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0002 出会い

目の前が真っ白になり、何も見えなくなった。

やがて黒い細い縦線が何本か見えてきた。

その後、急に風景が色を取り戻し見えてくる。

そこは城の暗い一室とはかけ離れた山の中の景色だった。


「――――っ!!!! ――――っ!!!!」


子供が僕の目の前にいた。

何を言っているのか、全くわからないけれど驚いて叫んでいるようだ。


――えらいところを見られたなあ。殺さないといけないのかなあ?


いやいや、僕はもう隠居の身だ。

放置で良いだろう。


あたりは、地面から真っ直ぐ垂直に伸びている同じ種類の木ばかりに見える。

山を切り開いた、平地のこの場所の回りにも、そして回りの山にも同じ木ばかりにしか見えない。


――まさか、人が植えたのか。


だとすれば、途方も無い手間がかかっている。

見渡す限りが同じ木なのだ。

この国の人は、真面目で努力家なのだろう。


「――! ――!」


子供が両手を合せて頭を下げている。

相変わらず何を言っているのか分からないけど、悪意が無いのはわかる。

いや、悪意どころか好意すら感じる。

子供はこんな所で一人で遊んでいたようだ。

不用心にも程があるだろう。


子供は石で出来た門の柱のようなものの下から続く、石の通路の端で遊んでいた。

通路は、僕の後ろの朽ちかけた建物まで続いている。

手入れがされていないのか、石の通路の横の開けた地面には雑草が伸び放題になっている。


子供は、頭を坊主にして長袖長ズボンの質素な服を着ている。

頭は坊主だが、顔はとても可愛くてどう見ても女の子にしか見えない。






僕は、ここでの暮しが好きになっていた。

魔王を倒したら、一人でのんびり過ごしたいと思っていたのだが、ここの暮しはまさにそれだった。


「かみしゃまーー!! かみしゃまーー!!」


ただ違ったのは、子供が一人毎日通ってくることだった。

山の中腹を削った広場には長い階段がある。

その階段を、叫びながら一人の子供が駆け上がってくる。


「おーーーーい!! ユウキーー!! 走らなくてもいいぞーー!! ゆっくりあがってこーーい!!」


半年ほどで、ユウキとの会話は出来る様になった。


「ハァ、ハァ……よかった。かみしゃま、今日もいるぅー!!」


ユウキは僕がいつかいなくなると思っているのだ。

だから、毎日心配して走ってくる。

僕は、一人暮らしじゃ無くてよかったと、今では本当に心底思っている。

特に一緒に何かをするでも無いのだが、一緒にいるのが何かほっとするのだ。

それは、ユウキも同じようだった。

時々振り返り、笑顔になるのだが、それがとてつもなくかわいい。


「かみしゃま、もう帰るね。ばあちゃんが道具をかたじゅけている」


ユウキの保護者はおばあさんだ。

おばあさんは、山の斜面の農地で一人、農作業をしている。

ここからその姿が見えるのだ。


「うん、又、あした」


「うん」


ユウキは何度も何度も振り返りながら、家に帰っていく。

ユウキはおばあさんから、家にいるように言われているのだが、初めて抜け出した日に僕に出会ったと言っていた。

おばあさんの言いつけをまもらない悪い子だが、そのおかげで僕はユウキと出会えた。

偶然の出会いを、女神エイルフに感謝した。


ユウキの姿が鳥居をくぐって、階段を降りて見えなくなると僕は笑顔になった。


「かみしゃまぁーーーー!!!!」


必ずユウキは、もう一度階段を上って僕の顔を見にもどるからだ。


「ユウキーー気をつけてなぁーーっ!! ころぶなよぉーーっ!!」


ユウキは大きくうなずくと、いっぱい手を振って階段を降りていく。

これを、毎日やっている。

念のため、少しここにいて時間をつぶしてから僕は夕食の準備に入る。


この山は豊で、小動物から熊までいる。

熊は危険なので最初に手当たり次第にご飯になってもらった。

おかげで熊はこのあたりの山から姿を消した。

ユウキが襲われる心配が無くなった。


僕は昔、パーティーを組んでよく森の中で生活をした。

経験を積んで強くなるためと、危険な魔獣を退治して治安をまもるためだ。


「あいつら、どうしているかなあ」


パーティーの仲間を思い出して懐かしさを感じながら、今日の晩ご飯のネズミを調理する。

そして、主食のどんぐりを火であぶった。


夕食が終わると、神社のおやしろで眠る。

中はがらんどうで、ご本尊は既に引っ越しが終わっているのだそうだ。

この村は、既に四人の老人と、ユウキの五人しか住んでいない。

近く無くなる村ということらしい。

回りにはいくつか廃屋があり、昔はそれなりに人が住んでいたようだ。






「神さまーー!! 守護神様ーーーー!!!!」


「おお、ユウキーー!!」


最近ではどこで憶えたのか、ユウキは僕を守護神様と呼ぶ。

僕は神でも守護神でも無いのだけど、まあ拒否するまでも無いだろうと放置している。


「今日の勉強はこれです」


「おお、これかーー!!」


ユウキは二時間ほど離れた場所の小学校に通うようになった。

赤いランドセルを背負いそのままここに帰って来る。

そして、宿題を僕にやらせる。

ユウキはバレていないと思っている様だが。

僕のいた世界にも学校があって、宿題は出ていたから分かるんだぞ。


「この字を、ノートに十回書くのです」


「おおそうか、よしよし」


「うふふ、字が下手です」


「……」


僕は、ユウキの不正がバレないように、ユウキの字と同じにしているのですよ。

この優しさはユウキには伝わらないようだった。

ユウキの不正のおかげで、僕はこの国の文字や算数を憶えることができた。

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