それから僕は、家に帰って、桜花の受け入れ準備を進めた。
屋敷中を掃除して、不要なものを片付けて、換気をして。
一通り終わった時、廊下に扉があることに気づいた。
扉には鍵が掛かっている。
僕は、書斎の引き出しに鍵があったことを思い出し、その鍵を持ってきた。
カチャリ。
鍵が開いた。
懐中電灯の明かりを頼りに中へ。
扉を開けてすぐに下に続く階段があった。地下室だ。
階段を降りてすぐにスイッチを見つけて電気をつける。
か細い明かりに照らされた地下室は、あまり広くなく、
本棚や机が、書斎のように並んでいた。
本棚の本の一冊を手に取ってみる。
『古代の魔術』というタイトルだった。
それ以外にも、魔術や呪術、祈祷、黒魔法などの研究書が並ぶ。
ここで、何を調べていたのだろう?
菰田博の記憶にも、この部屋の存在は無い。
ということは、その前の住人のものか。
その中に見覚えのある表紙の本があった。
これは、、、『魔導書』だ。
なぜ、これがここにあるんだ?
僕は、頭が混乱していた。
本棚にあった魔導書は、元いた世界で、見習い魔法使いが使うもので、初期の簡単な魔法の使い方が書かれている。
魔法の存在しないこの世界になぜ、、、?
とりあえず、魔導書だけを持って、地下室を後にした。
僕は、何とも言えない不安を感じていた。
日本にも、魔法使いがいたということか?
今、この世界では、魔法は無いことになっている。
どういうことだ?
翌日。
我が家に桜花がやってきた。
「うわー。すごいお屋敷!」
「なんで、僕が一人で住んでるのか、今のところ、分からないんだけどね。」
「きっと、大金持ちの家で遺産相続したんだよ!」
「そんな感じはしないけどな。」
「絶対そうだって!じゃなきゃ、おかしいもん。」
桜花は、相変わらず無邪気だ。
「桜花の部屋は、ここな。」
2階の一番奥の部屋だ。
「ありがとう。いい部屋だね。」
「僕は階段の前の部屋だから、何かあったら呼べよ。」
「うん、わかった。」
「風呂とトイレと台所は1階な。」
「はーい。」
。。。本当にわかってるんだろうか?まあいい。
僕は、いつも通り、居間でくつろぐことにした。
「リビングも広いね。」
桜花が下に降りてきた。
「荷物、片付いたのか?」
「全部、片づけた。」
桜花の目が止まる。
「これ。魔導書じゃない!なんで、ここにあるの?」
「それが、わからないんだ。この世界には、魔法は存在しないはずなのに。」
「昔はあったってことなのかな?」
「それか、何者かがこの世界に持ち込んだか。」
何者か・・・自分で言ってゾッとした。
あまり、考えたくはない。
「まあ、何とかなるでしょ。『大魔法使いハック様』がいるんだし。」
「僕はまだ記憶が不完全なんだ。あまり期待しないで欲しい。今は、初期魔法すらやっとだし。早速、明日から、魔法の鍛錬を始めよう。」
「えーっ!」
「えーじゃない。」
・・・先が思いやられる。
魔法の鍛錬。
具体的には、体力及び魔力の増強と、魔法の精度の向上。
要は、肉体的なトレーニングをしつつ、魔法の発動をひたすら繰り返す。
この世界に魔力アップのアイテムや装備は存在しない。
魔物もいないから経験値も手に入らない。
地道なトレーニングしかないのだ。
「腕立て100回!」
「はい!」
「次、スクワット100回!」
「はい!」
「次、ヒール詠唱100回!」
「は、はい・・・。」
トレーニングは順調だ。
「なんで、私ばっかりやってるのよ!」
「いいかい。桜花。パーティの中で回復師(ヒーラー)の役割は重要だ。なんと言っても、傷を治したり、状態回復することが出来るのは、ヒーラーだけだ。そのヒーラーが最初に死んでみろ。パーティは即全滅だ。それくらいヒーラーの役割は重要なんだ。だから、特にヒーラーは、死なないように体力アップが必要なんだよ。」
「分かったわよ。やれば良いんでしょ。やれば。」
「分かればいいんだ。」
僕も、さぼっている訳ではない。
両手両足に重りを付けて生活している。
魔法使いも意外に体力勝負なのだ。
「さあ、ご飯にしようか。」
しっかりと食事を取るのもトレーニングのうちだ。
僕は、元の世界ではパーティの料理担当だった。
スライムから始まって、サーバルタイガーやクロコダイル、ゴーストにベビードラゴンまで、様々な魔物を調理してきた。
日本の食材なら、プロ並みの料理を作れる自信がある。
「また、カレー!?」
「文句を言うな。カレーは栄養たっぷり具沢山の最高の料理だぞ。」
「でも、もう3日連続・・・。」
「カレーは3日目が一番美味しいんだ!!」
「2日目じゃなかったっけ?」
「・・・とにかく、食え!」
さすがに、明日は別の料理にするか。
そして、3か月後。
僕と桜花は、中級魔法まで使えるようになっていた。
日本で、果たして中級魔法が必要なのかどうかは分からないが、地下室の件もあるし、備えあれば患いなしだ。