僕が日本に転生してから、数か月が経ったある日。
いつも通り、図書館で調べものをしたあとに、事件は起こった。
図書館での調べものを終えて、外に出た時だった。
道の向こう側からこちらへ渡ろうとしている少女がいた。
高校生くらいだろうか?
信号も横断歩道もない道を渡ろうとしている。
交通量が少ないとはいえ、危ないなと思いながら、僕は見ていた。
すると。
「きゃっ。」
少女が転んでしまった。
そして、
フォーン!!
クラクションを鳴らしながら、大きなダンプトラックが迫ってきた。
ブレーキを掛けているようだが、間に合いそうにない。
少女は、その場を動けないでいる。
その時、僕は咄嗟に両手を上げて叫んでいた。
「氷よ。出でよ!アイス!!」
僕の両手から放たれた氷の塊は、ダンプと少女の間に壁を作り、ダンプは氷の壁にぶつかって止まった。
驚いて唖然とする少女に僕は駆け寄った。
「大丈夫だったかい?」
ダンプと少女の間の氷の壁がみるみる消えていく。
「あ、はい。ありがとうございます。」
「怪我は?」
「だ、大丈夫です。」
どうやら大きな怪我は無いようだ。良かった。
「危ないじゃないか。気を付けるんだよ。」
少女の無事を確認して、その場を去ろうとしたその時。
「あなた。魔法使いですか?」
少女が思いもよらない言葉を言った。
僕は、少女の言葉に驚いた。
い、今、なんと言った?
「あなた、魔法使いですよね?」
驚いて呆然とする僕の手を掴んで、彼女は言った。
「いいから、そこの図書館で話しましょう。」
僕は強引に引きずられて少女と図書館に入った。
図書館に入ると、僕らは向かい合わせに座った。
周りに人はいない。
カウンターの中に職員が1人いるだけだ。
少女は何故か僕を睨んでいる。
命の恩人なのに。
「僕は、君を事故から救った。まあ、少し不思議なことはあったけど、あれは忘れてくれればいい。口止め料とかも要らない。僕らは、それだけの関係で、もう会うこともない。それでいいよね?」
「そうは行かないわ。あなたは魔法を使った。この日本で。いったい何者?」
「君は、その、ファンタジー映画の観過ぎか、ゲームのやり過ぎなのかな?魔法なんて現実にあるわけないじゃないか。」
「でも、あなたは『アイス』の魔法を使った。事実よ。」
「だから、あれは幻なんだよ。気のせい。幻覚。ダンプに轢かれそうになって、幻想を見たんだよ。」
「幻想なんかじゃない。あなたは、魔法使いよ。」
少女は、どうしても譲らない。
「僕は、普通の人間の男性で、名前は菰田 博(こだ はく)。年齢は、25歳。ここから離れた洋館に一人で住んでる。魔法使いでも何でもない。」
「名前、こだはく・・・、はく・・・、ハック!!やっぱり、あなた、ハック・フォクサーね!!」
少女の口から思わぬ名前が出てきてギョッとした。
「な、なんでその名前を・・・?」
「私は、櫻田 桜花(さくらだ おうか)。前の名前は、オウカ・ブロッサム。」
!?
「オウカ!? 回復師(ヒーラー)のオウカか!」
僕は驚いて思わず大きな声を出してしまった。
カウンターの中の職員が怪訝な顔でこちらを見る。
オウカは、勇者パーティの紅一点で、高い魔力を誇る回復師(ヒーラー)だった。年に似合わず芯が強く、それでいて可愛いところもある。そんな女性だ。
「どうやら、私たち2人は、あっちの世界からこの日本に転生してきたようね。」
「君は、本当にオウカなのか?」
「・・・多分。」
「多分?」
「まだ、転生前の記憶が曖昧なの。時々、パッと一部だけ思い出す。回復魔法も初期のしか思い出せない。」
「本当にオウカなのか確認したい。僕にヒールをかけてくれ。」
「わかった。」
そういうと少女は、両手を僕の腕にかざした。
「回復せよ。ヒール!」
少女の手が青白くぼんやりと光り、僕の腕にあった小さな切り傷が無くなっていった。
間違いなく回復魔法だ。
「君は、本当にオウカなんだな。」
「だから言ったじゃない。」
そして、僕は気づいた。
「君がここにいるということは、君も死んだのか?」
「そう。ダークドラゴンにやられた。あなたの後にね。それは覚えてる。」
「そうか。じゃあ、魔王は?」
「私にも、あの後、どうなったのかは、分からない。」
オウカにも分からないか。
残ったあの2人なら、なんとかしてくれただろうか?
「ところで、桜花。日本での生活はどうなってるんだ?」
「年齢は18歳。高校生。両親はいない。今は義理の両親にお世話になってる。子供のころから不思議な力があって、親族から避けられてたみたい。」
「不思議な力?」
「予知能力。誰かが事故にあうとか、怪我するとか、そういう不吉なことを事前に予言してたみたい。だから親族に気味悪がられて。両親の事故も。」
「予言したのか。」
「それが決定的だったみたい。血縁関係のない義両親に養子に出されたの。」
「桜花。」
僕は絶句した。
「それが、転生後の今の私。義両親も完全放任だから、自由にしてるわ。今は。」
オウカは、こちらの世界でも逞しく生きている。
元の世界でも紅一点のムードメーカーだったな。
「もし、よければ、僕の家に来ないか。町から離れていて魔法の鍛錬にもちょうどいいし。」
「ホントに!一人で寂しかったから、喜んで行くよ。」
「部屋も多いし、一人には大きすぎる屋敷だから、歓迎するよ。」
「じゃあ、決まりね。早速、支度しなきゃ。義両親は、大丈夫。ちゃんと説明するから。明日、ここで待ち合わせで良い?」
・・・一人でドンドン話を進めてしまう。。。
「ああ、いいよ。」
「じゃあ、明日ね!」
そういうと、桜花は、さっさと出て行ってしまった。
相変わらず、マイペースというかなんというか。