「あ、やだっ」
「力抜いて?」
男が俺に熱いものを押し当てようとした時だった。
~ピンポーン ~ピンポーン
(え? だれ?)
~ピンポーン ~ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!
なおも鳴りやまないチャイムにしびれを切らした男の一人が、俺から離れると玄関の方に向かう。
「チッ、誰だよいいところなのに」
―― ガチャッ ドコォン! ――
凄まじい音が玄関からするよしたようだが、俺は身体が熱くて頭がよく回らない。
(誰か来た? こいつ等の仲間だったらどうしよう)
「や、やらぁ! お願い……想には手を出さないで! 俺がいっぱい相手するからぁ~ねえ、何してもいいから!」
泣きながら必死に隣にいる男の腕を掴んで訴えた瞬間、その男が壁まで吹っ飛ぶ。
(えっ……なに?)
「佐倉! 迎えにきたよ、ごめんね遅くなって」
気付けば俺が心の中で何度も何度も呼んでいた会いたかったその人の腕の中で、ギュッと抱きしめられていた。
「た、たべちゃん……」
「佐倉、もう大丈夫だから。泣かないで?」
「う、う、うわ~ん! こ、こわかったよぉ……」
「頑張ったね」
「うん」
こうして多部ちゃんの匂いに包まれながら、恐怖と安堵でしばらく泣いていた。
(ねえ、俺にも助けに来てくれる人が出来たみたい)
――――――――
「多部ちゃん、ありがとう」
「落ち着いた? ほんとによかった、二人とも無事で」
「うん」
俺は全身を覆い隠す大きなタオルですっぽりと包まれ、その状態のまましばらく多部ちゃんに抱きしめられていた。
けれど……ちょっとヤバいかも。
「あ、の……多部ちゃん、ち、ちょっと離れて!お、ねがい……」
「やだ。なんで?」
「っ、俺いま身体、へ、んだから」
「佐倉? どうしたの?」
「っ……な、なにも……やっ、身体あついから……お願い離れて」
多部ちゃんが真剣な顔で俯く俺を下から覗いてくるので、何とか誤魔化そうと必死だったのにベッドルームで眠っている想をお姫様抱っこしながらやって来た連夜さんの声が後ろからした。
「多分佐倉くんは即効性の媚薬飲まされたみたいだな」
「媚薬? あいつら! ……死ぬぐらいでは償えないからな!」
「た、多部ちゃん? 大丈夫だから……その、は、離れてっ」
「……やだ」
「え?」
「連夜、後の処理よろしく」
「ああ、佐倉くん想を守ってくれてありがとう」
「あ、当たり前だろ? 想には指一本振れさせてない……あ、運ばれた時男達に抱っこされてたかも……」
「ちっ」
連夜さんが部下みたいな人と多部ちゃんに近付いて何かを喋っているようだったが、だめだ……頭が回らない。
「佐倉?」
「うわぁ!」
気付けば再び目の前には多部ちゃんのアップがあった。
「ふっ、た、たべちゃん…」
「ねえ、佐倉媚薬飲まされたって言われてたけど何かされた?」
「っ……」
「ここじゃ言えないぐらいの事?」
「いや、な、何にもなかったから」
「そう……とりあえず、帰ろっか」
「うん……っあ」
多部ちゃんは立ち上がれない俺をひょいっと横抱きすると、家の前に停められていた車の後部座席に一緒に乗り込んだ。
◇◇◇◇
「佐倉?」
「耳元で話しちゃダメ……」
多部ちゃんの声が耳に響くたびにゾクゾクする。
「ちょっと待っててね」
そう言うと運転手さんとの間にあるスモークガラスを上げてくれる。
(こんなだらしない姿誰にも見せられないから、よかった。でも、さすがに身体が熱を出したくて仕方ない。だけど、こんなところでするわけにもいかないから……早く家に着いて)
息を整えながらしっかり自分の身体を抱きしめて座っていると、隣に座っている多部ちゃんが近付いてくる。
「佐倉……辛いよね? 俺に任せて」
そう言うと唇にチュッと口付けをされる。
「えっ」
「俺に頼って?」
「た、べちゃんこんなとこで……」
「俺しか見てないから大丈夫」
そう言うと多部ちゃんは沢山キスをしながら俺に触れてきた。
なぜこんな事を多部ちゃんとしているのか分からないが、何度目かのキスをされた俺の理性も意識もプツリとそこで切れ、次に目を覚ましたのは多部ちゃんのベッドの中だった。
――――――
(ん、ここって……俺、一体何を)
―― ボフッ! ――
っと音がしたんじゃないか? と思うくらい、俺はさっき車内での行為を思い出して顔が真っ赤に染まるのがわかる。
「やっ……み、見ないで」
「ああ、佐倉? 気が付いた? まだ辛いよね」
「っ……あ、あっ、だ、大丈夫! 一人でなんとかするから! 部屋に帰るね」
「手伝うよ?」
「ホント、大丈夫だからぁ」
ベッドから出て行こうとする俺の手を掴むと、多部ちゃんは俺にまたしても何度も口付けをする。
(ダメ、こんなの、多部ちゃんに申し訳ない)
「っ た、多部ちゃん……離して! もう大丈夫だから」
「え~」
「ごめん、こんなことさせて……」
「あーそっか……ごめんね、俺もちょっと嫉妬で歯止めが効かなくなっておかしくなっちゃった」
「し、嫉妬?」
(これは仕方なく俺の熱を冷ますためにこの行為をしているとばかり思っていたけれど、嫉妬したからって……多部ちゃんが嫉妬したの? 誰に?)
「うん、佐倉を触った奴らに」
「な、何で?」
「ふふふ、先にキスしちゃって順番が逆になっちゃったけど……」
「……」
「佐倉、好きだよ。はじめて会った時からきっと惹かれてたんだと思う……これからは佐倉を俺に守らせて?」
「うそっ」
「ホントだよ?」
その目はホントだと俺に告げていた。
「っお、俺、俺好きとかよくわからない。で、でもあの時何度も多部ちゃんに助けに来て欲しいって思ってた……グスッ、ずっとずっと……」
「うん、ありがとう。今はまだ佐倉の気持ちが分からなくていいよ」
「っ」
「でも絶対に惚れさせるから、逃さないよ?」
「えっ?」
「佐倉が俺の事好きになった時は、心もこの身体も全部貰うから覚悟しててよ?」
「っ……う、うん」
そんな真剣な眼差しで言われたら、思わず何も考えずに返事しそうになる。
(多部ちゃんが俺のこと好き? こんな夢みたいなことあっていいの?)
「ふふっじゃあ、続きしよっか?」
「ん? えっ?」
「大丈夫、佐倉の気持ちを聞くまで最後まではしないから」
「い、いやもう大丈夫」
「ん? 何が?」
恐ろしく綺麗な顔で笑った多部ちゃんにベッドの上で見下ろされ、この後朝までずっと愛を囁かれていた。
もう答えなんてとっくに出ているのかもしれない。