神社のおやしろの前の階段に座り込んだ僕は、ずっとユウキとの出会いからの思い出に浸っていた。
ぼーーっと、うつろな目で鳥居の下の石畳の通路を見ていると、幼いユウキが一人で遊んでいる姿がみえてくる。
そのまぼろしのユウキが元気に手を振って階段を降りていった。
「又明日……」僕は小さくつぶやいていた。
まぼろしのユウキが帰って行くと、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
何時間、じっとこの場所に座っていたのだろうか。
「そろそろ、晩ご飯の準備をしなくては」
言いながら僕は体が動かなかった。
――もう、今日は食べなくていいや!
そんなことを考えていると、さっきまでユウキがいた場所を猫が歩いている。
また、何かのまぼろしかと思ってじっと目で動きを追っていると、猫がその視線に気がついたようだ。
「にょわわわわっ」
猫は驚いて飛び上がると、変な声を出した。
「猫はそんな鳴き方をしませんよ」
「わ、わらわがみえるにょか」
「うわっ、ねっ、猫がしゃべったーー!!」
今度は僕が驚いた。
どうやら、ただの猫ではなさそうだ。
「声も聞こえるにょじゃな」
そう言うと猫がこっちへ歩いて来た。
「あなたは、何者ですか?」
「わらわは、いえ、わたしは山神じゃ……です」
どうやら、話し方に猫をかぶり始めたようです。
「山神様ですか。でも、この神社の御神体は引っ越しをしたと聞きました」
「それは、人間が勝手に言っているだけです。この山こそがこの神社の御神体です。引っ越しはできません。昔はそういう力を感じる事が出来る者がいて、神聖な力の集る場所にほこらを建てていました。ここもその一つです。まわりの山々から神聖な力がこの場所に集っているのです」
「なんだか、すごい神様なのですね」
「わはははは、全然すごくは無い。山神など非力じゃ。少し、その土地の実りを増やすことが出来る程度じゃ……です」
猫は、とことこ歩き僕の目の前まで来た。
「すごいのは、そなた様じゃ。おばあさんといい、メガネの女性といい、恐ろしい力で病気を治してしまわれた」
「見ていたのですか?」
「ふむ、このあたりのことは、すべて見えておる」
そう言うと、猫は僕の膝の上に飛び乗ってきた。
でも、乗られた感覚はなかった。重さが無いのでしょうか。
「じゃあ、見えなかっただけで、ずっとここにいらっしゃったのですね」
「わたしは、この安土山の山神です。ずっと長い間、山神をしています。氏子のことはここにいても様子はいつも見えています。力が無いので見てオロオロする事しか出来ませんが」
「山神様は、猫なのですか?」
「ははは、山神に姿はありません。好きな動物になっているだけです。狐や蛇、龍になる者もいるにょですが、わたしは猫になっています」
「姿は自由なのですね」
「そうじゃ!! どんな姿にもなれるぞ!!」
山神様は、自慢げになるときに猫をかぶるのを忘れるようです。
「どっ、どっ、どっ、どどどどど、どんな姿にもなれるのですか!?」
どんな姿と聞いて、僕はすごく興奮してしまった。
「ふっふっふっ!! そうじゃ!! どんな姿でもじゃ!!!!」
「では、ユ、ユウキの姿にもなれるのですか?」
「なれるぞ!! ほれっ!!」
そういうと、山神様は幼い頃のユウキの姿になった。
ユウキの姿なのですが、昔のユウキの坊主頭のままの姿では無く、長い髪の美少女になっています。
ユウキが長い髪だと、滅茶苦茶の美少女です。――新発見です。
それだけではありません、体には丈の短い巫女服を着て、頭には猫耳、尻尾まで生えています。――情報量が多すぎます。でも、滅茶苦茶可愛いです。
「あの、余計な事はしないで下さい。イメージが崩れます」
山神様は、その姿のまま僕の膝の上で、巫女服の短い裾をチラチラめくっているのです。
中の白い物がチラチラ見えています。
「なんじゃ! 男のくせに、こういうのは嫌いなのか?」
「男のくせにって、山神様はそもそもどっちの性別なのですか?」
これで、男の神なら目も当てられません。
「ははは、何も知らないにょじゃな。山神は皆、女神じゃ。あっ! 女神です。だから、山で道に迷ったら、○んぽを出して歩けばちゃんとした道に出る事が出来ますよ。山神が案内してくれるのです」
「そうですか。それは良いのですが、その姿でち○ぽは言わないでください」
「じゃあ、なんと言えばいいのじゃーー!!!!」
山神様が僕の膝の上でバタバタ両手を振っている。
か、かわいい。
「ズボンとパンツを脱いでとか」
「そこまでにょ必要は無いぞ、チャックから出して見えていれば良い。そこまでして歩いておったら変態じゃ」
「ふふふ、あははは、そうですね」
僕は、たいしておかしくも無いのになんだか笑えた。
そして笑っていると心が少し軽くなった。
きっと、ユウキとの別れが僕の心を暗く重く沈ませていたのかも知れない。
「ねえ、山神様、氏子のことは見えていると言いましたが、ユウキの様子は見えているのですか?」
山神様はつまらなそうに、巫女服のスソをなおすと僕の顔を見つめて来る。
そして、少し頬を赤くした。
「見えています。あの子はどこへ行ってもわたしの氏子です。きっと最後の氏子になるでしょう」
そう言って、山神様はさみしそうな顔をした。