目の前が真っ白になり、何も見えなくなった。
やがて黒い細い縦線が何本か見えてきた。
その後、急に風景が色を取り戻し見えてくる。
そこは城の暗い一室とはかけ離れた山の中の景色だった。
「――――っ!!!! ――――っ!!!!」
子供が僕の目の前にいた。
何を言っているのか、全くわからないけれど驚いて叫んでいるようだ。
――えらいところを見られたなあ。殺さないといけないのかなあ?
いやいや、僕はもう隠居の身だ。
放置で良いだろう。
あたりは、地面から真っ直ぐ垂直に伸びている同じ種類の木ばかりに見える。
山を切り開いた、平地のこの場所の回りにも、そして回りの山にも同じ木ばかりにしか見えない。
――まさか、人が植えたのか。
だとすれば、途方も無い手間がかかっている。
見渡す限りが同じ木なのだ。
この国の人は、真面目で努力家なのだろう。
「――! ――!」
子供が両手を合せて頭を下げている。
相変わらず何を言っているのか分からないけど、悪意が無いのはわかる。
いや、悪意どころか好意すら感じる。
子供はこんな所で一人で遊んでいたようだ。
不用心にも程があるだろう。
子供は石で出来た門の柱のようなものの下から続く、石の通路の端で遊んでいた。
通路は、僕の後ろの朽ちかけた建物まで続いている。
手入れがされていないのか、石の通路の横の開けた地面には雑草が伸び放題になっている。
子供は、頭を坊主にして長袖長ズボンの質素な服を着ている。
頭は坊主だが、顔はとても可愛くてどう見ても女の子にしか見えない。
僕は、ここでの暮しが好きになっていた。
魔王を倒したら、一人でのんびり過ごしたいと思っていたのだが、ここの暮しはまさにそれだった。
「かみしゃまーー!! かみしゃまーー!!」
ただ違ったのは、子供が一人毎日通ってくることだった。
山の中腹を削った広場には長い階段がある。
その階段を、叫びながら一人の子供が駆け上がってくる。
「おーーーーい!! ユウキーー!! 走らなくてもいいぞーー!! ゆっくりあがってこーーい!!」
半年ほどで、ユウキとの会話は出来る様になった。
「ハァ、ハァ……よかった。かみしゃま、今日もいるぅー!!」
ユウキは僕がいつかいなくなると思っているのだ。
だから、毎日心配して走ってくる。
僕は、一人暮らしじゃ無くてよかったと、今では本当に心底思っている。
特に一緒に何かをするでも無いのだが、一緒にいるのが何かほっとするのだ。
それは、ユウキも同じようだった。
時々振り返り、笑顔になるのだが、それがとてつもなくかわいい。
「かみしゃま、もう帰るね。ばあちゃんが道具をかたじゅけている」
ユウキの保護者はおばあさんだ。
おばあさんは、山の斜面の農地で一人、農作業をしている。
ここからその姿が見えるのだ。
「うん、又、あした」
「うん」
ユウキは何度も何度も振り返りながら、家に帰っていく。
ユウキはおばあさんから、家にいるように言われているのだが、初めて抜け出した日に僕に出会ったと言っていた。
おばあさんの言いつけをまもらない悪い子だが、そのおかげで僕はユウキと出会えた。
偶然の出会いを、女神エイルフに感謝した。
ユウキの姿が鳥居をくぐって、階段を降りて見えなくなると僕は笑顔になった。
「かみしゃまぁーーーー!!!!」
必ずユウキは、もう一度階段を上って僕の顔を見にもどるからだ。
「ユウキーー気をつけてなぁーーっ!! ころぶなよぉーーっ!!」
ユウキは大きくうなずくと、いっぱい手を振って階段を降りていく。
これを、毎日やっている。
念のため、少しここにいて時間をつぶしてから僕は夕食の準備に入る。
この山は豊で、小動物から熊までいる。
熊は危険なので最初に手当たり次第にご飯になってもらった。
おかげで熊はこのあたりの山から姿を消した。
ユウキが襲われる心配が無くなった。
僕は昔、パーティーを組んでよく森の中で生活をした。
経験を積んで強くなるためと、危険な魔獣を退治して治安をまもるためだ。
「あいつら、どうしているかなあ」
パーティーの仲間を思い出して懐かしさを感じながら、今日の晩ご飯のネズミを調理する。
そして、主食のどんぐりを火であぶった。
夕食が終わると、神社のおやしろで眠る。
中はがらんどうで、ご本尊は既に引っ越しが終わっているのだそうだ。
この村は、既に四人の老人と、ユウキの五人しか住んでいない。
近く無くなる村ということらしい。
回りにはいくつか廃屋があり、昔はそれなりに人が住んでいたようだ。
「神さまーー!! 守護神様ーーーー!!!!」
「おお、ユウキーー!!」
最近ではどこで憶えたのか、ユウキは僕を守護神様と呼ぶ。
僕は神でも守護神でも無いのだけど、まあ拒否するまでも無いだろうと放置している。
「今日の勉強はこれです」
「おお、これかーー!!」
ユウキは二時間ほど離れた場所の小学校に通うようになった。
赤いランドセルを背負いそのままここに帰って来る。
そして、宿題を僕にやらせる。
ユウキはバレていないと思っている様だが。
僕のいた世界にも学校があって、宿題は出ていたから分かるんだぞ。
「この字を、ノートに十回書くのです」
「おおそうか、よしよし」
「うふふ、字が下手です」
「……」
僕は、ユウキの不正がバレないように、ユウキの字と同じにしているのですよ。
この優しさはユウキには伝わらないようだった。
ユウキの不正のおかげで、僕はこの国の文字や算数を憶えることができた。