目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

064.反撃開始

 ――その次の瞬間だった。


『和歌呪法・瀬をはやみ』


 アキと三笠の居る呪詛空間の壁の向こうから、聞き慣れた声がした。直後、何かを斬り裂く音と共に、闇の中に一筋の光が差し込む。


「……壁が、破れた?」


 新たな敵襲か、とアキが身構えたその時。


「明! 三笠! 無事か!?」


 斬り裂かれた呪詛空間の隙間から、紫色の瞳を持つあの人の姿が見えた。そのまま彼女は和歌呪法を強化し、一気に北羅の監獄を打ち破る。


 スローモーション映像を見ているようだった。彼女――夜鑑華白が呪詛空間を破壊するとともに、座り込んでいた床をなくした三笠とアキは舞台へと落下する。下では、夜条蒼空と賀茂晴が待っていて二人をそれぞれ受け止めた。


「……夜条、先輩」

「ハル」


 三笠とアキが二人の名を呼ぶ。遅れて着地した華白も駆け寄り、五人で互いの無事を確認する。


「よかった……、舞台に着いてみたら大きな呪いの塊があって人の気配がしたから、もう手遅れかと思ったけど……っ!」


 ハルがまくしたてるように言う。


「ミカサとアキが無事でよかった……!」


 夜条と華白も顔を見合わせて微笑んだ。


「間に合ったみたいですね」

「ああ、安心した」


 反対に、アキと三笠からも三人に尋ねる。


「夜条先輩は最初にはぐれてしまいましたけど……マネキン、大丈夫だったんですか!?」

「もちろん。天乃さん、俺はこれでも『流』だよ?」


 おどけて見せる夜条の姿に、ハルがケッとそっぽを向く。アキはその様子を苦笑いしながら見つつ、華白のほうに向き直った。


「華白さん……あの、神官の操られていた方は」

「そちらも問題ない。ハルが傷を負ったが、陰陽療呪法で治した」


「あとは……『玄武』の術式に少々惑わされたけどね」

 ハルが目を伏せる。

「だけど、どうにか舞台まで来れたぜ。合流できて本当によかった」


 合流――そうだ。北羅の思惑は、三笠たち六人をバラバラにすること。そのためにたくさんの操り人形を駆使し、時間を操りまでもした。だが彼らはそれを打ち破って此処まで来たのだ。


 絆は奇跡をも起こす。




「あ、フブキさんは……」


 三笠が辺りを見渡したそのとき、それを待っていたかのようなタイミングで、彼女が此方へ跳んできた。どうやら北羅との接近戦で、一旦距離をおいたところらしい。


「氷室さん!」


 夜条蒼空が『巴』の名を呼ぶ。彼女が素早く振り向いた――その瞳が、ほんの少しだけ見開かれる。


「全員揃いました」


 ザッと、五人の陰陽師が横に並ぶ。


 青に染まった御札を構える夜条蒼空。

 淡い黄色の御札を取り出す賀茂晴。

 紫炎揺らめく薙刀を持つ夜鑑華白。

 和歌呪法を小さく唱える賀茂明。

 深緑色の目を持つ『除の声主』天乃三笠。


 そして青い髪と銀色の瞳の――

 我らが『巴』氷室雪吹。


「無事、だったのか……」


 フブキが小さく呟く。彼女の纏う狩衣は、北羅との戦いであちこち裂けて擦り切れている。この舞台で、アキと三笠が閉じ込められている間――ずっと単独で戦っていたのだ。大呪四天王相手に肉弾戦を繰り広げられるのは、『巴』であるフブキの強さと言ってもよい。


 舞台に海からの夜風が吹く。


 つかの間の再会を喜び合う陰陽師たちの耳に、コツコツという足音が届いた――北羅銀が、舞い散る木片の埃の中から姿を現したのだ。


「……来た」


 フブキが再び身構える。後に控える五人にも緊張が走った。しばらくすると、北羅の全身が浮かび上がってきた。


〈 あれ 〉


 呪鬼が驚いたような声を上げる。


〈 なんか増えてる 〉


 華白と夜条、そしてハルもまた――目を見開いていた。


「子供の姿……」

「あれが北羅銀なのか!」

「俺たちとそう変わらない見た目してんじゃねーか」


 驚くのも無理はない。この子供が四天王の一人だと言うのだから……だが侮ると命取りになる。呪鬼に見た目なんて関係ない。変えようと思えば、外観なんて自在に変幻させることができるのだ。


 姿は子供――しかしその中身は、快楽殺人鬼の素質を兼ね備えた千年以上生きてきた人外の存在。


 そして、倒すべき最凶の呪鬼。


〈 思ったより早かった……な 〉


 北羅が笑う。


〈 だけど何人で来ても変わらないよ。ボクがお前ら全員殺して終わるんだ。先に言っておこうか、さよなら、と 〉


 肩を大げさに揺らす北羅に、フブキが吐き捨てるように言葉を放った。


「さよなら? それはこちらのセリフだよ」


 絶対にコイツはアタシが――いや、アタシたちが今日、この舞台で倒すんだ。


「全員、結界展開準備」


 フブキが指示を出した。作戦を事前に示し合わせていたわけではない。だが、自然と六人の動きは揃った。まず北羅を結界で不利な位置に立たせようとしているフブキの思考も、手に取るように伝わってきた。


 ――これが、側に居るということ。


 となりに仲間が居るだけで、人は自分でも信じられないくらい大きな力を出せることがあるのだ。



 最初に、フブキが和歌を唱えた。空気が冷たく張り詰め、彼女の結界『鵲霜橋』が強化される。それに続いて次々に結界を展開する陰陽師たち。


『結界展開・逢坂の関』


『結界展開・春の日』


『結界展開・崇徳ノ呪』


『結界展開・秋の野』


『結界展開・天の原』


 蒼と黄と黒と水色と緑の眩い光が混じり合い、それぞれの結界が重なって展開されていく。厳島神社の平舞台に現れる逢坂山の幻像に、春のうららかな光。呪詛結果に似た闇と、露の光る野原。そして、月明かりの下に照らし出される大海原――五つの景色が、白く輝く橋に重なる。


〈『呪詛結果・北守黒海(ほくしゅこっかい)』〉


 北羅銀も両手で印を結んで結界を展開して対抗するが、六つの和歌結界相手には少し状況が厳しいようだった。


〈 これは……まずい 〉 


 北羅のその形の良い目が、初めて焦りの色を浮かべる。それを見留めたフブキは御札を呪鬼の方へしっかりと向けて――宣言するように言った。


「さあ、反撃開始だ!」


 陰陽師たちの逆襲が始まる――。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?