便意。
それは人類史上最強の刺客。
それを否定する情弱は、よもやとは思うがいまい。
しかし、残念なことに、今の日本人は腑抜けきっている!!
例えばこの電車の中!
皆がスマフォを弄くり回したり、音楽を聞いているが、誰一人として不意に訪れる便意に備えている者はいない!
そして、後悔するのだ。
朝の通勤、夜の帰宅時、不意に突如としてヤツらは姿を現す!
昨日の夜に食った魚の味噌煮がちょっとヤバかったのかしら?
はたまた、昼間に食ったダッシュボードに放置してしまったオニギリが傷んでいたのかしら?
そんな推理など虚しく、胃腸及び小腸・大腸は緊急サイレンを鳴り響かせる!
我々を自由にしろ!
我々を解き放て!
彼らの抗議は濁流の如く押し寄せる!
それらへの抵抗は、まるで川の流れをベニヤ板で防ぐかのように頼りないものだ!
そして、深い後悔が訪れる。
なぜ、朝に便所で大をしなかったのだ、と!
なぜ、家にいる時に限ってこの便意は来なかったのか、と!
肝心な時には便秘で詰まり、腹部の不快感と身体の重さ、肌荒れを引き起こし、イライラの原因ともなる憎きヤツ!
なぜ、よりによってこのタイミングなのか、と!
腹を巡る攻防は、その間も続く。
少量の放屁で一時的にでも凌ぎたいところだが、最悪の場合は“実”まで放たれる危険性がある!
その間、便意はあなたを嘲笑っている。
そうだ。これこそが狙いだったのだ!
苦悶するあなたの脳裏には、あのラッパのマークをした、黄色い箱に入った、ちょっとニオイの強い医薬品が思い浮かぶ。
あれこそが、万能薬!
歯痛にまで効く、まさに
余談だが、昔は薬屋さんが訪問で来て薬箱の中を管理してくれたので、常にあの黄色い胃腸薬が補充されていたものだ(今でも数は少ないがあるらしい)。
しかし、残念ながら、いまあなたの手元には無い!
あれは家の薬品箱の中だ!
まず携帯などしていない(携帯用サイズもあるけどね)!
腹の中ではメタンガスが充満し、糞便が暴れまわる(実のところ腸壁の蠕動なわけだが)!
ちなみに糞便の色は胆汁の液に含まれるビリルビンという色素によるもので、大便の中身は食物残滓はほんの1割以下であり、残りはほとんど腸壁細胞と腸内細菌の死骸なのだ!
これらがあなたの腹の中で、鬼の首をとった桃太郎のごとく暴れまわっているのである(桃と尻を連想させる渾身のギャグなんだが、気づく才知ある者はおるまい)!
あなたがどんなにイケメンであろうと、年収数億を稼ぐ事業主であろうと、超東京ドームでライブができるアイドルであろうと関係ない!
便意は漏れなく(糞便だけに)!
恥辱と汚辱を(糞便なだけに)!
撒き散らす(糞便なだけに)のである!!!
と、ここまでダラダラと講釈をタレ流し(糞便なだけに)たが、とどのつまり、こういった最悪の事態を想定できない日本人の惰弱さ!
それを私は指摘したかったのだ!!
ならば、どうすればいいのか? と、聞かれることだろう。
先に述べた通り、便意とは最強刺客!
普通に考えて、太刀打ちできるはずもない!
であるなれば、備えるしかあるまい!
ありとあらゆる状況を想定し、危機に備えるのだ!
……と、そこで私は、電車に乗る際には必ず便所付車両に乗るようにしている。
本来ならば全車両に便器を備えるべきだと言いたいが、便意を甘く見ている日本人はそんなことにも気づいていないのだ!!
だからこそ、あえて言おう!
私は備えている!
もし、便所にトイレットペーパーがなかった時のために半年分を常に持ち歩き、途中で小腹が空いた時のための3ヶ月分の食料、水筒、寝袋、バーベキューコンロ、テント、ナイフ、ロープ、その他諸々!
全てをミリタリー仕様バックパックに収納して持ち運んでいるのである!
あの霊薬だって、もちろん大瓶が入っているさ!
以前、飲み屋でいい雰囲気になりそうになった女性が「湿気で前髪が変にカールしちゃったわ」と言った際、ヘアーアイロン(モバイルバッテリーで作動可)を貸した後に、なぜか音信不通になったのは記憶に新しい。
思えば「予備の色違いがまだ3台あるから気にしないで」と気を利かせ過ぎたやも知れんが、まあ、そんなことはどうでもいい(ちなみに私は坊主なので必要ないが、人生なにがあるか解らないがための備えである)。
ゆえに大型プロレスラーでも背負っているのかという荷物量で、満員電車では酷く嫌がられるのだが、文句を言ってくるヤツが私の身を守ってくれるわけではない!
我が身は、我が力で守るしかないのだ!
そもそも文句を言ってくるヤツは、私の万全な備えに嫉妬しているのだ!
もし有事になっても、絶対に私のアイテムは貸してやらない!
土下座して頼むならば話は別だがな!
と、そんなことを話している間に“ヤツ”が来た!
ゲッギュギュギュルルルーン!
ククッ、いつ聞いても猛り狂った獣の鳴き声のようだ。
非常サイレンと言ってもいいかもしれん。
普通の者ならばここで慌てふためき、「あら、どうしましょう。次の駅で降りる? それともまだ我慢できるかしら?」と自問自答することだろう。
連れ合いがいたならば最悪だ。目的地につかないうちに降りようとしたら、(コイツ! 便意をもよおしている…!)と察せられて、大恥をかくはめになることだろう!
しかし、こんなことは想定内だ。
この便意に限っては、一昨日の夕方に消費期限をとっくに過ぎ、真夏の炎天下に放置したオニギリをもったいない精神で喰らったことによるものと、私の頭脳はすでに答えを導き出しているからだ!
私にとって、便意とは脅威にあらず!
電車内で、便所の隣に陣取っていた私に死角などない!
便所の回りには女子高生が1人しかいない。
そこが便所だと知ってか知らずか、便所側の壁に寄り掛かってスマフォをピコピコと弄くり回しておるわ。
そんな彼女に便意は生じていないのは明白!
そして、周囲にこの列車便器を使用しようとする者は皆無!
なぜならば、入ろうとした瞬間に私がスタンガン(無論、色違いの予備3個常備)を構えて威嚇していたからだ!
だからこそ! この便意を催した私には、ここを堂々と使う権利がある!!
ベチン! 緑の『開』を迷うことなく押す(ちなみに『閉』ボタンを押すときは気を付けた方がいい。中には用を足して手を洗わぬ者もいるゆえ、私はできるだけフチの方を押すか、またはティッシュペーパーなどを使って直接触れぬようにしている)!
入ると、こじんまりとした室内。
シルバーメタリックに輝く洗面台と和式便器が「ようこそ!」と言っているのが幻聴される。
いつもは汚いが、私が威嚇していたため、誰も使っていない、完璧に清掃が行き届いた状態のままだ。
そうでない場合は、自前の業務用トイレ洗剤とアルコール(共に1リットルサイズ)を用いて清掃してからでないと使用できない。
しかし、これを見てみろ。
なんとも機能美あふれる、日本の技術の粋が集まっていると言っても過言ではない造形を!
この列車便器には無駄が1つもない!
メタリックな和式便器が男心をくすぐるのはもちろんだが、またぐ際に足をかける踏み台は凹凸ある滑り止めがついており、左右には急な揺れに対処するためのアームバーがこしらえられている。
床が高くなり二段式になっているのは、小便器として立ちションがしやすくなるような工夫からだ(島秀雄という方が考案したS式便器というらしい。通称、汽車便。狭い列車空間に小便器を取り付けられないことからのアイディアだ)。
側に小さなゴミ捨てがあるのもポイントだろう。
見れば見るほど、細かい配慮が所々に散見される。
そして、便器の前面に貼られたポスター。用を足している人を飽きさせぬ心配りでもあるが、『いつも綺麗に使用していただきありがとうございます。綺麗を次に届けましょう』…と、日本人特有の遠回しな『汚すな!』の注意書き。
確かどこぞの心理実験で、単なる注意書きよりも協力を促す文面の方が便器を汚すことが少なくなったとか、ならなかったとか…だそうだが、個人的には機械で打ち込んだ文章よりも、達筆な人が書いた手書きの方がより心に届くことだろう。まさに“おもてなしの神”である。
そして和式便器だが、列車便器特有の汚物受皿の中央に穴が空いてゴムパッキンとなっている部分だ。
かつては糞便は車外にそのまま放り出していた名残りでもあるだろうが(昔の線路は汚物まみれだった。現代では考えられないことだ)、ただそれだけが目的ではない。
和式便器にも色んなタイプがあるが、だいたい受皿は中央部分が凹むように湾曲しており、流した後に少量の水が留まるよう設計されている。
これは水のバリアとも呼べるもので、糞便が落ちてきた際に、便器そのものが汚れることを未然に防ぐと共に、放たれる異臭を吸着させ、緩和させる狙いがある。
和式便器をよく使われる方はご存知だろうが、便器が特に汚れる場所はフチと、排水口となっている深皿部分の貯水部(排水トラップ)である。
このフチについた、糞便を垂らしそこね、生成された“乾いた汚物”が、いかに取りづらいかは説明するまでもない。
フチ裏の放水口の汚れは、水垢やカビがほとんどである。これも放っておくと増殖して蓄積されて取りづらくなる。
そして深皿部分の水は、逆流や排水管の汚臭を防いでくれているわけだが、常時水が張ってあることがネックとなっているわけだ。
流す際に一時的に水流の恩恵を預かれるが、それは浅受皿にダイレクトに流れこむ力強い水流ではなく、ほぼラスト部分の力尽きた水流であり、一度糞便で汚れるとなかなか汚れが落ちにくいので、柄の長い便器ブラシなどが必要となってくるのだ。
これを放置し過ぎて汚れが溜まりすぎると、詰まって流れが悪くなるので、やがてはラバーカップ(便器の中をガッポンガッポンやって圧力で強制的に汚れを押し出す器具。通称ガッポン)を使うか、専用の配管掃除器具か業者を呼ぶ羽目になる(もちろん数千円などではすまなく、出張料を加えると数万単位の出費になるだろう)。
だからこそ、常日頃の掃除が大切なのだ。
と、話はまたもやそれたが、この浅皿は少量の水が張ってあるからこそ、汚れにくくなっているということが言いたかったのである!
対して、列車便器には水溜まりがない!
なぜか?
それは列車は揺れるためである!
左右前後に揺れ、ピチャピチャとハネ散らかすからだ!
それ故に、尻穴を糞便穴に向けて真っ直ぐに放出することが望ましい!
そして水溜りがないことを考慮してか、列車便器は水圧が強い!
踏み式ペダル(今では手押しの電動スイッチが多いが)を踏むと、地獄からの雄叫びのごとき音が配管を巡って、便器内の汚物を一気呵成に流し尽くす!
だからこそ、流す際には少し脚を開いていた方がいいだろう。そうでないと水流飛沫を足元に浴びる事になるので注意が必要だ。
さて、それでは、ようやくだが、戦いを始めよう。
しかし、ここで焦って、便器をまたいでズボンを下ろすなど愚の骨頂だ。
慌てるがあまり、ベルトが外せなかったり、チャックが引っかかったりして大惨事になることがある。
特に自宅にいる時、うっかり紐式の綿パンだったりしたら最悪だ。
蝶結びにしていたのがいつの間にか固結びとなっており、最悪、裁ち切りバサミや包丁で叩き切るハメになる場合がある。
もちろん、糞便は爆発した後に、だ。
家族の冷たい視線を浴びつつ、泣きながら紐を切るのは、糞便漏らし記念のテープカットの様相となるだろう。
ゆえに私は焦らない。
突き上げる便意を堪え、まずはトイレットペーパーの残機の確認である。
紙切り板を上げずとも、あるのが見えればいい。
しかし跳ね上げて、薄く芯が見えているようならば危険だ。
周囲の戸棚を見て、そこにトイレットペーパーをまず探さねばならない。
仮に便所内にあったとしても、大体が便器に腰を下ろした姿勢からは取れない位置にある。
その場合、尻を拭かないで移動せねばならない苦痛と恥辱を味わう。
これは先売り食券替玉式を採用したラーメン屋で、替玉まで買っていたのに、それを失念してついスープを飲み尽くしてしまう蛮行にも等しい。底に残ったスープを必死で付けて食う羽目になるだろう。
つまり、ペーパーが前もって必要なのに忘れてしまっていた…という痛恨のミスだ。
だが、まだペーパーがあるならいい。
問題ははなかった場合だ。
便意から逃れられたという仮染めの天国から、地獄へと真っ逆さまに急降下することなる。
水に流せるティッシュペーパーを携帯しているならば賢い。
しかし、なかなか肝心な時に忘れてしまうのが人だ。
選択肢はもはや限られている。
恥を忍んで非常ベルを押す……これが店ならば、まだやぶさかではあるまい。
しかし、ここは列車だ。車掌さんを呼ぶことで運行を妨げるのではないかという一抹の不安が生じる。いや、むしろ「急患か!?」と駆けつけて来てくれた人に「紙が…なくて」なんて言えるだろうか。
安堵されると同時に、「はあ。紙ですね」と心配して損したという顔をされた日には、生きていけない。
いや、待て。むしろ尻が汚れた状態で会話ができるものだろうか?
ただでさえコミュ障の気がある場合……
「か、かみが…(ボソボソ)」
「はい?」
「だ…か…ら、か…み…なくて(ゴニョゴニョ)」
「はい? もう少し大きな声でお願いします」
……だなんて! 恐ろしい!
考えただけで漏らしてしまう(すでに出した後だがな)!
だとしたら、残る選択肢は2つ。
拭かずに出るか、手で……いや、あえてそこは語るまい。
いずれにせよ、人生の汚点として塗りたくられるに等しい(糞便なだけに)!
と、そうならないための備えである!
……フッ。もちろん私が入った便所は問題ない。
人が入ってないから、丸々と太った未使用トイレットペーパーが紙切板を押し上げておるわ。
そして仮にこれを使い切ったとしても、洗面台の前を占拠している私のバックパックには、予備のトイレットペーパーがある。ぬかりはない!
拭きすぎて出血した場合の軟膏と、濡れペーパーもちゃあんと完備している!!
さて、またまた待たせてしまったな。
しかし、これこそが、“かもしれない排便”なのだ。
これでようやく、本番に入れる。
綿密な事前調査で、この先の個所で急カーブする場所はないことは確認済みだ。
緊急停車の可能性は少なからずあるが、そのためのバックパックである。
床には使い捨てのシートを敷き、その上にバックパックを置く。
こうすることで万が一ひっくり返った際のクッションとするのである!
全ての準備が整ったことで、私はベルトを外し、チャックを開き、ズボンを下ろす。
便意や、これを読んでる読者が「早くしろ」と急き立ててくる気もするが、そんなのは関係ない。
私には私のペースというものがある!
そして、私はすぐ隣の壁にいるであろう、先程の女子高生の姿をイメージして見る!
薄壁一枚。10センチにも満たない化粧板の先に、あの女子高生がいるのだ!
対する、私のこの姿!
上はすでに脱いでいる!
つまり、ブリーフ1枚!
しかも白のソックスあり!
普通ならば、犯罪である!
しかーし! この薄壁が存在するのことで、何とこれは合法なのだ! なんら問題ない!
それどころか、もっと凄いことになるのだ!
私は勢いよくブリーフを脱ぎ捨てる!
ほぼ生まれたままの姿へと!
公共の場で!
しかし、これは合法!
私はただ脱糞をしようとしているだけの善良な市民だ!
全裸じゃないと脱糞できないだけのな!
1メートルも離れていない女子高生には、それは解るまい!
こんな間近で、全裸のオッサンが脱糞しようとしているだなんて!
ウッシッシ!
私は便器の上に屈む。いわゆるヤンキー座り、とどのつまりはウ○コ座りだ!
どこからか吹く隙間風が、股間と尻を優しく撫でる!
いざ、脱糞開始だ!
「タカシ、行っきまーす!!」
しかし、いくら興奮してたとしても便器は汚さない。昔、強い失望を味わっただけに、青臭い年頃の頃からの強い自戒となっている!
電車での脱糞は高等技術を有する。
揺れる度合いに応じ、便器に尻を合わせるように動かねばならない。
どっち揺れか、どの程度の揺れ幅なのか、事前に察知し、アームバーを握った腕の力と、腰の柔軟性を活かして対処せねばならないのだ。
そして何よりも脚だ。膝がバネとなったイメージを常に描き、公園のバウンドする気持ち悪い顔のキャラクター遊具になったつもりで、私は揺れに対処する!
右!
右!
左!
大きく右!
私の尻は、残像の弧を描き、細かく動く!
脱糞しつつ!
正確に糞便は、穴へと落ちて行く!
完璧だ!! 完璧すぎる!!!
「あー! 至福だ!!」
脱糞による開放感を堪能しつつ、未だこの便所内で私がとんでもないことになっていることを知らぬ女子高生をイメージして、私は別の意味でも絶頂していた!!
「ウヒーッ! 便意よ、人類は負けない! 貴様に支配されることの苦痛! 私の“かもしれない排便”で、逆に貴様に味合わせてやるぅ!」
ドガァーンッ!!!
そう!
そんな感じにドカンと!
?
??
???
なんだこれは?
いま、私は便器にまたがっているはずだ。
そして、目の前には、「綺麗に使ってね」云々というどこにでもある文面で、ポピュラーなイラストのキャラが、ペコリと頭を下げているポスターがあったはずだ。
もちろん、紙の端にはボールペンで、『エッチがだいだいだーい好きな18才の女の子です! オッパイ大きいよ! 絶対に電話ちょうだいね! ムラムラしてるんだからぁ! 待ってるね! ○✕○-□□○△-○✕□○』とのイタズラ書きがあったが、もうすでに番号は登録済なので、この電話番号が吹き飛んでしまったことは特に問題ない。
しかし、これはなんだ?
目の前に、見知らないオッサンの顔がある。
ふてぶてしい顔をしたオッサンだ。なぜが頭に大砲のような物が付いている。
色んな状況を想定してはいた。
排便中に大地震や火事に見舞われても対処できる。
またもし、何かの衝撃で便所の扉が開いてしまう可能性まで想定して、ツッカエ棒もしてあった。
ハイジャック対策のトラップも万全だ。
私にできることは、想定できる範囲で全てやってきたはずだ。
しかし、これはない。
排便中に、見知らぬオッサンと顔と顔を突合せて見つめ合うなんてことがあるだなんて、どうしたら想定できると言うのだ!?
「なんだバカヤロォー! このクソヤロウが! なに見てんだ!! 拝観料とんぞ! コノヤロー!!」
オッサンが悪態をついた。
実際に糞便をしている私は何も答えられない。
クソを垂れている時に、クソヤロウと言われたのは初めての経験だ。
なんてことだ。
否定できるわけがないじゃないか…。
「クソが! ん? クセェ! クセェぞ! ン?! ンン!? しかも抜けねぇ!!」
オッサンは真っ赤な顔をして頭を引き抜こうとするが、大砲が壁にガチガチッと当たってしまっている!
ってか、クルミ掴んだまま筒から拳抜けなくなった猿か!
そのまま真っ直ぐに下がれよ!
なんでちょっと上向いて抜こうとしてんだ!
引っかかるのは当り前だろが!
「ちょっと! 何やってんのよ!」
オッサンの後ろから、若い女の叫び声が聞こえる。
「バカヤロー! バカ女! 見りゃ解んだろうが! 便所に頭がつっかえてんだ!」
「早く! またこっち来る!」
「クソが! オイ! クソオヤジ!」
「わ、私?」
「他に誰がいるってんだ! 俺を押せ! 押し出せ!」
「ハァ!?」
「いいからやれ!!」
なぜ普通に脱糞しててこんな事に……
「言われた通りにやらねぇと、テメェも死ぬことになんぞ!!」
死ぬ? 死ぬって……
「どっすこーい!!」
ドッドォォオンッッ!!!!!
物凄い轟音と共に、壁が……吹き飛んだ。
そう便所の壁すべてが…いや、電車の壁ごと……
乗客たちの視線が、私に集まるのを感じて……
「キャアアアア! 変態!!!」
さっきのスマフォポチポチ女子高生が、私を見て叫ぶ。
え?
あ?
……いや、そんな。
だって、もっと他に叫ぶことあるだろ?
驚くことあるだろ?
「変態!!」
私を指差して女子高生は絶叫した!
ああ。
そういや、そうだ……
そういえば昔、お母さんが言ったことを私は思い出す……
──タカシ。彼女ん家の便器が汚かったくらいでなんだい──
──汚きゃね、アンタが掃除してあげれば良かったじゃないかね──
──ペロペロリーンってね──
そうだよ。
あの時、そのまま帰らねば……
初彼女と、今頃、結婚でもして、もしかしたら可愛い子供でもできて、それなりに真っ当な人生を歩んでいたかも知れない──
私は変態と罵られ蹴ら続けられる中、頬からツーッと一筋の涙を流したのであった…………
☆☆☆
人との出会いを、“一期一会”と言う。
これは生涯に一度きりの可能性があるのだから、人との出会いを大切にしなさいという教えである。
そして、糞便ともまた、その時にの便意にしか遭遇できない。
昨日の糞便は、今日の糞便とは違うのであるからして……
これを、人は“