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0003 大事件

ユウキと僕の関係は、お互いを思いやる優しい関係だった。

ユウキは僕に過剰に何かを求めることも無く、僕もユウキに何かを過剰に求めることをしなかった。

だが、ユウキが小学校の二年生から三年生になる頃に事件が起きた。


「かぁーみーさーまぁぁぁぁーー!! うわあああああぁぁぁーーーーーーーーん!!!!!!」


ユウキが大声で泣きながら、神社の階段をのぼってくる。


「どっ、どうしたんだ??」


「うわぁぁーーん!!!! お願いします。お願いします。何でもします。鳥居の上の拭き掃除だってします。だから助けてください。おねがーーい、助けてぇぇーーーーーーっ!!!!!!」


「駄目だ!!!!」


「うわあぁぁぁーーーーーん!!!!」


「ユウキが鳥居の上の拭き掃除をするなどは、危険すぎる!! そんなことは絶対させられない!! ユウキの頼み事なら、僕で出来る事なら何でもしてあげる。だから慌てないで、落ち着いて!! 少し深呼吸をしてごらん」


既にユウキはテンパってしまって、何が大変なのかサッパリ分からない。

落ち着かせるように、少しおどかしてからやさしく言ってみた。

ユウキは大きくうなずくと、胸いっぱい息を吸って、それを全部吐き出した。


「神様、おばあちゃんが倒れています。助けて下さい」


「なななななななななな、なんだってぇぇぇぇーーーーーー!!!! たたたたた、たいへんじゃないかーー!!!! すすすす、すぐに行こう!!!!」


「くす。神様落ち着いて下さい」


「ななななな、何をしているんだぁぁーーー!! ユウキィィィーーーーいくぞおぉぉぉーーーー!!!! しっかりつかまれーーーーーー!!!!」


僕はユウキを抱きしめると全速で走り出した。

ユウキの家はここから見えているので知っている。

迷うことは無い。

全速で走り鳥居をくぐって、階段の手前で大きくジャンプした。

いちいち階段を降りていたのでは遅くなる。僕は飛び降りる事にした。


「きゃああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」


ユウキが女の子のような悲鳴を上げた。

悲鳴までかわいいなあ。


着地をすると後はユウキがダメージを受けない程度に速く走った。


「ユウキ大丈夫か!?」


「うん、自動車より速い。すごい!!」


ユウキの家までは一分とかからなかった。


「お、お邪魔します」


僕は恐る恐る玄関の引き戸を動かした。


「もう、神様!! 今はそういうのいいから。速くっ! 速くーー!!」


「お、おおっ!!!!」


玄関を開けると、左手の畳の部屋でおばあさんが倒れている。

すこし痙攣しているようだ。顔色も悪い。


「……」


ユウキが心配そうな顔をして僕の顔をのぞき込む。


「ユウキよかったな。どうやら、間に合ったようだ」


僕はおばあさんの体に手のひらを向けて治癒の魔法をかける。

僕の治癒魔法は、死んでいなければケガも病気も治す事が出来る。

そう、勇者の僕は武力だけでは無く、攻撃魔法から防御魔法、回復や治癒の魔法まで使える魔法のスペシャリストでもあるのだ。

それだけじゃ無い、勇者専用の超強力な魔法も使えるのだ。

魔法をかけると、みるみる顔色がよくなり、呼吸が落ち着いて来た。


「うっうっうっ」


安心したのかユウキは、両手で顔をおおって、声を出さないようにして泣いている。


「ユウキ!! 何をしている布団だ!!」


ユウキは、ふすまを開けて隣の部屋へ走って行く。


「うんひ、うんひ……」


ユウキはズルズルと布団を運んで来る。

僕はその布団を広げて整えて、おばあさんをその上に寝かせた。

掛け布団を掛けると、おばあさんはゴーゴーいびきをかき始めた。


「かみさまーー、あでぃがどぉぉーーうぅ」


「うふふ、気にしなくて良いよ」


「うわああぁぁぁぁーーーん」


「こらこら、おばあさんが起きてしまうよ」


「かみさまあぁぁぁーーーー」


ユウキは抱きついて来て、僕のほっぺにキスをいっぱいしてきた。


「ユウキー!! 僕のほっぺがユウキのよだれでベトベトだよーー」


「ご、ごめんなさーい。でも、かみさま、よだれじゃ無くて鼻水だよぉ」


「ぎゃあぁぁぁーーーー!!!!」


ユウキは、キスじゃなくて顔をスリスリしていただけだった。


「ぷふっ、あははははははは」


ユウキは、鼻水と涙を垂らしながら笑っている。


「いくら、ユウキの鼻水でも汚いよーー」


「ごめんなさーーい。ねえ、神様もう帰っちゃうの?」


「そうだねえ。じゃあ、もう少しだけゆっくりしていこうかな」


ユウキは満面の笑顔を僕に見せてくれた。

こんな、山の中でおばあさんと二人暮らし、心配をしたのだろうなあ。かわいそうに。






しばらく、おばあさんの顔を見ていると横から寝息が聞こえる。


「やれやれ、ユウキはねむってしまったようだねぇ」


ユウキが眠るのと交替でおばあさんが目を覚ましたようだ。


「もう、お加減は良いのですか?」


「ふふふ、神様のおかげで良くなったようじゃ」


「まったく! おばあさんまで、僕は神様ではありませんよ。こことは違う世界の勇者です」


「ひゃははは、そういう人のことをこの世界では、神様と言うのじゃよ」


「そうなんですかねぇ」


「ふふふ、神様、助けてくれてありがとう。わしが死ぬとこの子は身寄りが無くなってしまう。せめて、この子が成人するまでは生きないと……」


おばあさんは、視線を静かに眠るユウキの顔に移した。

だが、その顔は優しげなおばあさんの表情ではなく、少し疲れたような悲しそうな顔だった。


「おばあさん。ユウキはおばあさん以外身寄りがないのですか?」


「そうじゃのう、神様には聞いておいてもらおうかのう」


そう言うとおばあさんは台所に行き、湯をわかしだした。

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