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第9話:女神を自称する女①

「――駄目だまったく思いつかん……」


 二足のわらじで始めた作家活動。処女作がそこそこの売上を上げたことで調子に乗り、会社を辞めて執筆一本に絞ってみたはいいものの、次回作のプロットを作成する段階で案が浮かばず頭を抱える青年が一人――まぁ、僕のことなんだけどね。


「20時か……」手元においたスマホに表示された時間を見やりつつ呟く「気晴らしにコンビニでも行くか」


 上着を羽織り、ポケット越しに財布の存在を確認しながら部屋を出る。


 近所のコンビニまで徒歩で10分くらい。空を見上げれば雲は多めだが、幸い雨が降りそうな予感はない。


 ポケットに両の手を突っ込みのんびり歩く。自然と頭を巡る次回作の案についてのあれやこれや。


 ついさっきまで何時間も悩んでいたものが10分そこらで何か思いつく筈もなく、うんうん悩んでいるうちに目的地に着いてしまった。


 お世辞にも都会とは言い難いこの地域の夜闇にコンビニの明かりはよく映える。


 レジに立つ、あまり覇気を感じられない中年男の定員を横目に雑誌コーナーへ。とはいえ継続して読んでいる雑誌はないから適当に目についたものをパラパラ捲ってみる。うん、内容がまったく頭に入ってこない。


 しかたがないので早々に雑誌コーナーを去り、今度は新商品でもないかとスナックコーナーからぐるりと目を通していく。


 ひとしきり商品を品定めしてから、その中から適当に商品をカゴに入れて会計を済ませる。


 背後にやはり覇気をのない「ありがとうございました」の声を聞きながらコンビニを出る。ここへ来たときよりも吐く息が白く感じる。この短時間で気温が思いの外下がったみたいだ。手に持ったレジ袋をがさがさ鳴らしながら、心持ち急ぎ足で帰途につく。


 エレベーターで上階に上がり、自室の前へ。鍵を差し込んで回そうとして、ふとそこで違和感に気がつく。


――部屋の中に誰かいる?


 部屋の中から物音がするわけでもなければ、別段感が鋭いわけでもない。


 気のせいだと言われればその通りかもしれないが……だけれど、なんと表現したらいいのか、とにかく部屋の中に何かがいるような気がしてならない。


 とはいえ、ここでこうしていても始まらない。警察に電話するかとも考えがよぎったが、これで何もありませんでしたではとんだ恥さらしだ。


 僕は少しの逡巡のあと、一度唾を飲み込むと思い切って鍵を開けドアを開けた。


「…………」


 1Kというお世辞にも広いとは言えない部屋からは、ここから見る限りなんの変化もなければ、何かが動く気配もない。


しかしあの、なんとも表現しがたい存在感はたしかにそこに感じられた。


「誰かいるのか……?」


 当然といえば当然だが返事はない。むしろ返事があったほうが驚く。


 脳内に〝幽霊〟という文字が浮かんだが、頭を横に振ってそれを掻き消すと、意を決したように後ろ手でドアを閉め、ゆっくりと部屋へと歩を進める。


 室内の全貌が見渡せる位置に来てもなお、例の存在感は感じられた。


 しかしいくら見渡してみても、そこには住み慣れた部屋の光景があるだけで誰もいないのは明らか。


「……?」


 やっぱり気のせいだったのか?


 もう一度、今度はトイレや、浴室も含めて確認するがやはり誰もいない。


 しかも一通り確認し終わる頃には、例の気配は感じられなくなっていた。きっと疲れているんだろう、フーと安堵の息を吐きつつベッドの端に腰掛ける。


 そこでコンビニ袋を持ったままだったことに気が付き、「何やってんだろ」自嘲気味に息を漏らす。


 時間を見れば21時を少し回っていた。寝るには早いがまあいい。今日はもう寝てしまおう。


 手早く寝間着に着替えると、努めて何も考えないようにしながら布団に潜り込んだ。


 そしてその翌朝。


「――ふに、じゃねぇ! って、うわっ――ぐはっ! ああああああああああああっ」


 僕は驚きのあまり、ベッドから転がり落ち、後頭部を強かに床へ打ち付けのたうち回ることになった。


 何があったのかって? では時間を遡ってみよう――といってもほんの数分前の話なんだけど。


 それはとても、モチ柔な朝だった。


……いや、自分で言ってて何を言っているのか訳わからんが、第一印象は確かにそうだった。


 掌にわずかに収まりきらない大きさで、その感触は……そう、まるでつきたての餅を手に取ったときような感じ。


 指がこう、自然と動いてしまうような抗えない柔らかさ。


「アンアン」


――ん? 何だ今の棒読みな台詞は。


 嗚呼、しかしなんて心地よい柔らかさなんだろう。ついつい指が動いてしまう。


「アンアン」


 だからいったい何なんだ? こっちは夢見心地な柔らかさを堪能しているんだから変なノイズを挟まないでくれ。


――(指を)ふにふに


「アンアン」


――ふにふにふに


「アンアンアン」


――ふに


「アン」


「…………」


 いや、さすがにここまでくれば、寝惚けまくった頭でもことの異常さを理解し始めるというもので……。


 恐る恐る目を開く「――!?」目が合った。


 昨晩はいつも通り一人でベッドに入ったはずなのに、今目の前には素敵な美乳――いや、美女が僕同様ベッドに横になっていた。


 その髪は烏の濡羽色。朱を入れたようなその唇はどこか妖艶で、うっすらと笑みを浮かべている。


 そして自分の左腕を目で追えば、その素晴らしいおっぱいの片方を鷲掴みにしていた。


――ふに


「アン」


「――ふに、じゃねぇ! って、うわっ――ぐはっ! ああああああああああああっ」


 で、現在に至る。


 その謎の女は何がそんなにおかしいのか、こっちが痛みでエビ反ったり、のたうち回ったりしている間も終始クスクスと笑っていやがった。


「これが『寝惚けて女子おなごの胸を揉んで、驚いて転げ落ちるまでがワンセット』というお約束じゃな」


「んなお約束があってたまるかっ」


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