


〈単純な名前だと、思っちゃあいけない。なんせ『或る御方』がオレのためだけに付けてくださった名前なのだからな〉



 あのとき、アオゲサが繰り返し言っていた「或る御方」という存在。そのヒントは、三笠が直接聞いたときの彼の答えにもあった。


〈……それは、ホク……おおっと。あぶねえ。言わねえよ〉

「ホク、から始まるお名前の方なんですね?」

〈だから言わねえって言ってるだろ、バカ娘〉



 ホク、から始まる名前で、アオゲサの慕う呪鬼。慕うという言い方が正しいのかは分からないけれど、おそらく上司的な存在。あのときは何も分からなかったからスルーしていたけど、今ならわかる。


 ホク、は『北』だ。


 アオゲサをつくった呪鬼の名前は、北羅銀。


 今まさに彼の術式によってアオゲサが大量生産されているのだ。それらが、フブキたちの攻撃を妨げている。


〈 あーはははは、いくら滅してもムダだよ 〉


 北羅の双眸に意地悪い光が浮かぶ。その周りではフブキたちが必死にアオゲサたちを祓っているが、大呪四天王の術式は尽きない。滅しても滅しても、また次の傀儡が襲ってくるため、誰もそれ以上北羅に近づくことが出来ない。


〈 じゃーぁ、ボクの術式くんたちが頑張ってくれてる間に……っと 〉


 北羅が目にも止まらぬ速さで動いた――その先は、巴たちによる三重攻撃の及ばぬところ――三笠たち三人の居るところである。


〈 あはっ、弱い子たち見ーっけ! 〉


 直ぐ側で北羅の声がした。反射で御札を振り回す。緑色の光が散り一陣の風が吹いた……が、案の定手応えは無い。


 ハルとアキも明らかに“その気配”が近づいてきたことを悟ったが、咄嗟には動けなかった。


〈 ボクさ、戦うの好きなんだけど、でもフブキみたいな強い奴らとはあんまし戦いたくないんだよね〉


 瞬間移動でハルの眼の前に現れる北羅銀。


「……くっ」


 ハルが後方へ跳び、和歌呪法を使役しようとするが北羅の攻撃のほうが速い。


『北羅伝――蛇紋玄武拳』


 呪鬼が拳法の構えを取った……刹那、繰り出される素手の斬撃。風を斬り裂く連続音。ハルはそれを感覚で避けることしかできない。


〈 わかるかな、快楽殺人じゃないけどさ。


 お前らみたいな弱いやつをいたぶるのが、だーいすきなわけ。道端に生えてる雑草みたいにさ、面白いくらいに潰されていくんだよ、弱者って〉


「ハル……!」


 アキが助けに入ろうとするが、北羅のスピードに何もすることができない。ハルはただ、北羅の手を躱すのに必死で周りが見えていない。









 彼らとは少し離れたところで接近戦を繰り広げるフブキ、華白、夜条。


『呪鬼滅殺!』


 華白が薙刀を振り回し、傀儡を蹴散らす。一瞬アオゲサたちの攻撃が止む――その隙に彼女の紫色の瞳が、ハルのピンチを捉えた。


「晴……!」



 素早く踵を返し、黒いマントを翻しながら跳躍する夜鑑華白。空中を舞いながら薙刀の切っ先を北羅に定める。


『和歌呪法・瀬をはやみ!』


 華白の和歌が生み出す漆黒。それが北羅とハルのほんの少しの隙間を狙って旋回する。


「晴っ、下がってろ……!」

「華白さん……、ありがとうございます!」


 ハルが北羅から離れるとともに、華白は地上に降り立った。あからさまに不愉快な色を浮かべて舌打ちする『玄武』。


〈 ちぇ、せっかく弱いやつ一人目を殺せるトコだったのに 〉


「三笠も明も晴も、わたしの大事な千葉の仲間なんだ――絶対に殺させない」


 その言葉が終わるとともに、華白の『紫雲ノ薙刀』が北羅に向かって突き出された。瞬時に呪の塊を生成してそれを受け止める。鈍い金属のような音を立てて拮抗する二つの力。


「……絶対に、勝つ」

〈 それは此方の台詞だよ 〉


 太陽が完全に沈み、暗くなった舞台に散る紫色の花びらと北羅の術式の炎。しかし四天王相手に『流』一人では、いずれ体力の限界が来てしまったときに辛くなる。


 そう判断した賀茂家当主――アキは、相棒である弟に目配せした。


「行くぞ」

「了解」


 それだけの会話で成立する作戦。さすがは双子――北羅の背後に回り込み、ハルとアキはそれぞれの御札を重ね合わせる。


『九字印除霊法』


 賀茂双子が術式を組み立てている、その背後を狙うは夜条とフブキの猛攻から逃れた一体のアオゲサ。しかし三笠はその存在を、いち早く察知した。


(……アキとハルの邪魔はさせない!)


 少女は跳ぶ。


『和歌呪法・天の原 振りさけ見れば 春日なる』


 アオゲサの目の前で弾ける閃光。六月の頃とは格段に動きの速くなった三笠が、傀儡に急接近する。


「あのときのアオゲサさんとは違うと思うけど……一応、言っとくね。私だって、強くなったんだから!


 ――『呪鬼滅殺』」


 アオゲサの蹴りをかわした三笠。彼女の御札が傀儡の青い肌に貼り付けられる。途端に崩れるアオゲサの身体。


(よかった……ハルとアキが術式を準備し終えるまでは私が守らなきゃ)




 北羅と一対一の攻防を繰り広げる華白。

 それを援護するため共技を組み立てる賀茂双子。

 ハルとアキを守る三笠。

 傀儡が本体の方へ向かわないよう、彼らを相手に戦うフブキと夜条。


 戦う相手は違えども、誰かが誰かのために戦っている。生身の人間である私たちが、命をかけて悪鬼に立ち向かっている――まさに「共闘」。


 どんなに強くたって、どんなに怖くたって。


 逃げ出したほうが負けなんだ。


 人を助けるのに理由なんていらない。ただ私たちは――「陰陽師」は、皆を守るために戦ってきたんだ。今までも、これからも、この先もずっと。



「アタシたちにいい風が吹いてきているよ」

 フブキが叫んだ。

「このまま押し切る! 行くぞ!」



――呪鬼を全て滅するまでは、絶対に退かない。それが『陰陽師』――。

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