「んで、あんた一体誰なんだ?」
問いながらぶつけた後頭部に手をやる。痛てっ、クソ、案の定たんこぶができてやがる。
「わっちか? わっちは何を隠そ――」「あ、ちょっと待った」「――なんじゃいきなり」
「せめて胸くらいは隠してくれ」
そう言ってクローゼットから取り出したスウェットの上下を投げてよこす。こいつ恥じらいもなく真っ裸で胸を張るから目のやり場に困るんだよ。
「Tシャツの方が扇情的で、お主の好みじゃろうに」
「うるさいよっ。っていうか何で僕の趣味があんたに分かるんだ?」
「お主の記憶を観たからの」
「――は?」
「だから――」スウェットから長い黒髪をふぁさりと取り出しながら「この世界の基礎知識を得るためにお主の記憶を観たんじゃ」
「…………」
「なんじゃその胡散臭いものを見るような目は」
「いや、だってさ……」
「だってもくそもない。さっき言いそびれたが、わっちは神なんじゃからな!」ドヤ顔で仰け反りながら「記憶を観るなぞ造作もない」
何だろう。見た目はすごく好みなのに、中身がイタすぎる。神って……。
「で、その自称神様は――」「自称とはなんじゃ自称とはっ」「――どうやって部屋に不法侵入したんだ? まさか神の力とやらで合鍵を作ったとか言わないだろうな」
「今のわっちでもそれくらいは簡単にできるが――」そう言って上向きに広げた右掌に見慣れたキーホルダーが付いた鍵がどこからともなく現れた。
「――は? ――え?」
思わず二度見して、咄嗟に背後のテープルの上に目をやる。確かにそこにも同じ鍵が存在していた。
「――実際はそうじゃない」と再び鍵を消してみせる女。
一瞬手品を疑ったが、あのキーホルダーは亡くなった母の手作りで二つとない代物だし、何よりも手際が鮮やか過ぎた。
そんな突然のことに狼狽える僕をよそに、その女は滔々《とうとう》と語りだす。
「あれは酷い戦いじゃった――」
※ ※
「――というわけじゃ」
「う〜ん……」
「なんじゃその煮えきらない態度は? やはり信じられんか」
「いや、信じる信じない以前に、どこかで聞いたことのある話のごった煮みたいな内容だなって思ってさ。特に神と天使の戦いなんて、新約聖書の『ヨハネの黙示録』の一説にそっくりだし、塔の話にしても、ド◯アー◯の塔と南総里見八犬伝を足して二で割ったみたいな内容だし、なんていうか……使い古された感が否めないというか……」
高校生の頃にそんな内容の小説を書いたこともあったしな。懐かしいな……あのデータまだ残ってたかな?
「『使い古された』とはなんじゃ! こっちは親兄弟を殺され、挙句の果てには、あの憎き悪魔共にこの身を封じられたのじゃぞ!?」
そんな昔を懐かしんでいると、彼女が突然キレだした。使い古しと言われたのがよほど癇に障ったらしい、手の届く範囲にあった枕やらなんやらを手当たり次第に僕に投げつけてきた。
「分かったっ、悪かったって。だから物を投げるの止めてくれ!」
嗚呼、部屋がメチャクチャだ。彼女はまだ怒り足りないのか、鼻息荒く投げるものの無くなったベッドをバシバシ叩いている。
しかもスウェットパンツを履いていなかった下半身が、それまで覆い隠していた掛け布団を僕に投げつけたせいで完全に露わになっていた。
僕は丁度手元に落ちていたスウェットパンツを手に取ると「見えちゃいけないものが見えてるからこれ履いてっ」と、極力そちらを見ないように努めながら彼女に向けて放った。
「見えたからなんじゃ? 性欲で邪な感情でも湧いたか! この身を汚そうとするなら覚悟しておくことじゃ。この身に指一本でも触れれば、その瞬間八つ裂きにしてくれよう!」
火に油だった。彼女はベッドに両膝立ちになると、両肘を腰の辺りで溜める格好で掌を上向ける。次の瞬間、その髪が突如として燃え盛る炎のような紅に変わったかと思うと、全身から青白い光を放ち始めた。
何あれ? 光るだけじゃなくて青白い炎が吹き出してるんですけど!
「ち、ちょっと待った! 信じる! 信じるし、この通り謝るから落ち着いてくれ!」
これはアレだ。本物だわ。そう感じた僕は、その鬼気迫る迫力に慌ててそう叫ぶと深々と土下座していた。
人生初の土下座だったが、屈辱よりも身の危険を回避するほうが優先だ。
するとそれが功を奏したのか、僕を押し潰しそうな勢いだった迫力が急速に萎んでいくのが感じられた。
「……?」
様子を確かめるためにそうっと頭を上げてみる。
そこには「……」と何やらバツの悪そうな表情を浮かべ、頬をぽりぽり掻く彼女の姿があった。
どうやら落ち着いてくれたらしい。僕が正座をやめて座り直すのに合わせてコホンと一つ咳払いすると、
「すまんかった……」
ぽつりと一言そう謝った。