――僕は無力だ!!
この世界のどこかにいるレイセイという名前の、恐ろしい男の生死を知ることも、生きているとしたらその居場所を知ることも出来ません。見当すらつきません。
もしそれが分かれば、僕のいた世界の軍人達を追い返すことができるかもしれないに。
田舎で一人、のんびりすごしたいという僕のわがままで、ずっと何も考えてこなかったつけです。情けない奴です。
――せめてユウキは救いたい
でも、ユウキだけ救ってもユウキが喜ぶのでしょうか?
駄目で非力な男です。
ユウキはそんな僕を神様と呼んでくれます。
神様なんて恐れ多いです。多すぎです。
その上、僕の世界のことはよく知っていなければいけないのに、ショウダンとコウジョウなどという人物のことを全く知りません。
一体、これから起る虐殺と、どう対峙したらいいのでしょうか。
僕の視線は、ユウキがいつも遊んでいた場所を見つめています。
この後に及んでも、ユウキに助けを求めているようです。
「神様、少しユウキの様子を見て来るニャ。少し待っているニャ」
安土様が僕の視線と暗い表情を見て、心配して助け船を出してくれました。
「は、はい。お願いします」
僕は言いましたが、元気の無い返事になりました。
僕の返事を聞いて安土様は、とても明るい良い笑顔で僕の顔を見てくれました。
ふふふ、反則です。
だって、その顔は幼い頃のユウキの顔ですからねぇ。
安土様は目を閉じて動かなくなりました。
安土様は僕をさみしがらせないように、横に座ってくれています。
でもきっと、もうじき消えてしまうでしょう。
僕はまた一人になります。
「ふふふっ、よくこれで静かなところで、一人になってのんびり暮らしたいなどと言えたものです。笑ってしまいます」
僕は口に出して言っていました。
「くっ、くっさーー!!!!」
「なっ!! 人の部屋にノックも無しで勝手に入らないでくださーーい!!」
「鍵をしなさいよっ!!」
「うふふ、私の村では誰も家に鍵などしません」
幸魂女学園高等部学生寮のユウキの部屋にエイリとノブコがノックもしないで勝手に入ってきて、鼻をつまんでいます。
ユウキは自慢そうに言うと、鼻の穴をヒクヒクさせています。
「はーーーーっ!! これだからうちの残念姫はーー!! 少し自慢そうなのが残念です」
エイリとノブコの二人がうつむいて深いため息をつきました。
「ところで、この悪臭はなんですの?」
エイリが鼻をつまんでいるので鼻声で言いました。
「まさか、ユウキちゃんの体臭ですか?」
ノブコは、鼻からうれしそうに大きく息を吸いました。
「この服のにおいです。ジャブジャブ何回か洗ったのですけれど取りきれません。でも、もう着ることが出来るぐらいにはとれました」
部屋に干してある服に視線を向けました。
「はーーっ!! ぜんぜん取りきれていませんわ」
エイリが目をつり上げて言いました。
「げほっ、げほっ!! あの亀のにおいですか!! ユウキちゃんの体臭だと思って胸一杯吸ってしまいました」
ユウキの目が死んだ魚の目になってノブコを見つめました。
悪臭の原因は廃病院でデェスに密着した時についたデェスの下水のような臭いのようです。
せっかくおめかしをして着ていった、短いスカートのお気に入りの服です。
「こ、こんな悪臭のついた服はもう着られませんわ。捨ててください」
「えーーっ!! 私はぜんぜん気になりません。まだ着られます。捨てるなんてもったいない」
「じゃあ、そのみっともない、中学生の時のジャージのかわりに部屋着として着て下さい」
エイリがまたまた目をつり上げています。
ユウキが少し肩をすくめました。
「えーーっ!! お気に入りの外出用なのにーーっ!!」
ユウキが口をとがらせています。
「まったく、ユウキちゃんは、まるで自分の価値をわかっていませんね。ユウキちゃんは、目が覚めるような美しさなのですから、それにふさわしい服を着ていただかないといけません。そんな臭いで外出させては側近のわたし達が笑われます」
「ノブコさんが良いことをいいましたわ。また、新しいのをわたくし達が買います。外出はそちらを着てください」
「でもーっ」
「また、お金のことですか。ユウキさんの、美しい姿を見ることがわたくしたちの趣味ですわ。わたくしたちがわたくしたちの趣味のために使うのですから、ユウキさんは気にする必要はありませんわ。もっと言うなら、気にされると迷惑ですわ」
エイリはやさしいですね。
お金を大切に考えるユウキに気を使わせないように、あえてひどい言い方をしたようです。
「そ、そんなに気になるのなら、私がその服をもらっていきます。その代わりに新しいのを買います。それでよろしいですよね。ふふふゅふひふっ! ユウキちゃんが着た服……」
ノブコの目が恐いです。
ユウキがおびえた子猫の様な顔になっています。
「なっ、なんだか嫌です。部屋着として自分で着ます」
ユウキは臭いのある服を胸にギュッと抱きしめました。
「ちっ! 残念!」
ノブコが本当に残念そうです。
「ところで、二人は何をしに来たのですか?」
「そっ、そうでした。ほら、廃業した病院で神様と約束をしたでしょ」
「約束?」
「もう、お忘れになったのですか? ほら、ネズミを逃がしてくれたら美味しい物を食べさせてあげるって」
「そ、そうでした。でも、あの後置き去りにされたから無しでいいと思います」
ユウキは怒っていますね。
眉毛が吊り上がっています
「ええーーっ!! で、では言い方を変えますわ。わ、わたくしが、い、いきたいのです」
エイリが頬を真っ赤にしています。
かわいいですね。
「だから、神様を呼んで今からお食事にお出かけしませんか? そのお誘いです」
ノブコが言いました。
これは断れないですね。二人の目がキラキラ輝いています。
それにとても良い考えです。
今神様は、安土山の神社で目も当てられないくらい落ち込んでいます。
私には、何を落ち込んでいるのかまでは分かりませんでしたが、ユウキに会えば元気百倍です。
「うふふ、そうですね。それなら神様を呼ぶ理由になりますね」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ、呼びましょう」
ユウキがいたずらっぽく、うれしそうに笑います。
ふふふ、結局ユウキも会いたかったみたいです。
三人は右手の拳を高く上にあげました。
拳は小指だけ突き出しています。
「かみしゃまー!! おいでくださーい!!」
三人が興奮していた為か、そろって神様のところを「かみしゃまー」とかんでしまいました。
そして小指の爪をこすり合わせます。
「あのー? よ、よびましたか?」
神様は、あわてておめかしをしてきましたね。
ユウキとお揃いでもっているアンナダメダーマンの服と茶色のズボンです。
ズボンをまだ、はききれていません。
両手で持ち上げています。
「でたーーっ!!!!」
三人が喜んでいます。
「ユッ、ユウキ……」
でも神様の方がもっと喜んでいて、目がウルウルしていますよ。
かわいいですね。
あっ、でもいいのですか。
ここ、女子寮のユウキの部屋ですよ。