―― ピンポーン ――
多部と佐倉が猫カフェ再建の話を楽しそうに談笑していると、ふいに玄関のチャイムが鳴る。
「あれ、誰だろ? 佐倉ちょっと待ってて」
「うん」
時間を見ればそろそろ連夜の家での夕食会に近い。
もしかして誰かが迎えに来たのかと思った佐倉は、玄関に行った多部の様子を見ようとひょこっとリビングから顔をのぞかせていた。
「多部ちゃん? 誰か来たの?」
「あー紹介するね」
「えっ」
佐倉に辰巳と輝久を紹介しようとした多部を遮ったのは、他でもない辰巳と輝久だった。
「久しぶりだな、佐倉」
「……た、辰巳? て、てるひさ?」
「っ……佐倉! やっぱり佐倉だよな!」
「お前、今まで何も言わず何してたんだよ」
「ずっと、ずっと探してたんだからな? ……ばかっ!」
「……ご、ごめん。突然居なくなって……」
「ホントだよ! 佐倉のばかっ……でも、生きててくれてよかったよ」
「ああ、生きてりゃいい」
「……うんっ、うん! グスッ……うわ~ん! 二人ともごめんっ」
辰巳と輝久に抱きつきながらしばらく泣いていた佐倉だったが、何か大切なことを忘れてるような気がしていた。
「辰巳さん達と佐倉って知り合いなの?」
「た、多部ちゃん! ごめんすっかり忘れていた」
佐倉は多部に軽くため息をつかれていたが、そんなことは全く気付いていなかった。
その光景を見た辰巳たちは苦笑しながら多部に謝ると、佐倉との関係を話した。
そして佐倉もまた、何故二人の前から姿を消したのか、その後どう生きて想達と出会ったのかを話した。
ーーーー
「俺達が最後に会った日、突然の電話で久々に実家に帰った事を今でも覚えている。そこには憔悴しきった両親の姿。実家の会社が悪い奴に騙され、多額の借金を背負いもうどうしようもないことを告げられた。そして次の日自分たちの保険金で俺と従業員達にって二人は自らの命を絶った。誰にも相談する暇もなく悲しみと絶望の淵に居た俺だったけど、ようやく前を向こうとしていた矢先、両親の残してくれた俺のお金は親戚達に搾取されて、その日暮らしで逃げるように生きてきたんだ」
「っ」
「そんなある日、たまたま訪れた猫カフェのオーナーに気に入られそこで働き始めた。事情を全て知っても嫌な顔一つせず雇ってくれたオーナーには感謝しかないよ。ここでようやく少しずつ幸せに過ごすことができていたんだ……でも……大好きなオーナーが病気で余命が幾ばくも無いのがわかり寂しかった。だけどね、天に旅立つ前にオーナーから店を譲り受けて猫ちゃんたちと暮らしていくうちに、寂しさからも少し立ち直れたんだ。でもまた借金取りに猫カフェを奪われ、つかいっぱしりの駒として囚われた」
「佐倉……」
「本当は変態に売られそうになっていたけれど、彰太がお気に入りということで何とか売られずにあいつの元で暮らしていたんだよな~とまあ、こんな感じかな?」
「……」
「ば、ばかやろう! なんで言わなかった?」
「ホント佐倉は馬鹿! 大馬鹿野郎」
「まず俺達に言えよ! どんな佐倉でも見捨てる訳ねーだろ」
「馬鹿」
「うっ……ごめん……」
辰巳も輝久も想像もしていなかった佐倉の壮絶な過去を聞き、今すぐにでもその小さな身体を抱きしめたくなっていた。
「まあまあ、二人とも落ちついてよ。過去はどうあれ、こうやって皆また出会えたんだから」
「た、多部ちゃん」
そう言うと多部はそっと佐倉の肩を抱きながら二人に話す。
あの多部が誰かの肩を抱くなんて……信じられないものを見たような表情で二人は驚いていた。
「た、確かに多部ちゃんの言う通りだね」
「ああ。佐倉、今後は何かあったら絶対言えよ? 絶対に助けるから」
「う、うん! 辰巳、輝久……二人共ありがとう」
「よかったね」
「うん」
そう言うと多部がにこりと佐倉に微笑むので、またしても辰巳たちは信じられないものを見たような表情をしていたが、真っ赤な顔を隠そうと俯いた佐倉には見えていなかった。
こうして、三人は今まで会っていなかった時間なんて無いかのように、楽し気に昔話に花を咲かせていた。
佐倉は辰巳と輝久が誰しもが聞いた事のある会社の会長なのには衝撃を隠せなかったが、夫婦になっていたことに関してはやっぱりな~と笑っていた。
辰巳も輝久もずっとずっと会いたかった佐倉に、またこうして出会えたことが本当に嬉しかった。
佐倉が歩んで来た過去はあまりにも辛すぎたが、またこうやって笑い会える時間が出来た事には感謝しかないと、出会いを繋いでくれた想に感謝をしていた。
―――――
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、四人はすっかり夕食会の事も忘れて気付けば随分と時間が経っていた。
「あ、やばいっ! 時間忘れてた」
「やべっ、櫂が絶対怒ってるじゃん」
「辰巳、行こっか! あ、そういえば佐倉、猫カフェしたいんだったら俺達のとこで雇おうか?」
「ああ、俺達の新事業にするし、やれば?」
店を無理やり潰されたって悲しそうに言っていたのを思い出した輝久は、辰巳と佐倉にそんなことを提案をすると、辰巳も賛成のようで佐倉に問いかけていた。
「二人共ありがとう! でも多部ちゃんがお金貸してくれたから、想のカフェの横に建てるんだ!」
「えっ、多部が」
「え? 多部ちゃんが?」
顔を見合わせた辰巳と輝久が横目で多部を見れば、余計な事は言うなよのオーラを纏いながら笑顔で二人を見つめている。
「こ、こわっ!」
「怖え」
「ふふふ、佐倉とはさっき契約書も結んだし、輝久さん達には頼らなくても大丈夫だよ? ね、佐倉?」
「うん! 多部ちゃんが色々考えてくれて猫カフェ以外のお手伝いで返済していけるようにしてくれたんだぁ」
「ちょ、ちょっと待て! 多部ちゃんは連夜以上に腹黒だよ? お手伝いって何? ヤバイやつ?」
「何か問題でも?」
しれっと佐倉の耳を塞ぎつつ恐ろしい事を言う多部に引きつりながら、辰巳と輝久は恐る恐る佐倉に尋ねた。
「ち、ちなみに……お手伝いの内容は?」
「えっとね~あれ? 多部ちゃん?」
「まだ佐倉にも内容言ってないんだよね? 二人の秘密! ね? 佐倉?」
「う、うん」
「……そ、そっか、佐倉頑張れよ(内容を言わずに契約書で縛るとか……これ本気のやつじゃない?)」
「な、なにかあったら……言えよっ」
「えぇ~二人とも心配しすぎだよ? 佐倉? 何もないよねぇ? 猫カフェ楽しみだね」
「う……」
「うんっ!」
多部の圧に耐えきれなくなった辰巳たちは、二人に先に行ってると伝えると急いで家を出る。
連夜に佐倉を引き取ると頼み込んだのといい、一緒に住んだのといい、猫カフェをする為にと自分が店舗を買い契約書を結ばせたのといい……
佐倉はとんでもない奴に気に入られてしまったと二人は感じていた。
こうなったら、佐倉の骨は拾ってやろうと辰巳と輝久は誓い合いながら連夜の屋敷へと足早に向かった。