ユウキと僕の関係は、お互いを思いやる優しい関係だった。
ユウキは僕に過剰に何かを求めることも無く、僕もユウキに何かを過剰に求めることをしなかった。
だが、ユウキが小学校の二年生から三年生になる頃に事件が起きた。
「かぁーみーさーまぁぁぁぁーー!! うわあああああぁぁぁーーーーーーーーん!!!!!!」
ユウキが大声で泣きながら、神社の階段をのぼってくる。
「どっ、どうしたんだ??」
「うわぁぁーーん!!!! お願いします。お願いします。何でもします。鳥居の上の拭き掃除だってします。だから助けてください。おねがーーい、助けてぇぇーーーーーーっ!!!!!!」
「駄目だ!!!!」
「うわあぁぁぁーーーーーん!!!!」
「ユウキが鳥居の上の拭き掃除をするなどは、危険すぎる!! そんなことは絶対させられない!! ユウキの頼み事なら、僕で出来る事なら何でもしてあげる。だから慌てないで、落ち着いて!! 少し深呼吸をしてごらん」
既にユウキはテンパってしまって、何が大変なのかサッパリ分からない。
落ち着かせるように、少しおどかしてからやさしく言ってみた。
ユウキは大きくうなずくと、胸いっぱい息を吸って、それを全部吐き出した。
「神様、おばあちゃんが倒れています。助けて下さい」
「なななななななななな、なんだってぇぇぇぇーーーーーー!!!! たたたたた、たいへんじゃないかーー!!!! すすすす、すぐに行こう!!!!」
「くす。神様落ち着いて下さい」
「ななななな、何をしているんだぁぁーーー!! ユウキィィィーーーーいくぞおぉぉぉーーーー!!!! しっかりつかまれーーーーーー!!!!」
僕はユウキを抱きしめると全速で走り出した。
ユウキの家はここから見えているので知っている。
迷うことは無い。
全速で走り鳥居をくぐって、階段の手前で大きくジャンプした。
いちいち階段を降りていたのでは遅くなる。僕は飛び降りる事にした。
「きゃああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
ユウキが女の子のような悲鳴を上げた。
悲鳴までかわいいなあ。
着地をすると後はユウキがダメージを受けない程度に速く走った。
「ユウキ大丈夫か!?」
「うん、自動車より速い。すごい!!」
ユウキの家までは一分とかからなかった。
「お、お邪魔します」
僕は恐る恐る玄関の引き戸を動かした。
「もう、神様!! 今はそういうのいいから。速くっ! 速くーー!!」
「お、おおっ!!!!」
玄関を開けると、左手の畳の部屋でおばあさんが倒れている。
すこし痙攣しているようだ。顔色も悪い。
「……」
ユウキが心配そうな顔をして僕の顔をのぞき込む。
「ユウキよかったな。どうやら、間に合ったようだ」
僕はおばあさんの体に手のひらを向けて治癒の魔法をかける。
僕の治癒魔法は、死んでいなければケガも病気も治す事が出来る。
そう、勇者の僕は武力だけでは無く、攻撃魔法から防御魔法、回復や治癒の魔法まで使える魔法のスペシャリストでもあるのだ。
それだけじゃ無い、勇者専用の超強力な魔法も使えるのだ。
魔法をかけると、みるみる顔色がよくなり、呼吸が落ち着いて来た。
「うっうっうっ」
安心したのかユウキは、両手で顔をおおって、声を出さないようにして泣いている。
「ユウキ!! 何をしている布団だ!!」
ユウキは、ふすまを開けて隣の部屋へ走って行く。
「うんひ、うんひ……」
ユウキはズルズルと布団を運んで来る。
僕はその布団を広げて整えて、おばあさんをその上に寝かせた。
掛け布団を掛けると、おばあさんはゴーゴーいびきをかき始めた。
「かみさまーー、あでぃがどぉぉーーうぅ」
「うふふ、気にしなくて良いよ」
「うわああぁぁぁぁーーーん」
「こらこら、おばあさんが起きてしまうよ」
「かみさまあぁぁぁーーーー」
ユウキは抱きついて来て、僕のほっぺにキスをいっぱいしてきた。
「ユウキー!! 僕のほっぺがユウキのよだれでベトベトだよーー」
「ご、ごめんなさーい。でも、かみさま、よだれじゃ無くて鼻水だよぉ」
「ぎゃあぁぁぁーーーー!!!!」
ユウキは、キスじゃなくて顔をスリスリしていただけだった。
「ぷふっ、あははははははは」
ユウキは、鼻水と涙を垂らしながら笑っている。
「いくら、ユウキの鼻水でも汚いよーー」
「ごめんなさーーい。ねえ、神様もう帰っちゃうの?」
「そうだねえ。じゃあ、もう少しだけゆっくりしていこうかな」
ユウキは満面の笑顔を僕に見せてくれた。
こんな、山の中でおばあさんと二人暮らし、心配をしたのだろうなあ。かわいそうに。
しばらく、おばあさんの顔を見ていると横から寝息が聞こえる。
「やれやれ、ユウキはねむってしまったようだねぇ」
ユウキが眠るのと交替でおばあさんが目を覚ましたようだ。
「もう、お加減は良いのですか?」
「ふふふ、神様のおかげで良くなったようじゃ」
「まったく! おばあさんまで、僕は神様ではありませんよ。こことは違う世界の勇者です」
「ひゃははは、そういう人のことをこの世界では、神様と言うのじゃよ」
「そうなんですかねぇ」
「ふふふ、神様、助けてくれてありがとう。わしが死ぬとこの子は身寄りが無くなってしまう。せめて、この子が成人するまでは生きないと……」
おばあさんは、視線を静かに眠るユウキの顔に移した。
だが、その顔は優しげなおばあさんの表情ではなく、少し疲れたような悲しそうな顔だった。
「おばあさん。ユウキはおばあさん以外身寄りがないのですか?」
「そうじゃのう、神様には聞いておいてもらおうかのう」
そう言うとおばあさんは台所に行き、湯をわかしだした。